強奪×復活

 エッタ達は無事、エルベを陥落させた。


 冒険者達は、勝利の余韻に浸りつつ、シリウスから渡されたテレポートスクロールで、次々と王都へ帰還して行った。


「おつかれ、今回もお前にネームドを狩られちまったな。

 王都で祝杯でもあげようぜ! 是非、おごらせてくれ」


 シリウスは笑顔でそう言うと、テレポートした。


 エッタも同様に帰還しようとテレポートスクロールに魔力を流した。


 その瞬間、世界が暗転し、エッタは気を失った。


 

 ……



 堕ちたサキュバス・クイーン、アルフェラッツ。


 彼女は、魔王直属の研究者だったが、ライバルだったアダーラの策略によって失脚し、今は、魔界の辺境の田舎町でひっそりと暮らしていた。


 今の魔王に代替わりしてから、国政に関わるのが苦になっていたこともあり、左遷されたのをいいことに、いまは、やりたい研究をやって余生を過ごしている状況にある。


 彼女は、長らく弟子を取らなかったが、ひょんなことから一人だけ弟子を取ることにした。


 弟子の名はηイータという。


 ηイータは、魔界の辺境にテレポートしていたのだ。彼女は、運良くアルフェラッツに拾われ、弟子入りし、現在に至る。



 ……



 エッタは猛烈な睡魔の中にいた。

 睡魔に争い、目を開く。

 大掛かりな装置に取り付けられた円筒状の水槽の中で浮かんでいた。

 装置の反対側にある別の円筒状の水槽の中には、若い下級サキュバスが浮かんでいた。


 装置がある部屋の中に、大量の宝石が運び込まれている最中だった

 

 エッタはεイプシロンがしていた話を思い出していた。

 体、知識、技能が奪われた時の話だ。


 まずい、ここままだと、自分が奪われる。エッタは恐怖した。

 しかし、再び猛烈な睡魔がエッタに襲い掛かる。

 エッタはあらがいきれず、恐怖と共に再び眠りに落ちてしまった。



 ……



 エッタが意識を取り戻した時、生活感のあるとても狭い部屋でベッドに横たわっていた。


 体が重く感じ、身動きができない。

 いまだに、あらがいがたい睡魔が続いている。

 エッタは気力を振り絞ってまぶたを開き、可能な範囲で自分の体を確かめた。

 違和感はない。

 自分の名前も人生も思い出せた。

 

 と、誰かが部屋に入ってきた。


 サキュバスだ。

 

 身構えようとしたがうまく体が動かない。


「だいじょうぶですよ、ここは安全です」

 サキュバスは言った。


 エッタは質問しようとしたがうまく喋れない。  


 サキュバスは続けた。

「先ほど解毒剤を投与しておきましたが、しばらくは体が動かせないと思います。

 だいじょうぶ、あなたはあなたのままですよ。

 ここは安全ですので、安心してゆっくりお休みください。

 私はηイータと申します。

 あなたの味方ですから、ご安心ください。

 少し席をはずしますね。

 ただ、外は危険ですから、動ける様になってもここで待っていてくださいね。

 すぐ戻ります。ではのちほど」


 そういうと、ηイータは静かに部屋を出て行った。

 エッタは、再び眠りに落ちた。



……



 王都は、εイプシロン復活の噂で持ちきりだった。


 εイプシロンは、要塞都市クォーダを解放した後、サキュバスに支配されていた街を立て続けに解放してまわったのだ。すでに、クォーダをふくめ、5つの都市がサキュバスから解放されていた。


 一時は廃業したと思われていたεイプシロンだったが、純白の新武装で完全復活を果たした。


 女性的な体のラインを強調した鎧。顔はフルフェイスのカブトからフェイスベールに変更されていた。長くつややかな銀髪と赤い瞳、健康的な褐色の肌は、見るものを魅了する美しさだった。純白のフード付きマントを羽織り、純白のユニコーンを駆る様は、天使を連想させるたたずまいだ。


 しかもεイプシロンは、新たに転移魔法をマスターしており、さらに神出鬼没になっている。拠点を探ろうにもあてがない状況だった。

 

 εイプシロンは、第3王女ミウラの住う居城シュルマの後宮を拠点にしていた。シュルマはかつてサキュバスに支配されていた城だ。εイプシロンがサキュバスから解放したことで、王女ミウラと知り合ったのだ。


 後宮内でεイプシロンは、正体を隠すため『シロン』とよばれており、普段着は侍女と同じものを着用している。名目上は王女ミウラのお側付きの一人ということになっているからだ。王女ミウラの外遊の際には、警護のために随行する役割も請け負っている。


 王女ミウラから大変気に入られていて、暇さえあれば呼び出され、お茶の相手をさせられている。

 王女ミウラのお目付役、カミラからも信頼され慕われているのだが、εイプシロンの立ち居振る舞いが淑女とは対極にあったため、見かねたカミラは、淑女としての礼儀作法をεイプシロンしつけた。ちなみに装備がかなり女性的なものに変わったのは、新装備開発を支援してくれたカミラが自分の趣味をごりおししたためだ。最初は気恥ずかしかったが、後宮暮らしに慣れてくると気にならなくなった。


 普段のεイプシロンは、後宮内に割り当てられた自室で装備や魔法の研究を行っている。

 冒険者ギルドとの連絡は、王都のギルド長が、王宮を経由して行っている。そのため、他の者には拠点は掴まれない様になっていた。εイプシロンは、王室お抱えのサキュバスハンターとなっていたのである。



……



 エッタは、回復した。

 粗方あらかたの事情はηイータに教えてもらった。


 立場が危うくなったアダーラが暴走し、無断で煥魂かんこんの魔術を行うため、魔王城の宝物庫の宝石を勝手に持ち出したのだそうだ。

 エッタは勇者に比べればはるかに未熟だが、伸び代があり寿命も長いので、煥魂かんこんの魔術のターゲットには理想的だったらしい。


 それをアルフェラッツの弟子が発見し、アルフェラッツに報告したのだ。


 同席していたηイータは、自分と同じ被害者に同情し、エッタの身柄を引き取らせてもらう様にアルフェラッツへ懇願したそうだ。

 アルフェラッツの息がかかった兵士たちがアダーラの研究所に突入し、そのどさくさに紛れて、エッタをアルフェラッツの元に運んできてもらったとのことだった。

 

 魔王は、アルフェラッツを見直し、直属の研究員に戻そうとしたが、彼女は今の暮らしの方が好みだったため、断ってしまったらしい。その代わりとして、研究費を大幅にふやしてもらえたそうだ。また、エッタの件も話はついており、「勇者ならともかく、たかがハーフエルフの雑兵冒険者などどうでもよい」とお墨付きをもらっていた。


 アダーラは魔王城の地下深くに幽閉されてしまったそうだ。


 身支度を済ませたエッタは、ηイータからテレポートスクロールを渡された。転送先は、古戦場だった。主要都市周辺は特殊な結界によって魔界からはテレポートができない様に封鎖されているのだ。


 エッタは名残惜しそうにいった。

ηイータ、本当にありがとね。この恩は絶対に忘れない。

 もし人間界に来ることがあったら私に頼ってね」


「エッタさん、どうかご無事で。

 もう拐われたりしないように気をつけてくださいね。

 ……あ、そうだ、一つだけお願いを聞いていただけますか?」


「もちろん」


「もし、ιイオタεイプシロンという名のサキュバスに出会うことがあったら、伝えていただきたいのです。『ηイータは幸せに暮らしているから心配いらないよ。みんなの幸せをいつも願ってるからね』と」


 エッタは魔界の辺境でεイプシロンの名前が出てくるとは思ってもいなかった。

 エッタは、εイプシロンのことについて知りうる限りの全てを話した。


「……うふふ、εイプシロンは相変わらず無鉄砲なのね。

 でも元気そうでよかった」


「なんか、ごめんね。εイプシロンを奴隷として扱っちゃって……」


「今は違うのなら大丈夫です。

 それに、エッタさんはとても素敵な方ですから」


ιイオタεイプシロンには私から、必ず伝えるから安心してね」


「はい。ありがとうございます。

 くれぐれもご無理はなさらないでください」


 二人はハグをすると、距離をとった。


「さようなら、エッタさん。お元気で!」


「いつかまた会おうね! ありがとう、ηイータも元気でね!」


 エッタは、テレポートスクロールに魔力を流した。

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