第73話.本音

 連れてこられたのは、5番隊の隊室だった。


 内装は、別段6番隊と違いは無い。


 桐原さんが椅子を引いて座る。


 俺も座ろうと手を伸ばするが、ふとその手を引っ込めた。


 そういやこういうのって許可を出されるまで座っちゃダメみたいなマナーがあった気がする。


 ゾディアックに入った当時は、そういうのに凄く気を使ってた覚えがあるが、最近では一ノ瀬隊長も新田さんもそういうのにうるさくないので、あまり気に留めなくなっていたが……。


 この人はそういう上下関係とかに関するマナーにうるさそうだよな。


「何してる? 早く座れよ」


 とか思っていたら、いいんかい。


 よくわからん。


「はい、失礼します」


 マナーにはうるさくないのかもしれないが、一応これくらいは言って頭を下げてから椅子に腰を落ち着ける。


「一ノ瀬が怪我したときの話をしろ。嘘はつくなよ? そういうのは……」


 ――分かる。


 そう言った。


 ブルリと背筋が寒くなるような感覚がした。


 まあ、そんなことを言われても、もとより嘘などつく気は無かったが。


 それにしても、何故こんなことを聞くのだろうか。


 恨んでいる一ノ瀬隊長が痛い目に遭って、その話を聞きたいとか?


 そんな訳ないよな。


 あくまで俺の想像の域を出ないが、この人は本心から一ノ瀬隊長を恨んでいる訳ではない。


 それだけは分かる。


 なにより、この人もこの非常事態にそんなくだらない理由で話を聞くほどに分別が無い訳がない。


 きっと今すぐにはっきりさせておかなくてはならないことが、桐原さん自身の中にあるのだろう。


 そう思ったら俺は、一気にこの人に対する悪感情が低減した。


「俺はあの時――」


 俺はゆっくりと当時の事を事細かに話始めた。


 無謀な突撃を星川に止められて、一ノ瀬隊長の近くで足を引っ張らない程度に戦うことに決めたこと。


 星川のサポートを借りて万全の体制で挑んだこと。


 結果的に失敗したが、星川は自分の仕事を全うしてくれて、結局は俺の力が足りなかったこと。


 その結果、命が危なくなり、一ノ瀬隊長に守られてしまったこと。


 それらを全て包み隠さず話した。


 桐原さんは、表情一つ変えず、その一部始終を黙って聞いていた。


 そして、全てを話し終えたところで、ただ一言。


「そうか」


 と、それだけ呟いた。


 その後、付け加えるように「時間を取らせたな」と言って席を立った。


「え……」


 正直色々と怒られるのかと思っていたので、身構えてしまった。


 だというのに、これだけ?


 てか結局何が目的だったんだ?


 少し困惑しているが、まあ終わったのならいい。


 別に深く追及するような事でもないだろう。


 気になりはするが。


「なんだ? 怒るとでも思ったのか?」


 ギクリ。


 油断したところに、心を見透かした一言。


「…………」


「……ま、確かにお前には初対面の時に見下すような発言をしたし、俺はいいやつには映ってないだろう。そこは、なんだ……。悪いと思ってる」


 頭を恥ずかし気に掻きながら、そんなことを言う桐原さん。


 ……なんか、今日のこの時間だけで随分とこの人の印象が変わったな。


 根はやっぱり悪い人じゃないんだよな。


 てか、俺っていつも心読まれるな。


 そんなに単純なのだろうか。


 軽くへこむ。


「でもな、俺だってただのミスに対して怒るほど狭量じゃねぇ。怒るのは当時の一ノ瀬のように、上官の話を無視して突撃したようなケースだけさ」


 当時ってのは、やっぱりお兄さんを失った時のことだろうな。


 てか、俺のは「ただのミス」なのだろうか?


「でも、俺だって、自分の実力が足りないと分かっているのに突っ込んでしまいました。結局は俺も分不相応な行動を取ってしまったということで悪いのでは?」


 あー、何言ってるんだろ?


 黙ってればこのまま勘弁してくれそうな状況だったのに。


 まーた俺の癖が出てしまった。


 持ち上げられると、嘘が付けなくなる。


「そんなことねぇよ。その実力不足を自覚しているというのが何よりも大切だ。劣る力を工夫でカバーしようとする前向きな姿勢。どういうのは俺は嫌いじゃない。一ノ瀬あいつは驕っていたんだ。全然違うと思うがな」


「そういう……もんですかね?」


「あぁ」


 そう頷いて、桐原さんは身をひるがえして扉へ向かった。


 そして、扉を開き、出て行こうとしたところで動きを止め……。


「そういえば、勘違いしているだろうから一つ言っておくがな、別に俺は今も一ノ瀬を恨んでいる訳じゃねぇ。普段から仲が悪いのは……その……昔あんな態度をとっていたから、今さら仲良くはしづらいっつーか……。誰も悪くないことくらい、端から分かってたよ」


 しどろもどろになって、いい訳をするように言葉を紡ぐ一ノ瀬さん。


 やっぱり少しこの人子供っぽいところあるよなぁ。


「はは」


 そう思ったら、自然と笑みがこぼれてしまう。


「な、なんだよ! 人が真面目なことを言ってるのに……」


 少し顔を赤くしながら怒鳴ってくる桐原さん。


 しかし、迫力はない。


「いえ、そのね……」


 俺は一息ついてから言った。


「そんなこととっくに、知ってましたよ」

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