第72話.桐原省吾
テレポートで移動する。
移動先は空中にした。
もちろん、そんな高すぎる位置に移動したら、着地時に足を痛めてしまうので、せいぜい1mちょっとの位置だ。
しかし、この僅かな工夫を入れることによって、相手の攻撃をワンテンポ遅らせることが出来る。
それプラス、俺が周囲の状況を確認できる状況が生まれる。
ここまでは頭の中で思い描いた通り。
問題はここから。
敵の攻撃を受けないように工夫しつつ、アジトの入り口に素早く視点を合わせる。
のんびりしていたら袋叩きにあってしまう。
重々承知していたことだが、やはり相当にシビアだ。
1秒すらも使わないうちに入り口を見つけて視線を合わせる。
体の動きも悪くない……どころかかなり良い。
頭もかなりクリアだ。
こんな状況だというのに、驚くほど冷静。
これは数々の死線をくぐってきた成果か?
しかし、少し間に合わないな。
流石は鍛えられたヒーロー。
すでに結構な人数が反応している。
そのうち、俺の次のテレポートまでに俺に攻撃を届かせることが出来そうなのは、3人か。
後ろから1人。
さらに右からも来ているのが視界の端っこに見える。
そして正面から、俺のテレポートを阻止するように1人。
こいつが一番厄介だ。
テレポートの遅れは免れ無さそうだ。
理想は、動きを必要最小限にして、こいつの攻撃を避けること。
右と後ろの敵は、感覚で避ける。
そして正面の敵が攻撃を仕掛けてくる。
まずはパイロキネシスから。
素早い判断、無駄のない動き。
お手本のように優れたヒーローだ。
しかし、動きがテンプレなだけに、優れていても避けるのは案外簡単。
パイロキネシスからくるのは、読めていた。
相手の動きが分かれば、対応は簡単。
ましてやこちらは相手を倒す必要がない。
一度、目的の場所へのテレポートを成功させればいいだけだ。
左側に体を少し倒す。
当然の事ではあるが、大体の人間は右利きだ。
当然、パイロキネシスも右手から発動する。
だから左側に倒れて、その手を右手で薙ぐように払ってしまえば……。
「……!?」
視界が開ける。
ついでに右からやってきた敵も、敵を使って妨害できる。
一石二鳥の完璧な技だ。
まあ、偶然の割合もかなり高いが。
最後は後ろからの攻撃を避ければいいだけ。
しかし、後ろに目はついていないから、確実な回避方法は無い。
テレポートを使いながら、しゃがむ。
賭けにはなるが、しゃがむという動きは相手視点から考えてみると、かなり攻撃を当てにくい。
賭けは賭けでも、勝率はそう低くはない!
直後、上空に炎を纏った左手が。
ビンゴ!
避けることに成功する。
きっとこのヒーローの事だから、追撃を早い段階で繰り出してくるだろうが、もう遅い。
すでにテレポートの準備は完了した。
俺はアジトの入り口へ視線を合わせて、テレポートを発動する。
目を開けてみれば、もちろんいつもの見慣れたアジトの入り口の扉だった。
「ふぅ」
成功したことに、安堵のため息をつく。
その時だった。
扉が開き、アジトの中から構成員が10人以上出てくる。
おお、この人たちが援軍か。
当然超能力者だよな?
一体何番隊なんだろうか。
もちろん、ゾディアックの超能力者全員の顔と所属部隊を覚えている訳ではないので、分からない可能性もあるが。
しかし、その中の2人は知っていた。
どちらも隊長だ。
桐原さんと、鳴神さんだ。
どちらも初めての代表者ミーティングで関わったからな。
桐原さんは特に印象的だったしな。
なんて言ったって、俺を見下すような発言をした上に、あの場で一ノ瀬隊長と喧嘩を始める始末だ。
忘れる方がどうかしている。
鳴神さんは別にいいが、桐原さんの方は俺もあまり関わりたい人間なので、軽く会釈だけをしてアジトに逃げ込むように入ろうとするが……。
「おい、待て」
桐原さんがこちらを見ることもなく、短くそう言う。
「え?」
マジかよ……。
表情は変えなかったつもりだが、もしかしたら出てしまったかもしれない。
「少し聞きたいことがある」
うわ……なんだろ……。
声と表情の険しさから、俺にとってプラスの内容ではないことは確かだが。
でも、今は……。
「敵が外に沢山います。参戦しなくても大丈夫なので?」
そんな悠長に話などしている暇があるのか?
「舐めるな。うちの連中はそんなに弱くはない」
「いや、あなたは数を知らないからそんなことを言ってますけど……」
俺は桐原さんの発言に反論する。
もちろん、この人から解放されたいというのもあるが、そんなのはほんの1割ほどにすぎず、9割は普通にゾディアックの事を思っての発言だった。
しかし、桐原さんは俺がすべてを言い切る前に俺の言葉を遮って……。
「では逆に聞くが、お前こそゾディアック構成員の何を知っている?」
「…………」
これには押し黙るしかない。
別に桐原さんの納得に納得できるわけじゃない。
しかし、このゾディアックという組織が出来た直後から在籍するこの人の発言には重みがあった。
だから、答えることは出来ない。
「だったら黙ってついて来い」
桐原さんはそう言って足早に歩き始める。
俺は、それを追うしかなかった。
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