第3話 みつめる

私は案内人について行った。


彼は鼻歌など歌っている。


川を渡った後、一泊するとのことだった。


前回泊まったような木造の部屋だった。


ずいぶんと使っているのだろう。


全く弾力のない煎餅布団に横たわった私は今日のことを思った。


私は地獄に行かせてもらえるものだと思っていた。


それはそれで、苦難の始まりなのだけど。地獄行きが決まれば、それはそれで私の罪を認められた思いがあるのだと思っていた。


しかし、閻魔様はそんな私の思いを拒絶した。


私は善行などとても考えつかない状態にあるというのに、慈悲も何もない、冷徹なものだ。


これは、元の事故現場に戻り、そこで後悔をし続けろという罰なのだろうか。


閻魔様は「自分を見つめろ」と言った。


私は、自分の罪を認めているというのにこれ以上何を見つめろというのか。


閻魔様の采配について一通り考えた後、私に残ったのはやはり後悔の念だった。


これから、あの後悔の場所へ戻るのか。



そう思っているうちに、寝てしまったらしい。


目が覚めた私は、もうあの踏切にいた。


踏切のフェンスにもたれて座っている状態だった。








ここに座り続けて、何年も経ったようだ。


私のことなど誰も気が付かずにランドセルを背負った小学生やスーツ姿の大人、車に電車が通り過ぎていく。



時間が経ちすぎて、後悔の事件のことも思い出しても、なんだか虚しさを感じるだけだった。




そんななか、時折、私のことを気にかけているかのような少年が現れた。



私にも、あの子くらいの息子がいたな。


今頃どうしてるだろうか。


あの子にしてやりたいこともたくさんあったな。


旅行に連れていくとか、一緒に釣りとか、山登りとか…。


そんなことを考えていたある日、少年が話しかけてきたのだった。



「おじさん、何してるの?」



驚いた。本当に見えていたとは。



「おじさんはなぁ、ここから動けないんだ」



しかし、この子に自分の詳細を伝えても仕方ない。


この子は偶然にも私が見えるだけでなく、会話もできるようだ。



「なんで?」



「なんでって、おじさんはなぁ、帰れないんだ。帰るところがないんだよ」



「何で?」


「なんでって、おじさんが家に帰ったらみんなびっくりするだろ?いや、無視されるかもしれないな」


「ふーん」


少年は興味がなくなったように去って行ってしまった。



自分で言って実感が増した。


私は帰るところもなく、行くところもない。


後悔をいくらし続けても足りない。


ここに半永久にいるのだ。


どうしようもない。


はは。本当にどうしようもない。



どうせ、どこにも行けなければ、何もすることもできない。


ただ、ここで自分が事故を起こし、一人の少年を殺してしまった、それだけがこの場所に横たわっている。


本当、どうしようもないな…。



自分で自分の行為をあざけるしかなかった。



あざけた後は、何か諦めのような気持ちが芽生えて、はあ、とため息まで出てきた。



あの少年はこの夏、ここを行ったり来たりしている。


泣きべそをかいているときもあった。


そんな少年に私は声をかけてやることもできない。


戻ってきてから唯一、声をかけてくれたのにな…。








それから数日後、和服を着た若い女性が現れた。


その表情は友好的とは言い難く、怒りが満ちていた。


「あなたに言いたいことがある。あなたは私の大好きな女の子の人生を狂わせた。あなたがまだ若い少年、少女の未来を奪った!全部あなたのせいだ!」


返す言葉もなかった。なぜなら、その通りだからだ。


「その通りです。全部私が悪い」



女性は私の返事を聞くと前進をこわばらせ、歯を食いしばったかのように見えた。


「本当に分かっているのか。いや、分かってない。わかっていたらもうここにはいないはずだ」


「…」


「早く、消えてなくなれ」


和服の女性は途中から涙ながらにそう言うと去っていった。









私は通りがかったあの少年に知らず知らずのうちに話しかけていた。



「俺が悪かったんだ」



少年は戸惑ったような顔をした。


「さっき、和服の姉ちゃんが来てよ。全部あなたのせいだと言われちまって。考えれば考えるほど、全くその通りで、何も言えなかった。ああ俺がここで事故さえ起こさなければな…」


少年は、訳が分からないという顔をして、行ってしまったが、それも無理のないことだ。






この一件の後、私は少し冷静に自分の人生を振り返ってみた。


子どものころは何も考えずに友達と遊んだこと、テスト勉強を嫌々やったこと、時々さぼったこと、ぎりぎりで大学に入ったこと、初めての彼女ができたこと、喧嘩別れしたこと。


就職して上司に怒られ泣いて帰った日もあったこと。


職場で出会った嫁さんのこと。


初めて子供ができて喜びの絶頂だったこと。


ときどき、嫁さんと喧嘩もしたけど、やっぱり幸せだったこと。


息子と嫁さんには、路頭に迷わせてしまってすまない気持ちだ。


なんだかんだ言って自分は小心者で、小さいずるはたくさんしてきたことなど。


落ちついて振り返れば、それなりに人生色々あった。


そのうえでやはり、自分は大変なことを、人を轢いてしまったことを改めて後悔した。


轢いてしまった少年も、きっと将来の夢とかあったろうにな…。


そのご両親にも、いるか分からないがご兄弟にも、大変な思いをさせてしまったな…。


成長した姿を楽しみにしていただろうに…。


暗い気持ちが私の全身にのしかかってきた。


その気持ちに飲み込まれないよう、私は自分を保ちながら後悔にふけった。





翌日だったか、数日後だったか、はじめに宿に案内してくれた狂気を持った男が現れた。


「旦那、閻魔様の仰せで迎えに参りました」男は晴れやかに言った。


「また会えて嬉しいですよ」男は続けて言ったが、私はその男に何の感情も沸かなかった。







閻魔様の部屋へ案内された。


一時は閻魔様の采配に恨みのような気にもなったが、今、私の心はとても静かだった。


とても穏やかなさざ波を眺めながら心地よい風に吹かれている、そんな気分だった。


閻魔様は言った。


「分かったか?」


「分かりました」

私は穏やかな気持ちで言った。


「そうか。じゃあ今日でお仕舞だ。やはり、天国にも地獄にもふさわしくない。ここで終わろう」


「分かりました」


閻魔様がそういうと、部下の男に別室へ案内された。


部下が部屋の扉を閉めると、簡素なベッドのような台の上に横たわるように言われ、その通りにした。


「目を閉じてください。これでお仕舞です。お疲れ様でした」


もう終わりらしい。何が起こるか分からないものだな。


暗いとも明るいとも分からない感覚を最後に私の意識は消えていった。

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踏切のおじさん makura @low_resilience

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