第92話.活路
やばいやばいやばい。
会話をする前よりも全然動揺しちゃっててよくない精神状態になってしまっている。
けど、とにかくやらなきゃやられる……。
俺はとにかくこの突撃から身を守ることだけを考え、後ろに倒れこむように身を引く。
その時にはすでに竜ヶ峰紅夜は俺の顔面に向かってナイフを突き出していたが、俺の必死の後退がここは僅かに上回り、鼻先を刃が掠める者の致命傷は避ける。
ナイフ……!
いつの間に!
しかし、安心する暇など当然与えられない。
竜ヶ峰紅夜はもう一歩踏み込んでナイフを振り上げる。
やべ、尻もちついちゃってるからもう動けねぇ……。
なんだよこの理不尽なまでの圧倒的戦闘センスは……!
隔絶している自分との力量差に、俺は諦めるが……。
「「させるか!」」
左から仁さん。
右からは星川。
すぐにカバーが来てくれる。
そ、そうだった……!
こっちは3人でやってるんだ。
こうやって、俺が少しでも時間を稼げば、2人が守ってくれる。
そう、安心したところだった。
突如、竜ヶ峰紅夜の腕の軌道が大きく変化して……。
「え……?」
俺の身体にナイフが振るわれることは無かった。
しかし、その代わりに左側からそんな間の抜けた声。
それに気を取られて、そちらを向いてみると……。
「え……ぁ……」
そこには、腹にぐっさりとナイフが刺さり、口から大量の血を吐いて地面に倒れている仁さんの姿があった。
俺はその姿に、呆気に取られてただ立ち尽くすしかなかった。
なんで……あの一瞬で視線も動かさずにカバーに来た仁さんを……。
「ちょっと!」
星川の声。
それと同時に、腕が引っ張られて態勢を崩す。
何だ? と思って引っ張られた方向を見ると、星川が。
そして、逆に俺が元居た場所を見てみると、そこには竜ヶ峰紅夜に繰り出されたナイフが。
「っ!」
恐怖に思わず声が漏れそうになる。
俺と星川はすぐさま後方へ飛ぶ。
「チッ、2人一気にとは行かないか。けど、まずは1人」
一息では仕留めきれないと判断したのか、竜ヶ峰紅夜も一旦仕切りなおす。
やべぇ。
3対1だった状況が一瞬で2対1に……。
どうする? どうする? どうする?
マジでどうすればいい?
いや、手はあるか。
思い出されるのは、橘を仕留めたあの技。
あれまでは、流石に竜ヶ峰紅夜にも伝わっていないはず。
あれならば、初見殺しで一発逆転も不可能じゃない。
それは流石に都合の良すぎる考えだとしても、あれを使えば五分に近いだけの戦いを繰り広げることが出来るはずだ。
とはいえ、それは使えれば、の話だ。
確かに俺は橘相手に一度っきりの本番で見事に成功させた。
しかし、もう一度この場でやって成功するとは限らない。
仮にこの場でも一度成功したとして、仕留められなかったら?
その時にさらに何度も何度もあれを決めることは出来るのか?
分からない。
俺は自分で自分の事が分かっていなさすぎる。
けど、もう出来ることに賭けるしかない。
橘とやった時に成功したのは、奇跡が起きたからじゃない。
結果には必ず過程がある。
あの時俺があの技を成功させて、橘に勝利したのは奇跡でも偶然でもなく、単に俺のやってきた努力が実っただけ。
不可能なことは、どこまでいっても不可能だからな。
つまり、あの時できたってことは、今日不可能であるという事は絶対にない。
自身を持て。
活路は一つしかないんだ。
自分を信じて、突っ込むのみ。
竜ヶ峰紅夜が再び肉薄してくる。
「2対1になった君たちに、最早勝ち目はない。大人しく死にな!」
そう言いながら笑みを浮かべ、ナイフを振り上げる。
まただ、狂気の眼。
けど、ビビるな。
自分を信じて、使え!
クレヤボヤンス!
視界が切り替わる。
空中に視点を素早く移動させて……。
やべぇ、もう俺の身体の本体にまで迫ってる!
橘さんもかなり動きは良かったが、竜ヶ峰紅夜はそれ以上だ。
頼む、間に合え!
俺は祈りながらテレポートを発動する。
テレポートを発動してから、移動するまでにラグなんてほとんどないはずなのに、そのほんの僅かな時間があり得ないほど長く感じる。
頼む、早く!
縋るようにそう思った時、俺の視界はついに変化した。
視界に映るは、驚きの表情を見せる竜ヶ峰紅夜。
しかし奴も、すぐにテレポートを使用したのだと気が付く。
気が付くのは流石に予想している。
けど、俺の移動先を当てることは絶対に出来ない。
何故なら、俺のテレポート先は、視界からは判断できないからな!
俺は勝利を確信し、竜ヶ峰紅夜にナイフを振り上げて肉薄した。
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