初めてのお出かけは……

 BBQのイベントから2週間ほどが経ち、学校は夏休みに入った。誠也は部室の一斉片付けを行っている最中である。


「明日からもう合宿か。なんか1年早く感じるな」


「それ毎年言っていますね。気持ちは分かりますけれども」


 話しかけてきたのは大本さんだ。今言った通りに、今日は5泊6日もある陸上部の合宿の前日だ。前日には合宿に持っていく荷物を部室や倉庫から出す次いでに、片付けをするというのがこの部の慣習である。


(やっぱり埃っぽいな。 マスク持って来て良かったな)


「高見さん。これって明日持っていきますか?」


 後輩の1人が誠也にそう聞いてきた。


「あぁ、それは持っていくから、車の前に置いといて」


 「分かりました」とその後輩は返事をして、言われた通りに荷物を置きに行く。誠也は部活の活動時だけは、大本さん以外とは必要以上に話すことはない。しかし高校2年生の誠也は、中高合わせて6学年一緒に活動しているため、上から2番目の学年となり、部員や顧問にはそれなりに信頼されている。


 そんな部員を見ると、全員が大変そうに、しかし楽しそうに掃除をしている。その声に呼応するようにグラウンドで練習するサッカー部や野球部の練習する音が聞こえてくる。夏休みに入ったからか、練習で疲れているであろうとも、とても賑やかに感じる。


 その日の部活動は、翌日から合宿があるということで、準備や片付けだけで終えるのであった。




 5月。僕は地区の予選会に出場した。予選会は夏のインターハイにもつながる大会だ。記録会とは違い、競技ごとに各校2名までしか出場することはできない。そのうちの1名は去年も全国出場を果たした大本さん。そしてその余った枠で僕は出場することになった。


 アップまでは何も緊張することなく終わらせることができた。そして、招集所にてゼッケンの確認と走るレーンの番号のゼッケンを貰い、ユニフォームの腰の部分に安全ピンでそれをとめる。


 それから、実際に走るまでの30分。異様に緊張していたように思える。いつも思うことだが、アップからレース本番までの1時間半というのはとてつもなく長く感じる。実際はたったの十数秒しか走らないというのに。いよいよ最後の招集がかかりレーンに入り、スターディングブロックを自分の好みに合わせる。それから、1本だけ流すように数十メートルだけ走る。いつもだったら、絶対に疲れることのないスピードと距離だったというのに、緊張で心臓の鼓動が速くなっているからか、軽い息切れを起してしまう。大本さんは数組前のレースで余裕の1位を取り、この予選会の準決勝に出場することになった。きっと、そのまま決勝まで駒を進め、それもまた1位で南関東大会まで行くのだろう。


 そんなことを考えているうちに選手全員の準備が整ったようで、審判から「on your marks」という声がかかる。それを聞き選手全員が前方に歩き出し、スターディングブロックに足をつけて集中を高める。それは僕も同じでこの時間が異様に長く感じるのはいつものことだ。


「set」


選手が腰を上げ、走り始める準備をする


パンッ


 乾いた音が鳴り響く


 選手は間髪入れずに足を蹴って、スターディングブロックから足を離す。


(最初は前傾で、少しでも加速する!)


 すこし前のめり過ぎたのかもしれない。いつもより地面が近くに感じる。30メートル程が経っただろう。僕は顔をあげてゴールラインより遠くを見つめるような感覚で走る。


 前には他の7名の選手はだれ1人も見えない。もしかしたら、準決勝までは行けるかもしれない。そう思っていた。


 だけど実際は違った。僕を含め4名の選手が横並びになって走っていた。それなら、ここからでもペースを速めて、リードをとろう。そう思って足と手を必死に回転させる。だけど、それは他の選手も同じようだった。


 気づいたら、僕はリードを許していた。


 このままでは! そう思った僕は、我武者羅に足を回転させて逆転を狙う。


 だけど、それを嘲笑うかのように、前の選手はもっと前へ行ってしまう。


 そんな風にしていたら、いつの間にか100メートルは終わっていた。


 結果は4位。レースを終えると大本さんと付き添いをしてくれていたマネージャーが「お疲れ」と声をかけてきた。


 あぁ、やっぱり。僕は「おめでとう」の一言ももらえないのか。その理由は分かっている。負けたから。負けた理由も分かっている。遅いから。センスがないから。才能もないから。


 でも、それはいつものことだ。


 そして、僕はそのいつものことを、そうでは無くしようという勇気もない。いつも自分が決めた殻にこもって、必要以上に努力をしようともしない。それは少し興味のあった女性であり、好きな女の子から「遊びに行こう」と誘われても断って、前に進もうとはしない。




『夜遅くにすみません』


 相葉さんはそう送ってきた。時刻は夜の9時半頃。先程合宿の2日目のミーティングが終わったばかりで就寝の準備をしている。


『どうかした?』


 取り敢えず誠也は相葉さんにそう返信をした。


『次の日曜日、暇ですか? 一緒にお出かけしてみたいと思うのですが』


(相葉さんはすごいな。僕とは違って、自分から進めようとしている)


 次の日曜日は明後日だ。その日はまだ合宿を行っているから、相葉さんの誘いには乗ることができない。


『ごめん。その日は合宿で遊べない』


『そうでしたか。いきなり言ってしまいすみませんでした。またいつか遊びましょうね』


 もしかしたら、このトークルームは二度と更新されないのかもしれない。折角の相葉さんの誘いを断るのは誠也からしても心が痛かった。


(まぁ、合宿中だし仕方ないか)


 誠也は自分にそう言い聞かせる。決して逃げたわけではない。そうすることしかできなかったから。


(まったく。僕は弱いんだな……)




(また、誘えるのかな……)


 誠也が遊びに行けないことを何とかして返信したとき。夏海も同じように考え事をしていた。今日、初めて勇気をだして、男の子を遊びに誘ってみた。しかし、運命のいたずらか、そもそも誠也は遊びに行ける状態ではなかった。


 その事実に意気消沈していた夏海。だけど次の一言に夏海は救われた。


『合宿が終わったら、一緒に遊びに行こう』


 ―― 誠也が勇気を絞り出した一言に

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クラス一の陰キャラ女子の相葉場さんと付き合ってみた 涼野 りょう @Ryo_Suzuno

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