女の子の部屋
澄香はいわゆる鉄道マニアであるらしく、たくさんの電車の写真を見ただけでそれが何線であるのか言い当てることができた。
と、僕が確認したのはそれくらいまでで、線路や車体の音を聴いただけで路線やら車式を言い当てられるとか、何線のみならず各線の駅を全て円周率のように暗記しているとか、そういう確かめるのも骨が折れそうな話があって、従って僕は確かめなかった。
澄香以外の女子は、いつの間にやらどこからか「女の子」を拾ってきて、綺麗になり、花のようになっていったが、澄香だけはそうはならなかった。『ぼくのかんがえたさいきょうのおんなのこのへや』はピンク色やレースなどに満ちていたが、澄香の部屋はそうではなく、おそらくは自分で撮ってきた、美しい(のであろう)鉄道写真で埋め尽くされていた。
……僕はいつの間にか、なぜか「女の子の部屋に入ることを許されている男子」になっていた。
なぜか、といっても、僕自身はそれを望んでいて、ただ澄香のほうは、僕を男子として、意識もしていないからこそそうなったのだろうな、というのは伝わっていた。
意識しているのは僕だけだった。
相変わらず共通の話題などもないのに、僕は澄香をどんどん好きになってきて、女の子らしくないところで興味を抱いたのに、女の子としてどんどんと惹かれていくという、矛盾したことになっていた。
そして僕自身は、とても凡庸というか、学業成績と折り合いをつけつつ、割と現実路線の夢を抱くようになり、つまりは良いところに就職してそれなりの稼ぎを得て、武蔵小杉のタワーマンションのてっぺんに住む――などという夢を抱くようになっていた。
武蔵小杉をやたら意識していた。
それだけなれそめが強烈なのだった。僕はそれにずっと囚われて、現実路線の大人になったつもりが、子供じみた夢を見ていた。
だから、勘違いをしてしまったのだ。
なれそめでは澄香は僕を殴ったが、逆に僕が澄香に、殴るよりひどいことをした。
ひととおりひどいことをしたあとに、突き飛ばされ、そして我に返り、澄香の涙を見た。
それっきり、澄香とは電話も通じなくなった。
後ろめたく、家に押しかけることもできぬまま、澄香との縁は切れた。
そこで僕の青春は終わった。
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