第11話.僅かな理解

「クソ、上手く行かない……」


 はぁ……。


 新田さんが部屋を去ったあと、俺は不満ながらも言われた通りの練習を始めた。


 この練習法については納得がいってない点は沢山あるものの、まあ文句を言う前に少しくらいはやってみようと思ったのだ。


 しかしこれが全然上手くいかない。


 最初はテレポートを使いながら頑張って紙を見ながら計算をしようと試みるのだが、テレポートを使っていると簡単な掛け算だというのに考えがまとまらないのだ。


 例えば、23×25だったら、23×5をなんとか計算しても、23×2を計算しているうちにいつの間にか23×5の答えを忘れてしまっている。


 そして結局上手く行かずにイライラして何もかもが白紙に戻ってしまうのだ。


「はぁ……」


 俺は大きくため息をついて座り込む。


 あまり根を詰めすぎても逆効果だろう。


 こういう時はひとまず休むのがいい。


 俺は床に座り込みながら、星川の方を見る。


 そこには俺と違って、若干動きが緩慢ながらもうまく続いている姿があった。


 クソ、なんで星川にできて俺にはできないんだ。


 鶴城さんにはセンスあるって褒められたはずなのに……。


 俺は自信を失いがっくりとうなだれる。


「苦戦、してるみたいだね」


「?」


 突如上から聞こえてきた声に俺は起き上がる。


「私も流石に疲れたから休憩。中々上手く行かないよね」


 聞いてないことを答えながら星川は俺の隣に座ってくる。


 バカにしに来たのか?


 気分が落ち込んでいる俺はついついネガティヴなことを考えてしまう。


「まぁでもこんなのできなくたって別にいい。事実俺はテレポートと他の超能力の同時使用ができたんだ。計算なんか実践じゃ絶対に使わないし」


 イライラしていたせいで星川に対して皮肉めいたことを言ってしまった。


 だが事実だ。


「うーん、でもテレポートと他の超能力を使うこと以外にもさ、実践では行動の読みあいとかの思考も必要になってくるじゃん。だから、新田さんは完璧とはいえないって言ったんじゃないかな?」


「う……」


 確かにそうだ。


 戦闘というのは単純に超能力を繰り出せばいいというわけじゃない。


 相手や自分の置かれている状況を正確に把握し、そこから自分がどういう行動を取ればいいのかという思考が必要になってくる。


「でもだったら立ち回りとかの知識を教えてくれればいいのに……」


 だがやっぱり納得いかない。


 何故こんな掛け算なんかを。


「まだその段階に至ってないってことだと思う。それに蓮君はさっきテレポートを使いながらパイロキネシスを使って見せてくれたけどさ、テレポートでは適当な場所に移動しただけでしょ? 例えばさ、目をつぶった状態からいきなり右上のコーンに正確に移動しながら右下のコーンをサイコキネシスで持ち上げてみることってできる?」


 ……確かにさっきは超能力の同時使用にばかり頭が行き過ぎてテレポートの移動先については適当だった。


 でもそれぐらい……。


 俺は目をつむり、そこから一瞬で視線を右上のコーンに合わせてテレポートを発動する。


 えーっと、そしてそのまま右下のコーンを……。


 しかしサイコキネシスを発動したときには、すでにテレポートで移動してから3秒ほどの時間が経過していた。


「それじゃあ同時とはまだ言えないよね……」


「くっ……」


 俺は悔しさでギュッと拳を握りしめる。


 認めたくはない。


 認めたくはないが……。


「つまり俺は瞬間移動の能力を全然使いこなせていないってことか……」


 完璧というのは、自分の手足のように扱えるということ。


 瞬間移動を使おうと考えて発動するのではなく、反射的に正確な瞬間移動を一瞬でできてこそ、完璧に使いこなしたと言えるんだ。


 だから新田さんが教えてくれたこの練習方法は、計算をする余裕が生まれるほどに、瞬間移動を極めるためのものなんだ。


 それを理解すると、俺は急に文句ばかり言っていた自分が恥ずかしくなった。


 再開するか。


 俺は休憩をやめて、立ち上がる。


 そして計算問題に向き合いながら、テレポートを何度も何度も使い続けるのだった。

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