第65話.一時休戦

 ヒーローがあれほどアジトの前に集まっていたから、アジト内も侵略されているのかと、身構えていたが、中はガラリとしていた。


 敵もいないし味方の姿もない。


 下の階へ繋がる階段までは誰とも出会わなかったくらいだ。


 全く不気味なくらいだ。


 とはいえ、だからって逃げ出すわけにもいかない。


 俺は内心ではびくびくしながらも、その心中とは反対に階段を凄い勢いで駆け下りていく。


 その後を星川がしっかりついてくる。


 本当に助かる。


 星川がいれば、なんか想定外の危機に見舞われても、何とかなるような気がする。


 そんな、根拠のない安心感を得られるくらいに、星川は実力者だ。


 そして、一気に階段を下りて地下2階までたどり着き、そのまま廊下へ飛び出すと……。


「……っ!」


 その瞬間、廊下にいた人物と目が合ってしまう。


「うわぁ!」


 驚きすぎて、反射的に飛び退いてしまったことで、僅かに遅れてやってきた星川がびっくりしたような声を上げる。


 やばいやばい。


 ここまで来て、最終関門とでも言うべきか、試練が立ちはだかる。


 あいつ、絶対にヒーローだったよな。


 いや、もちろん見知っている訳ではないが、今ほとんどの隊員は出払っている。


 こんなところで呑気にふらふらしているのがゾディアック隊員であるはずがない。


 何より、眼があった時の反応が、味方のモノではなかったと思う。


 どうする?


 緊張感のせいで鼓動を高鳴らせながら、休んでいた脳みそが回転し始める。


「敵?」


 真剣な顔で尋ねてくる星川。


「う、うん」


 俺が頷くと、星川は考えるようなそぶりを一瞬見せて、こういった。


「ここは、私に任せて先に行って」


 その言葉に、俺はこんな大変な状況だというのに笑いそうになってしまった。


 少年漫画の主人公の仲間の最終決戦手前の台詞かよ。


 いや、まあ今この状況もまさにそんな感じだけれども。


 でも、まさか現実でこんなセリフを聞くことになるとはね。


「分かった」


 だが、多分星川はネタとかじゃなく、真剣に言っているので、茶化さずに普通に受け応える。


 まぁ、茶化している場合じゃないしな。


「じゃあ、行ってくる。隙を見てテレポートで抜けてね」


「あ、あぁ、分かった。一ノ瀬隊長を医務室に届けたら、俺もすぐに戻る」


 俺の言葉に、星川は返答をしなかった。


 ただ、微かに笑った。


 その笑みの意味は分からない。


 直後に、星川は一瞬で姿を消した。


 ふぅ、不安は残る。


 だが、信じるしかない。


 俺は壁から少しだけ顔を出す。


 すでに、戦闘は始まっていた。


 よし、行くか。


 俺は、戦闘が激化して、俺の存在になど気を配っている余裕などないというタイミングを見計らって……。


 今だ!


 テレポートを使って、戦闘をする敵ヒーローと星川のいる向こう側へ移動する。


 もちろん、これぐらいのことを失敗する訳もない。


 一ノ瀬隊長を背負ったまま、俺はテレポートに成功。


 そして、試練の連続の末、とうとう俺は医務室の前に辿り着いた。


 基本的に、よほど重要な部屋以外は、このアジトの部屋は大体パスワードロック式の扉になっている。


 つまり、下っ端構成員でも開けることが可能。


 もちろん、忘れちゃったなんてヘマもない。


 手際よくパスワードを入力し、開錠。


 そして扉を開く。


 医務室は初めて使う。


 中は沢山のベッドが置いてあって、思ったより広かった。


 そして、奥の方の机には、仏頂面をしたおじさんがいた。


「どういう様態だ?」


 そのおじさんは、こちらに目も合わせず、声をかけてくる。


「あ、えーっと、背中を火傷していて、あとは分かりません。結構時間が経っていますが、かろうじて息はあります」


「なるほど、分かった。後はやっておく。そこのベッドにおいておけ」


 そういって、おじさんは立ち上がった。


 俺はあっさりしすぎていることに若干戸惑ったが、別に特に何かあるけでもないので、大人しく従って一ノ瀬隊長をベッドに下ろして寝かせる。


 そして、軽く頭を下げて部屋を出た。


「ふぅ」


 ま、なにはともあれ、一安心だ。


 一時はどうなるかと思ったが、一ノ瀬隊長を何とか助けることが出来たようだ。


 さて、でもまだやるべきことが残っているんだよな。


 そう思って、星川と敵ヒーローが戦闘していた場所を見やる。


 しかし、そこには悠然と立つ星川の姿と、ナイフを背に生やしたまま床に倒れこんだヒーローの姿が。


「え、こ、こんな短時間で勝ったのか?」


 ここまで攻めてきたということは、十中八九本部ヒーローだ。


 それをこの1分くらいの間に片付けるなんて……。


 全く、実力の底が知れない。


「まぁね」


 心配した俺が、どうやらアホだったようだ。


 その後、俺は幾度か戦闘も行ったが、特にピンチに陥ることもなく、無難に乗り切った。


 かくして、外の闇は一層深さを増し、この大規模戦闘は、一時休戦となったのだた。

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