第4話

 ヤマの道をすこし外れて進む。懐中電灯の光は役に立たない。それでも進むべき方向は分かる。そしてギャップにたどり着いた。じいちゃんは案の定そこにいた。


 『じいちゃん!』

じいちゃんは空を見上げ、そこには月明かりが差し込んでいる。


 『建一、こっちに来なさい。』

じいちゃんは空を指差す。僕は空を見上げる。美しい夜空だった。


 月はまっすぐこちらを照らし、星は小さいものの、大きな力をもち、引きよせられる。

『きれいだろう。』

『うん。』

『そろそろ帰るか。』

『うん。』

月が揺れ星が滲んでゆく。


 鼻をすすりながらじいちゃんの後をついていく。男なのに泣くなとか、じいちゃんの心配をするなんて十年早いとかいろいろ悪態をついて僕の背中をぽんと叩いた。


 ばあちゃんは平静を取り戻していたようで、僕たちの姿を見てほっとため息をつき、僕を平手打ちした。

『暗くなる前に帰って来なさい!心配したでしょう。あなたはまだ子どもなんだから。』

『ごめんなさい。』

『お腹すいたでしょう。ご飯にしましょう。」

頬がジンジンと痛んでいる。ばあちゃんの小さく細い体に秘められた力に唖然とする。


 白米に味噌汁に生姜焼きにキャベツの千切り。時間が経ったため肉は硬く、キャベツはしなしなしているが、箸が止まることはない。味噌汁をすすり、食道のあたりを通るとき涙がこみ上げたがなんとか堪えた。


 食後にまたスイカを食べる。縁側にじいちゃんと並んで座り、ゆっくり味わって食べる。

『じいちゃん、俺留学するよ。』

『そうか、頑張れよ、今日はそのためにきたのか。』

『うん、それでさ、じいちゃんたち大丈夫かなって』

『何が?』

『だから、もしじいちゃんたちに何かあってもすぐにいけないから。』

『近くにいたのになかなか会いに来なかったじゃねえか。』

『ごめん、でも向こうで忙しくて。』

『わかってるよ、からかっただけだ。』

『うん。』

『建一もビンタくらってわかっただろ。俺もばあさんもまだまだ元気だ。それにまだお前は子どもだ。お前に心配されるこっちの気持ちもわかれ。』

『うん。』

『だから安心して行ってこい。』


 なんとか耐えていた堤防が崩壊し、嗚咽する。じいちゃんは何も言わずに空を見ていた。


 もう心に澱みはなかった。


 夜風が吹く。風鈴がなる。高く、清らかに、深く、深く、心に波紋をつくり、消えることはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

風鈴の響 絵留 @lk1279

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る