第36話 峰高祭 将棋 準決勝

20.

 

 週末の太陽が首を傾げ始める頃。僕は本当に仕方なくバスケの練習に来ていた。

 


「お前……本当にシュートが下手なんだな……」


 オレンジ色の弾性球体が、虚しくゴールの数歩手前で弾む。


「お前の雰囲気的にしれっとゴール決めそうなのにな……」


「だから言ったろう……。入らないって」



 獰猛で攻撃的なE組の男子バスケのチームで唯一、試合中にシュートを打ってこなかった選手がいたのだ――――何を隠そうか、僕のことである。


 代わりにアシスト数は最多だと思う。ゴールに囚われないため、常にコートを冷静に俯瞰でき、的確で最適なパスを可能としているのだ――――。


 といえば聞こえはいいものの、本当にシュートが入らないのである。


 

 だが、できないからと言い訳してボイコットはせず、できることを精一杯やる。これは我ながら素晴らしい精神だと思う。



「……ドリブルもパスもディフェンスも問題ないのにな。なんでシュートだけこんな入んねぇんだよ」


「それが解っていれば、自分で修正できるでしょ」


 一応、微妙に高い身長もあって、レイアップは決められるが、試合において、僕がゴール下を攻めるメリットが少ない。それに往復距離が伸びるので、僕としても外側が望ましい。


 だとしたら、外から打てた方がいいのだろうが――。



 それに、負け惜しみにも聞こえそうだが、僕は勝ちたいわけじゃない……。悪目立ちさえしなければそれでいい。


 

 実際、ディフェンスは抜かれることはあっても、パスをカットされたり、攻撃権を奪われるような失策はいまだにゼロだ。


「別にシュートフォームも普通なんだがな……。タイミングも普通だし……。日頃の行いが悪すぎるんじゃないか?」


「それはどういう理論なんだ?」


 麴森は少し思考する素振りを見せたあと、思いついた顔で――。


「しかし……これだと仕方がないな。これから毎日シュート練するべ?」


 するべ? じゃない。僕は帰宅部だ。学校のある日はすぐに帰りたいし、できれば家にいたい。


「なんでそうなるんだ」


「なんでって、お前が得点取れないからだろ」


「別に僕が得点を取る必要はないじゃないか。現に、いままでの試合だって僕が無得点でも大差で勝てている」


 結果的に得点が入るのなら、誰が打とうと構わない。そういうルールだ。


「でも、次からはそうはいかないかもしれんだろう。どうするんだ? お前にシュートがないのが相手にバレて、パスを出す先を全て封じ込まれたりされたら」


「ならば、僕を起用しなければいいんじゃないか? 実際、僕以外はシュートが数打てば入るのだから、期待値も高まるのだろう?」


 バスケは得点が取れなければ勝てないスポーツだ。


「いーや。お前のパスはかなりシュートに繋がる」


「じゃあ、パスだけでいいじゃないか。もしパスが通用しなくなったら、今度こそベンチを温めておくよ」


「だから、そうならないようにシュート練をするんだよ」


 麴森は拾ったボールを片手で軽く抛ってシュートを鮮やかに決めてみせた。


 僕は心底丁寧に打っても入らないのに、麴森は粗雑に抛っても入るこの格差は一体どこから?


 ゴールの下で弾むボールも楽しそうに見える。



「麴森。自分で言うのも何だが、現状に満足するというのも大事なことだ」


「いいか。結江。人は貪欲な生き物なのさ」


 だからこそ……なのだが。


「解った。だが、麴森の時間を奪うのも悪いし、自分で練習するよ」


 しかし、相手の得意分野で水掛け論になれば、不利なのはこちらなので、妥協策を提案する。


「いや、それ絶対しないだろ」


「大丈夫だ。あれだ……姉貴でも連れて指導してもらうさ」


 ま、姉貴は滅多に家に帰ってこないがな。


「……そうか。なら、いいか」


 なぜだろう。僕より姉貴のほうが信用されているのは。



「ひかる〜! 最後に一試合しようぜぇ〜」


 水分補給に行っていたメンバーが戻ってきて、やっと練習が終わる。


 



 そして翌日。僕は早くに家を出た。




21.


 峰高祭が始まって二週間が経とうとしていた。お祭りとしてはあと二週間も続くようだけど、僕はどんなに勝ち進んでも来週には出番が完全になくなり、部活(帰宅)に勤しめるというわけだ。


 こころなしか、僕も体力がいまさらついてきたように感じる。


「楓雪! お前将棋準決勝まで来てたのか!」


 僕が和室に向かっていると、後ろから界が駆け寄ってきた。

 そう言えば、同時にF組の方も準決勝があって、そのまま決勝だったな。


「まぁ、僕がいなくても進んでいたけどな……」


 そういえば界に将棋に出ることは言ってあっただろうか?

 ああ、選手名簿があるはずだから、確認はできるのか。

 

「でも、次は香流のクラスか。じゃあたぶん、お前とは当たらないな」


 界は少し肩を落とす。一体、こいつは僕に何を見出しているのだろうか。


「そんなことより、香流との蟠りを解消してくれよ?」


「ああ。任せろ。木っ端微塵に叩き潰して己の無力さを痛感させてやるからな! ナハハハハハ!」


 ……それで解決するならそれでもいいのだが。


「なーんてな。冗談だ。俺とあいつの将棋の腕はほぼ互角。木っ端微塵にはできねぇが、ちゃんと向かい合って『誠意』っていう、ありもしないものでも見せりゃ満足するっしょ!」


 軽いなぁ……。本当に界がこれで解決してもらえるのかな。


 とはいっても、ここ最近は香流に密かに付き纏われたりはしていないし、友好関係を築けているから、最悪解決されなくても、僕に皺寄せはやって来ないか……。


「お、ふたりともやって来たな」


「よぉ、香流。いよいよ決着を着ける時が来たな!」


「ああ。しっかり、オレたちを裏切った後悔をさせてやるからな! 絶対負けんなよ」


「は! それはこっちのセリフだぜ?」


 これは前哨戦というやつだろうか。二人はそれぞれ懸けているものが違う気はするが、しかし互いに散らされる火花は強い熱を持っていた。


 二人は好敵手で、しかも決勝という舞台が用意されていて……これを人は運命と呼ぶのだろうか――――というのは言いすぎだろうか。



 僕は座布団に座り、香流と対峙した。


「戦型は四間飛車で良かったんだよな」


「ああ。まぁ別になんでもいいよ。界との対局のウォーミングアップにでも使ってもらえれば」


 隣の波山さんに目線で咎められたような気がしたけど、気づかないフリをした。


「ハハハ! 殊勝な心がけだな!」


 それはどうも。


 駒を並べ終え、再び和室は静寂に閉ざされた。負けっぱなしだったのに、なぜか今回の優勝候補筆頭と準決勝で戦わんとしている。


 一粒の可笑しさと、一粒の申し訳無さと、一粒の……。


「それでは始めてください」



『よろしくおねがいします』



 香流がチェスクロックをパシンっと叩き、カウントが始まった……。

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