イルカのキーホルダー

 誠也はあれから図書館での事件から昼を挟み、さらに5時間ほど勉強していた。


 休日にこれほど勉強していたのは中学受験の時以来かもしれない。誠也の通う高校は中高一貫なので受験する必要もなかった。もちろん中には受験をして、高校は他校に行く人もいた。


(まぁ、そんな面倒くさいことを僕がするわけがないんだけど……)


 というわけで、誠也が最後に休日を丸一日勉強したのは、中学受験をした小学6年以来になる。中学校に入学してからは最初のほうは、勉強を熱心にしようとしていた。だけれども、誠也の性格では簡単にあきらめがついてしまううえ、分からないことを分かるようにしようとする向上心もない。


 そんな性格から最初は受験の時の貯金で好成績をとっていたのにも関わらず、中学3年になるころには、かなり低い値をとるようになっていた。


 誠也はそんなふうに、昔の事を何となく思い出していたら、乗っていた電車が目的の駅に到着していた。モノレールは朝とは違い多くの人の汗のにおいを吸い込み、不快な匂いが充満している。ちなみにコミケの時になると匂いが数倍はひどくなり、態度の悪い一部乗客の行動でイラつくこともある。


 電車から降りて駅の階段を下りる。モノレールであるために地下鉄とは違い、降りた後に階段を下らなければいけない。そのことは誠也を新鮮な気持ちにさせることもあった


 いまは午後17時だ。良い子の小学生はそろそろ家に帰る時間だ。そんな時間でも夏になったせいか太陽の沈む気配はない。沈みそうなのは夏の暑さがにがてな誠也の気持ちのほうまである。


 何となくイヤホンをつける気分ではなかったので外の音を聞いて歩いていた。普段はイヤホンをつけて登下校をすることが多かったからこの辺りの音になんか気にしていなかったのでなんだか新鮮な気持ちだ。


 都心まで約30分。近くにはショッピングモールもあり、お台場という観光スポットもすぐそばにある。年に2回はコミケが行われ大きな賑わいを見せる。そんな場所だというのに車どおりは少なく、今も配達のトラックが1台通ったくらいだ。人の気配も一切しない。


 そのおかげで鳥の鳴き声さえ聞こえてきそうだ。これがノスタルジックというのかもしれない。


「あれぇ~? どこに落としたんでしょう?」


 だからこんな声は決して聞こえてこない。昼にあった女性が地面を張っているように移動しているのは絶対に見間違いだ。そんなことを信じたら負けだ。


「本当にどこに落としたんでしょうか……」


 女性は何かを落としたようだ。茂みのなかや排水溝の中。いたるところを女性は探している。


 そうしていると最終的に女性は怪訝な顔をしている僕と目が合うわけで……


「ヒャッア!? な、なんでしょうか!?」


(いきなり恐れられたのだが…… 僕って怖い顔でもしているのかな……)


「あ、あれ? 高見く。じゃなくてさっき図書館であった人ですよね?」


「は、はい。そうですよ。なにか探しているそうですけど、どうしたんですか?」


「え、えっと。家の鍵を落としてしまいまして……」


 誠也が話を聞いてみたら、誠也と図書館で別れで本を借りた後、近くのショッピングモールで買い物をしていたらしい。それから家に帰ろうとしたときに、鍵がないことに気付いて探しているらしい。電車の中では鍵は持っていたのを確認したらしいので、降りてから家までの道で落としたらしい。


 そして、その鍵にはストラップが付いているらしい。


 乗りかかった船だし探すのを手伝うことにした。決してやましい理由があるわけではない。と思う。


「え、えっと。せっかくですし鍵を探すのを手伝いますよ」


「本当ですか!? ありがとうございます!?」


 まだ5時とはいえこれから暗くなっていく。そうなれば鍵を探すのは難しくなるだろう。それなら早めに見つけたほうがいいに決まっている。


 それから誠也たちは駅からここまでの道のいたるところを探した。茂みの中、排水溝の中、自販機の下。はたまた、散歩中の犬の毛の中まで。

(え、ちょっとまって。お姉さんはどうしてそんなところまで探しているの!?)


 1時間ほど探したところで鍵は見つかった。場所は駅の改札を抜けてすぐ。ICカードを取り出すのと一緒に落としてしまったのだろう。


 鍵にはその女性が言っていた通りにストラップが付いていた。それは青い色でラメが入っているようで少しだけ輝いているようにも見える。


「えっと。ありがとうございます!」


誠也が見つけ出したストラップ付の鍵を渡すと女性はそうお礼を言ってきた。


(鍵が見つかったようで何よりかな……)。


「いえ、全然気にしないでください」


「いえいえ! 1日に2回も助けていただくなんて本当にありがとうございます!」




(今日はいろいろとあったな…… 図書館に勉強をしに行っただけであの女性を2度も助けることになるなんて……)


(そういえばあの女性をどこかで見たことがあるような…… だけど僕は今までで、あれほど綺麗な人と話したことはないし、気のせいか……)


 そんなことを考えながら自宅のベッドに寝ころんでいると、女性と会う前に太一を話していたことを思い出した。


「早めにRAIN送っておくか……」


(確か、古典の問題集の答えを見せてくれるように頼まれていたんだっけ……)


 古典の問題集は確かこの棚に…… あ、あった。答えと言っても何ページなのかが分からない。今回の範囲を一応は把握しているけど太一に直接聞いてみるのが手っ取り早いか。


『太一。今家に帰ってきたんだけど問題集の答え送ればいいよね?』


 そんな旨を聞いてみたが、40分待っても返信がこない。さすがにずっと返信を待っているわけではなくて、適当に時間を潰していたけど。


 ゲームをしたりして時間を潰していたら太一から返信がきた。


『ごめん誠也。見るの遅れた』


『返信遅いな(笑) それで問題集の何ページを送ればいいの?』


『それなら18~21Pだけ頼む。 それ以外は学校行ったらあるはずだし』 


(はぁ。そういえば明日から1週間また学校か……)


 それに明日からはテスト前の最後の1週間ということで雰囲気もピリピリしていて、いつも通りにはいかない。そんなことを考えていたらなおさら気が滅入る。


 よし。写真は撮ったから、あとは送信するだけか。


『いま送ったから』


『お、サンキュー じゃあまた明日な』


『また明日』


(さてと、課題とかも昼のうちに終わらせたし何をしようかな…… まだ寝るのには早いからゲームでもして時間を潰しておくかな……)


 結局誠也は、そのまま寝落ちして次の日を迎えることになった。

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