第81話.とっておき
鋭く俺に向かって突き進んでくる。
早い。
ボーっとしている常人になら反応すらさせずに始末できそうなほどの速さ。
目にも留まらぬは大袈裟とはいえ、それくらいの驚きがある。
しかし……。
「そいつはあまりに……」
俺は距離もあったため軽々と、左に動いて回避する。
「単調すぎやしませんかね!」
そしてカウンターの一撃として、背中への攻撃を試みる。
「チッ!」
体を無理矢理に捻って攻撃をかわす。
熱くなっても身体能力は変化しない。
攻撃の複雑さや、動きの読みは、橘の本来の状態とはかけ離れているものの、それはそれ以外はいつも通りなんだよな。
特に上級者の戦闘ってのは、頭を使って行うというよりも、培ってきた経験を使って反射的に行うものだからな。
やれやれ。
勝てそうで勝てないな。
今の状態なら、早めにケリをつけたいところなんだが……。
しかし、焦ってはいけない。
あくまで思考はクリアに。
一切の雑念を排して、自分の本能に身を任せる。
しかし、やはり中々倒しきることが出来ないまま、1分、5分、10分、と時は少しづつ、しかし確実に過ぎていく。
手てこずっている訳ではない。
むしろ気持ちよく俺は攻めることができている。
だが、決まったと思った一撃をギリギリ回避されるんだよな。
焦っちゃだめだとは分かってるけど、流石にここまで長くなることは想定していなかった。
俺があの時のパフォーマンスを発揮できた時点で、もう勝てたかのような満足感を得てしまったからな。
不覚なことに、その後のことを考えていなかった。
その結果ここまで沢山の時間を不意にしてしまった。
だが、これ以上は無駄にできない。
倒した後も、俺はこいつから竜ヶ峰紅夜の情報を聞き出さないといけないからな。
そろそろ勝負をかけるとするか。
作戦はある。
前々から少しづつ練習していた大技だ。
多分、今までどの超能力者も使ったことがないだろうとっておき。
それを成功させたならば、初見ならまず決まると確信している。
だが、そんな一撃必殺の大技には、当然ながらそれに見合ったリスクがある。
その上、この技を俺が練習で成功させたことがあるのは、たった一度きり。
けど、今ならいける。
体の動きは自画自賛したくなるほどにいい。
俺が今からやろうとしているのは、テレポートとクレヤボヤンスの複合技だ。
クレヤボヤンスで移動したい場所に視線を飛ばし、クレヤボヤンスを解除せずにテレポートを使う。
これによって、クレヤボヤンスで視界を飛ばせる範囲までならどこにでもテレポートが出来るようになる。
しかし、口でいうと簡単そうに聞こえるが、この技を成功させるのには難しい点が2つある。
まず、一つ目はテレポートを使うタイミングがそもそも見つかりずらいということだ。
ただでさえテレポート単体でも、近接戦闘中に使うのは難しいのだ。
それをクレヤボヤンスを挟んでから使わないといけないのだ。
不可能に近いと言えるほど難しいのは、誰でも理解できるだろう。
そして、二つ目。
それはクレヤボヤンスを使ってからテレポートを使うまでにかかる時間を1秒ほどにまで縮めなくてはならないことだ。
クレヤボヤンスを使用してから、一瞬で移動したい場所まで視線を飛ばす。
自分でも言ってて笑っちゃうくらいに難しい。
これらを2つともこなさなければならないのだ。
どれほど無謀かがよくわかるだろう。
なーんて、自分で言いながらやるんだけどね。
チャンスは1回。
ミスれば多分やられる。
使いどころを慎重に見極めないとな。
俺はナイフを構え、若干引き気味に戦いを再開する。
俺のたくらみがバレないように、違和感を見せず、慎重に、慎重に……。
そして、俺は頭の中で動きのプランを組み立てる。
うん、行けるな。
隙をじっくりと待って……。
1分ほど軽く戦闘を続けてから、俺は満を持して動き始めた。
まずは、橘が甘い攻撃を仕掛けてきたところに、全力で一撃を入れる……と見せかけて下がる。
橘はそれにビビって大きく後退。
よし、思惑通り。
これで俺たちの間に10m近い距離が出来た。
そのまま、俺は近くにあったソファに縮こまって身を隠す。
もちろん、その動きに緩慢さは微塵もない。
いい感じだ。
予想通り……いや、それ以上に動けている。
だが問題は超能力の使用が絡んでくるここから。
まずはクレヤボヤンスを発動。
こちらへ猛スピードで向かってきている橘の後ろに、素早く視点を飛ばす。
体感では、ここまで2秒かかってないと思う。
だが、それでも若干遅いのだから、恐ろしい。
しかし、何とか橘に追いつかれる前にテレポートを使うことに成功して……。
橘の無防備な背中が見えた時、俺は喜びで大きな声を上げそうになるのを何とか抑えて、右手に握りこんでいたナイフを思いきり橘の背中目掛けて投げつけた。
そのナイフが橘の体を捉えたのは、橘が俺がさっきまで身を隠していたソファに目を向けて、目を丸くした直後だった。
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