第一章 新学期

第1話 新学期

1.


 昨日には希望の入学式が終わり、今日から怒涛の新入生歓迎、所謂、新歓シーズンに突入する。


 この期間では休み時間や放課後に、下級生を自らの部活にあの手この手魔の手で引き摺り込ませようとする上級生達で、一階は年間で最大の人口密度を記録する(僕調べ)


 もっとも、僕には関係のない話だが。



 僕はかの広辞苑にすら載っている、帰宅部(所属)だ。安全に住処に帰宅する、そういうとても大切なことを、基本を忠実に行う部活だ。


 そしてこの新歓シーズン、授業は全て五限で終了する。それでももちろんこの午後2時に帰宅する生徒は皆無に等しい。

 なぜなら、守ノ峰高校の部活動加入率は狂気の150%近くをマークするのだ。




――早帰りするものこそ、帰宅部であれ(係結び)。




 チャイムが鳴ると同時に教諭は退室し、生徒たちも各人各様の衣装で、溢れ出すように教室から流出する。


 その活気に心の中で敬礼!


 数人残された教室で、徐に帰り支度を済ませ喧騒の廊下に出る。


 休み時間とは異なって校舎全体で部活動・サークルの団体発表があるため、二階にも三階にも人がいる――それでも大半は1階に狩りに出かけているようだが。


 その活気に追放されるように階段に向う。昼下がりなので僕は少しだけ眠かった。


 非常ドアに差し掛かるところ……。


 キャッ! という高音と紙がばら撒かれる音。

 前方から打たれるような衝撃。

 

 後ろに倒れそうになったが、適当に踏ん張りが効いた結果、僕は倒れずに済んだ。

 しかし相手方は倒れてしまったようだが。


「なんてベタな……」



「ベタ」というのは、食パン加えた女子高生が「遅刻!遅刻!」云々、走りながら曲がり角で美男子と、激突!

 

 この場合、女子高生の過失な気がするが、ぶつかられた方の男子が申し訳無さそうに手を貸すという、漫画とかでありそうな展開のそれだ。


 それよりも僕はハインリッヒの法則の方が先に想起されるが。


「すまん、怪我、してないか?」


「ううん。大丈夫。こっちが不注意で走ってたのが悪いし」


 その少女、波山あかねはそう微笑んだ。

 すぐに立ち上がると、ばらまかれた紙を拾い始める。


 僕も紙に手を伸ばした。



「 文芸部 部員募集 」



 そう書いてある。


「文芸部にも所属しているのか?」


 僕は紙を拾いながらそう訊ねる。


「ん? うん。そうだよ。女バスと掛け持ち!」


 最初の疑問符は僕が「文芸部」と言った表現に対するものであろう。一ミクロンも関わりのないような人間が自分の部活事情を認知していたのだ。


「なんでこいつ私の部活知ってるの?ストーカー?」と思われていても仕方がない。


 ただ、釈明としては、僕が波山さんの部活を特別に知っていたわけではなくて、クラスの自己紹介を真面目に聞いていたが故に、クラス全員の顔と名前とその他の簡単な付随情報を覚えていたに過ぎないのだ。


 つまりストーカーなどではなく、至って真面目な一生徒なのである。そもそも帰宅部の僕が、自身の帰宅をすっぽかして他人の帰宅など観察するなどあってはならないことである。これは立派な諜報活動だと一部員として声明を出しておこう。


「ありがとう。拾うの手伝ってくれて」


 なんとなく数えていたが、合計五〇枚拾った。


「いや、僕もそればら撒くのに加担しちゃったし」


「ふふふ。面白い表現だね。よしこれをあげちゃう」


 拾われたうちの一枚が僕の手元に渡る。



 ハイテンション――は誇張表現かも知れぬが、常にこんなに明るくいられる人は日本の総人口の何%を占めるのだろうか。とりあえず僕は除外される。


 入る気のない部活の――語弊があるので補足しておくと僕はどの部活にも等しく入りたくない――勧誘の紙は一応ファイルにシワのつかないようにしまっておいた。


「さて、部活きたくするか」


 誰にも気づかれることなく、殷賑を極めた学校をあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る