第90話.3人

 竜ヶ峰紅夜はそう言うや否や、俺に向かって飛びかかってきた。


 おいおい、いきなりかよ!


 こちらも慌てて戦闘態勢を取る。


 しかし、突然の事だっただけに、後手に回ってしまう。


 素早く繰り出される右ストレート。


 聞こえてきた風切り音が恐怖心を煽る。


 躱したつもりだったが、僅かに肩を掠める。


 ってぇ。


 なんつー早い攻撃だ。


 しかも、パイロキネシスを使わず、普通に素手のままで攻撃してきたってことは、本気じゃないってことだよな。


 奴も「実力を見せてもらう」と言っていた。


 これで小手調べとか、冗談も休み休みにしてほしいぜ。


 こっちがせっかく成長したと思ったのに、その直後にこんな高い壁が現れるのかよ……。


 そう思った瞬間に、素早く横に回られる。


 マジかよ!


 考え事にふけっている場合じゃなかった!


 慌てて敵の拳に掛かるようにパイロキネシスを使う。


「おっと、危ない」


 竜ヶ峰紅夜はそれにしっかりと素早く手を引く。


 チッ。


 あのまま殴ってくれていれば、俺も多少のダメージは受けるだろうが、腕1本は持って行けてた。


 だが、まあそう上手くは行かないわな。


「なるほど、流石のセンスだ。運動神経もいい」


 一通りやりたい動きをやったのか、竜ヶ峰紅夜は一旦俺から距離を取って再び話しかけてくる。


「けど、それだけだ。橘を倒せるようなレベルとは、とても思えないなぁ」


 は?


 煽りか?


 いや、煽る目的は敵の冷静さ欠かせること。


 神などと言われているこいつが、そんなまどろっこしい盤外戦術を使ってくるはずがない。


 だとすると、純粋にそう思ってるってことか。


 それは余計にむかつくぜ。


「さっきのは不意を突かれたからですよ。たった数秒の交戦で何が分かったって言うんです?」


 やべ。


 つい反論してしまった。


 言い返すなんて無駄なことをする暇があったら少しでも、冷静さを取り戻すとか、こいつを倒す戦略を考えるとかするべきだったのに。


 はぁ、落ち着け、俺。


「数秒で十分なのさ。今俺は敢えて隙を見せた。それに気が付いたか?」


 隙?


 そんなもん……。


「気づかなかった。気が付けなかった。攻撃の回避に必死になってたからな。だろ?」


「くっ……」


 その通りだ。


 てか本当にあの時隙なんてあったのかよ?


「やっぱりな。基礎能力は高い。けど、結局それは平凡ってことだ。天才の領域には決して届かない」


 チッ。


 いちいち上から偉そうに言いやがって。


 ただ、ここで怒りに身を任せるな。


 クールに行くんだ。


 それに、何を言おうと俺が橘を倒した事実は揺るがない。


 俺が平凡で、天才の領域に届かないかどうか、試させてもらおうじゃないか。


 とりあえず、動揺は収まった。


「ま、弱いならもう興味はないし、さっさと始末させてもらおうかな。久々に暴れるのが楽しみだ」


 ニヤリ、と不気味に笑う竜ヶ峰紅夜。


 来るのか?


 本気で。


 上等。


 冷静に竜ヶ峰紅夜を見つめる。


 僅かな動きも見逃さないつもりで……。


 動いた!


 右から回り込もうとしてくる。


 俺はそれに反応して、逆に左へ動き出す。


 けど、早い……!


 俺はパイロキネシスを左手で放ちながら、薙ぐように振るい、牽制を入れる。


 しかし、それでも竜ヶ峰紅夜は止まってくれない。


 ぐっ、と体を落として、そのまま飛びかかってくる。


 慌てて手の軌道を変化させるが……。


「残念。遅い遅い。君は身体能力もいいし、動きもいい。けど……」


 今度は拳に炎を纏い、アッパーを繰り出してくる。


「俺はそのすべてで君を遥かに凌駕している」


 早すぎて避けれねぇ……!


 クソ、こんな早々に……。


 俺は敗北を確信し、勝負を諦めかけた。


 しかし、その時。


 バッ、と視界に第三者が入ってくる。


 そのまま俺は腕を握られて引っ張られる。


「うおっ」


 何が起きた? と思った瞬間、視界が切り替わる。


「ここでテレポートは甘すぎる!」


 竜ヶ峰紅夜の声が聞こえた時、俺は星川に腕を掴まれていることに気が付く。


 あぁ、さっきの第三者は星川だったのか。


 そして俺をテレポートで助けた?


 けど、そんなことをすれば……。


 そう思って、さっきまで自分がいた場所を確認する。


 すると……。


「お前の敵は能見1人じゃないぞ?」


 竜ヶ峰紅夜が俺を追撃しようとしたところを、冷静に仁さんが行く手を阻む。


 おぉ、そうだった。


 俺1人では竜ヶ峰紅夜を倒すのは厳しい。


 多分、仁さんでも力不足だろう。


 星川も同じだ。


 しかし、個々では不可能でも、3人ならば行けるかもしれない。


 絶望しかけたところに、光明が差し込んだ俺は、再び強く竜ヶ峰紅夜を睨んだ。

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