第80話.勝機
そっちで来たか!
複数ある選択肢の中で、最も賭けの要素がデカい選択だ。
けど、不思議と焦ったりはしていない。
間違いなく、死が忍び寄ってきているというのにだ。
何なんだろうか、この感情は。
ワクワクしているというか、挑戦的な心持ちというか。
行こう!
テレポートもう一発!
こいつはもう今までのように俺を殺さないでいてはくれないだろう。
ここからは間違いなく俺を殺しに来る。
そんな相手に対して、テレポートを今使うのはどれだけ危険なことか、俺は当然理解している。
だが、それを理解した上での敢えての一発。
こいつも予想だにしないだろうから、刺さるかもしれない。
しかし、俺はそんな不確定要素に賭けたわけではない。
不確定要素は、俺があの時のパフォーマンスを発揮できるかという問題だけで十分だ。
自分を追い詰めること。
それこそが真の目的だ。
「ま、また!?」
混乱する橘。
だがそれでも……。
「そんな奇を
驚きつつも、俺のテレポートに完璧にタイミングを合わせて攻撃してくる。
もちろん読みも完璧だ。
避けることはできない。
そう確信する。
だというのに、頭の中は凄くクリアで、俺はまた違う事実を確信した。
あの時と同等のパフォーマンスになっていると。
俺は避けられるはずのない攻撃を、紙一重で避けた。
「な……!」
これには、流石の橘も絶句する。
これだ!
俺は心の中で大きくガッツポーズをとる。
この感覚、間違いない。
いや、もしかしたらあの時以上かもしれない。
あの時は、反応が格段に良くなっていただけだったが、今は動きすらも普段よりもいい気がする。
そして、身体が勝手に敵の隙を察知して……。
ナイフを振るう!
「うくっ……!」
橘は咄嗟に反応して回避しようとするが、少しだけ回避が間に合わず、ナイフがわき腹を掠めた。
橘が顔をゆがめる。
痛みによるものか、それとも怒りによるものかは分からない。
だが、この反応は今まで見せてきたものとは明らかに違った。
「どうだよ? さっきまで舐めていたやつに傷をつけられる気分は?」
気分が高ぶって挑発までしてしまった。
自分でも余裕が出来てきたことが分かる。
「っ……!」
歯を食いしばりながら、恨めしそうにこちらを睨みつけてる。
焦ってるな。
その理由は多分、自分が負けそうになっているからというよりは、俺の強さのレベルが急激に跳ね上がったからだ。
多分、今の俺の状態でも、橘を圧倒しているとは言い難い。
五分か、橘が動揺していることを加味して微有利かと言ったところだな。
だから、橘が冷静に対応すれば、互角の戦いとなるはずだ。
いや、むしろ不確定要素を持つ俺の方が不利だな。
それなのにここまで取り乱しちゃって……。
ま、気持ちは分かるがな。
絶対に自分には敵わないと思っていた相手が、突然自分を殺すものへと急変した。
そんなことが唐突に起こったら、あり得ないと思うし、その現実を受け入れることなど難しいだろう。
同情はしないでもない。
だが、今は好機だ。
そんな甘いことを言っている場合ではない。
相手の失敗に漬け込み、こいつを確実に仕留める。
これを逃したら、もうチャンスは来ないかもしれないんだ。
「ふぅ……」
俺は一度軽く深呼吸をし、集中力を高める。
そして地を蹴った。
一息で橘に肉薄する。
そしてナイフを振るう。
「舐めるな!」
しかし、流石にここまで単調な攻撃は、冷静さを欠いているとはいえ躱される。
まあ、想定通り。
一撃で仕留められるなんて端から思っていない。
最初からこの一撃目は躱される前提で動いているからな。
ナイフを振るった後、身体が左に流れる。
そのままナイフを左手に持ち替える。
逆刃持ちで。
そして振り向くことなく、ナイフを振るった。
手ごたえは――。
無い。
マジか。
そこそこ早く動いたつもりだったんだが……。
「そんな攻撃を俺が食らうとでも?」
ぎろりと橘が振り向く。
本当にさっきまでの余裕が見る影もなくなってら。
「流石にそう上手くはいかないか」
俺はニヤリと不敵に笑って橘の瞳を見つめた。
それに対して、橘はイラつきが増したようにあからさまな舌打ちをすると……。
「たまたま体がよく動くからって調子に乗りすぎじゃないか?」
「すいませんね。これが俺の真の実力なもんで」
今橘は頭に血が上っている。
ここは煽りによる盤外戦術もどんどん使っていく。
「あまり粋がるなよ……」
橘が拳に火をともす。
全開だな。
けど……それは全力ではない。
ならば、勝機が生まれる。
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