第91話.真の顔
3対1。
味方も奮戦してくれていて、こちらに来ようとする敵のカバーをことごとく妨害してくれている。
人数の上では圧倒的に有利。
イレギュラーも起きにくい。
味方は、レイスの幹部に、ゾディアックの中で最も長い付き合いになる信頼置ける仲間の星川。
これ以上にない理想的な状況だ。
それを分かっているからか、竜ヶ峰紅夜も無理に攻めてくることなく、一度引いて身構える。
ま、当然の判断っちゃ当然の判断だろうな。
漫画の世界じゃあるまいし、この現実では3倍もの人数差はとてもひっくりかえせるような差じゃない。
奇襲したり、初見殺し的な技を使い、かつ実力差があったとしても、せいぜい捲れるのは2倍までの人数差だろう。
それ以上は厳しい。
だから
そう、間違いなく正しいはずなんだが……。
「なんっか釈然としねぇな」
――釈然としない。
そう俺が思ったところで、仁さんが俺が持ったことと同じ言葉を放った。
やっぱりか。
確かに、人数差がある状況では引き気味に戦うのが定石。
しかし、こいつは竜ヶ峰紅夜だ。
あの橘に「神」とすら言われる男。
そんな男に定石は通用しない。
それだけ警戒していただけに、こんな真っ当な判断をされると、逆に警戒心を抱いてしまうんだよな。
それに、神と言うのが誇張でも何でもないことはさっきの数秒の交戦で痛いほど理解できたしな。
それだけじゃない。
俺は一ノ瀬隊長と竜ヶ峰紅夜の話を聞いている。
それによれば、やつは戦闘狂らしいじゃないか。
ならば、もっとギラギラして突っ込んでくると思ったが……。
そんな雰囲気は微塵もなく、冷静に、慎重慎重にに事を運んでいるといった印象だ。
「油断するなよ? 俺は以前奴の戦闘を見たことがあるが、その時のやつはもっと攻撃的だった。いつ豹変するか分からないからな」
「えぇ、俺も知ってますよ。……と言っても話に聞いていたというだけですが」
「……そうか」
俺の言葉に、返答した仁さんは少し目を伏せ気味にした。
俺の言った「話」という言葉について深く考えてしまったのだろうか。
ま、確かに一ノ瀬隊長の話は、明るい過去の話ではないから、その想像はかなり的を得ていると言えるが。
しかし、それ以上に何か聞いてくることもなかった。
戦闘中だしな。
俺も気を抜いちゃだめだ。
竜ヶ峰紅夜はきっとこんなもんじゃない。
そう思い、俺は攻めには回らず、敢えて手堅く動かない。
しかし、それに対して……。
「やれやれ、そんな警戒しなくても、俺はただ慎重に事を進めているだけなんだけどな」
嘆息し、頭を掻きながらおどけたように言う。
声音も少し挑発気味だ。
この緊張感漂う戦場で、なんという舐めた態度だよ……。
けど、一見隙だらけに見えるけど、こいつにそんなものはない。
実際に長く相対してみればみるほど、その得体の知れなさ具合に、恐怖心を煽られる。
クソ、必要以上に相手をデカく見すぎているのか?
けど、敵を過小評価するよりは、過大評価した方がいいはずだ。
ここでもしも竜ヶ峰紅夜を倒せたらデカいどころじゃない。
それこそこれから数年の俺たちゾディアックの趨勢を大きくいい方向に変化させることになるだろう。
しかし、その可能性はあまりにも低い。
何より、今俺たちは優勢だ。
無理をする必要性が無い。
大きく勝つ必要なんてないんだ。
ローリスク、ローリターン。
堅実に、小さな価値を積み重ねていくことが大切だ。
だったら、すでに優勢な状況でやるべきは現状維持。
こいつに攻める気がないのなら、こちらも攻める必要はない。
時間を稼ぐのが俺たちの仕事。
「警戒するのも当然では? 相手はヒーローのトップ。それにさっき見せつけられた圧倒的な戦闘能力。3人いても心許ないってもんですよ。そっちこそ、何故攻めてこないんですか?」
俺はおしゃべりしてくれるのなら、俺もおしゃべりに付き合おうと、言葉を返してみる。
「ま、確かに俺は強いと思う。これは驕りじゃなくて単なる客観的な分析ね」
いちいちムカつくやつだな。
んなこと言われなくても知ってんだよ。
自分で言うな。
「だから多分、普通に正面から戦っても十中八九勝てる」
さらに勝利宣言かよ。
だったらさっさとかかってくりゃいいのに。
いやそうはいっても、攻撃されたら困るんだけどさ。
「けど、十中八九ってことは、1割か2割かは負ける可能性がある。まあ2割は多すぎると思うけど、1割くらいの敗北の可能性があるとは本気で思ってるよ」
1割かよ。
しかも嫌なのが、俺もそれくらいだと思っちゃってるところなんだよな。
だから俺は全力で時間稼ぎをさせてもらうぜ。
「そ――」
「ところでさ……」
俺がさらに話を続けようとしたところで、急に竜ヶ峰紅夜が語気を強めて俺の言葉を遮る。
その迫力に負けて、俺は押し黙り息を呑み、竜ヶ峰紅夜の言葉を待った。
「君、時間稼ぎしてるよね?」
「――ッ!?」
何故急に……。
てか、こいつは俺の狙いに気が付いた上で敢えてお喋りに付き合ってたのかよ?
「やっぱりか……。君、ガッカリだよ。平凡なだけでなく、考え方まで消極的とはね……。そこは革新的なアイディアとかで切り抜けてほしかったな」
呆れた、とでも言いたげに挑発的な態度を取る竜ヶ峰紅夜。
俺は、それに対して、呆然となってしまい怒ることすらできなかった。
「慎重に行きたい、ってのも積極的に攻めない理由の一つではあったけど、それ以上に君の実力をもう少し確かめたかったからってのがメインの理由だったんだけどな。実に残念だ。それじゃ、そろそろ……」
「ッ!」
多分、俺はその時の竜ヶ峰紅夜の表情を一生忘れないと思う。
一ノ瀬隊長が狂人と言った意味がよく理解できたような、そんなおぞましい狂気の眼をして、竜ヶ峰紅夜は肉薄してきた。
「終わらせちゃおうかな」
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