12. 武技競戦 予選1日目 『欒かの森』の闘諍(とうじょう)

 磊塊らいかいでも引き連れてきそうな重い轟音が森を突き抜け学校にも波紋は届く。

 そして学校の石畳を剥がさんばかりの振動となって、学校に混乱を運ぶ。


――なんだ!?なんだ!!?

――地震か!?

――いや、森の方だ!何かが爆発した!!

――に、逃げたほうがいいのか???

――どこにだよ!!



 生徒たちはまさにの事態に前後が判らなくなっていた。その混乱は振動が収まっても伝染し続ける。競技も一時中断し、中にはパニック状態に陥るものもいた。幾つかの奇声も飛び交った。

 魔法公学校は優秀な魔法師(の卵)が多いが、その半数以上はがない。特に戦闘中にパニック状態に陥ることは最も避けねばならない事項の一つである。確かにカリキュラムには実戦訓練はあるが、勿論対人戦ではなく、戦闘があるとしても害獣駆除や低級の魔獣討伐程度で、彼らの実力では命を脅かされるようなものではない。そもそも30年聖戦後、世界中の殆どの国が休戦協定や、平和協定を次々と締結したため、戦争そのものがない。中には爆音そのものを聞いたことが初めての者もいた。

 そのため成績上、いくら優秀な魔法師と言っても、初めて感覚する「危険」には耐性がないのだ。



「ピーンポーンパーンポーン」


 動揺している空気の中に無機質な音が振動した。生徒たちも一度静まり、放送に耳を傾けた。


「‥学生会です。学生会は先程の爆発に対し、学校の安全を確認しました。更に学校はこれに対応し防護結界魔法を強化しましたので競技を再開してください。また、現在、先程の爆発の原因について『まどかの森』にて調査を行っています。繰り返します………」



 原因は不詳であったが、生徒たちはそれを聞いて落ち着きを取り戻す。「学生会」が対処すれば安心。「学生会」が守ってくれる。そのような共通意識、信頼が魔法公学校の生徒全体の中にあるのだ。




◇屋外訓練場



 混乱が収拾して少しした後。


「あ、伊那ぁ!レイはどうだったよ!」

「あら、もう復活したの?潤女なら勝ったわよ」

「ま、あいつは負けないか。って、なんか元気ないな、お前。レイもなかったけど」


 槭樹カエデは腕を組み、何か腑に落ちていないような顔をしていた。

 一方、満身創痍のはずのカインは腕に包帯はしているものの、ピンピンしている。


「なんか、さっきの試合、潤女らしくないっていうか、少し違和感があったのよね」

「ふーん。ま、あいつなら大丈夫だろ」


 カインは手を頭の後ろに組もうとしたが、左腕の包帯が邪魔になり、仕方なく手を戻す。


「邪魔そうね、それ」

「名誉の傷だい!」

「名誉?名誉ってあんた…あはははは」

 

 槭樹は思わず吹き出した。そして訓練場のレイの方を見遣った。

 レイは既に訓練場にいながら待機していた。

 瞑想をしているのだろうか、目を瞑っていてピクリとも動かない。騒がしい校内とは対象的に岩のように黙っている。

 

「相手おせぇな。このままだとレイの不戦勝だろ?」

「ええ。もう予定試合開始時刻から10分経ってるから、潤女が申告すれば不戦勝になるわね。どっちにしろ25分経てば不戦勝だけど」


 校内戦は相手が10分以上遅刻をした時、審判に申告すれば不戦勝が認められる。さらに、25分以上の遅刻で自動的に不戦勝となる。

 

 そしてレイは更に15分待機した……。


「なんだ、来ねぇじゃん。わざわざ無理言って医務室抜けてきたのに…」

「多分、さっきの潤女の試合を見ちゃったんでしょうね」

「そんなにやばかったのか?」

「ええ。ただ強いってだけじゃなくて、不気味っていうか、なんていうか…」

「ふーん…俺もレイの剣術見たこと無いからなんとも言えないけど、不気味からは一番かけ離れた存在だけどな、あいつ」

「そうかしら。私はあいつと関わり始めた今でも少し不気味、というか解せないというか、、、そういう気持ちはあるわよ」

「例えば?」

「えっと、例えば、第3クラスでしかも準備校とかにも通わずに学術首席を取っちゃうところとか?」

「…‥んー?そうか?あれはあいつの頭脳が天下一品だったってだけだろ。あいつ元々森人ヴァルダ―だったから、自分が普通だったって思ってたらしいし」

「え?あいつ森人だったの?というか、まだ人間の森人なんていたのね」


 噂をすれば影。レイが退場して、二人の下へ来た。


「あれ?二人とも来てくれてたの…‥って!カイン!大丈夫なのかい?もう起き上がっちゃって」

「ん?ああ。左腕は折れちまってたけど、他は大したことなくて魔法ですぐに治してもらったさ。だから『偏流脚』の痺れとかもすっかりなくなったよ」

「それはよかったや。じゃあ僕は着替えてくるね」

「おう!」


 レイとカインはお互いに手を振った。


「…………なんかあいつ元気取り戻してたな」

「そうね」


(―でも、次…なのよね……)


 とうとう次の試合がレイのなのである。



               ◇     ◇     ◇




「ふははははははは!素晴らしい!!素晴らしいぞ!!!まさか魔道具たった一つで零月家の人間一人を釣れるとは!」


 真っ黒な仮面を付けた男がその仮面を手で抑えながら哄笑する。


「お前ごときのが零月の苗字を口にしてんじゃねぇ……嫌なもん見せやがってぇ…」

「………………ッ!!!?」


 仮面男の前に沢山の鴉が集き、まさに烏合は黒のほむらを上げる。その黒炎の中から零月ぜんが現れる。


「あ?ああ。爆弾魔はもう発見した。え?『欒かの森』だぁ。ああ。そうだ」


 苒は左耳に付けていた音信通話魔法器ヴェーランで誰かと通話しているようであった。通話を終えると黒い羽織の裏にしまう。そして右手に"魔法槍"発現させる。名の通り、魔法で具現化した槍である。


「あ、これはこれは!零月苒殿とお見受けします。わたくしは……!」


 仮面男は通話が終わるのを待ってから自己紹介を始めた……が、舞っていた黒蝶が周囲の光を奪いながら仮面男の真横で破裂する。この魔法は光を吸収した時、小宇宙のようで綺麗ではあるが、その魔法効果筆舌に尽くし難いものである。

 それを仮面男は察知し、軽く横に跳んで避ける。


「…お前もどうせ聞いていただろぉ?俺はそんなに暇じゃねぇんだぁ。とっとと吐け」

 目的語を一つも挟まないほどである。

「まぁまぁ、そう急かずにゆっくりお話しでもしましょうよ。まず、私の…」


 また同じように黒蝶が破裂する。仮面男は再び躱す。


わたくしは東部アクリーっ…」


 また同じように…


「東部アっ……」


 また……


「貴様!少しはっ……人のっ……はっ!!」


 この応酬を数回繰り返した。自己紹介と判れば黒蝶が破裂し、仮面男が軽く避ける。魔法の効果範囲自体はかなり狭いので避けるのは簡単なのである。

 仮面男もとうとう感情を乱したが、ぜんは構わず黒蝶を破裂させる。

 しかし苒も苒で情報を聞き出さねばならないので殺すわけにはいかず、実はこれでも苒なりに我慢しているのだ。


「雑魚の自己紹介なんて聞きたかねぇんだわ。それに、ここでお前ぇの話をわざわざ聞く必要ねぇしなぁ。とっとと捕えてやるから大人しくしろぉ!」

「捕まえると言われて大人しくする人なんていませんよ?…ふふふ、喰らいなさい!!」

 

 仮面男の右手から紫色の禍々しいオーラを放つ魔弾が現れたかと思うと超スピードで放たれる。仮面男の初めての反撃である。

 魔弾は苒の顔の横を通過した。それは逸れたのか、それとも態と、その勢いのまま森の奥で爆散し、毒々しい煙が噴き上がる。

 苒は取るに足らないと、その魔弾に対し微塵の反応さえも見せなかった。

 それを仮面男はのだと勘違いをする。 


「どうです?私の魔法は?少しは私の話を聞いてもらう気にはなりましたかね…?」


 脅嚇を含めているのだろう、仮面男の口調、態度が若干変化する。苒はそれを嗤笑ししょうし、思わず手を顔に当てる。


「はははははははは。嗤わせるなぁ。今のへなちょこ魔法で俺の気を変えようだぁ…?調子に乗るのも大概にしろぉ‥」

「…そうですか。では、これではどうです?」


 今度は三方向に魔弾が放たれる。一つは上方に、残り二つは左右に放たれた。そのどれもが途中で旋回し、同時に苒を目掛けて激突した。轟音とともに紫煙を巻き上げ、周囲の木々は朽ちながら吹き飛んでいく。猛毒の霧が森に立ち込める。


 辺りの植物は霧によって次々と腐食されていく。爆発そのものより、そこから拡散する毒のほうが危険である。そのため仮面男は大きく距離を取ったのだが、苒が動いた気配はなかった。


「まさか、避けないとは……」


 仮面男は苒が距離を取ったところを狙おうとしたのだろう、両手に同様の魔弾を装填していたが、意味もないと解術しまう。離れたところの木の太い枝の上から何かを確認し、なにやら拍手をし始める。


「…ほぉ。。。それが噂に聞く『纏魔』ですか…。私の皮膚に触れただけでも焼け爛れ、そして死に至らしめる猛毒を全て完全に護りきる、いやぁ、本当に素晴らしい魔法ですね!」


 讃嘆というより、歓喜に近い様子であった。距離こそあれ、森は闃然げきぜんとしていて興奮の声は届いていると思われる。

 その声の向かう先の煙の中から、一つの黒影が薄っすら見え始める。その周りには黒蝶が複数舞っていた。影は蓮蕾れんらいのようで、そこに隙は一切無い。そして毒煙を掻き消すように渦を巻き、散っていった。この魔法は実際には『纏魔』ではないが、その術の壮麗さには不思議な恐怖の魅力があった。

 ‥その瞬間。クレーターの中心から鋭く細い、針状の黒い魔弾が数本放たれた。空間を引き裂き乍ら仮面男に向かう。到底視認できるものではなかったが、異常な魔力濃度を感知し、仮面男は間一髪、は免れた。

 しかし…


「‥ッ!‥な……に…………!?

 

 仮面男はその場に跪く、いや、跪かされた。の魔弾が杭となって掌、上腕、大腿部、を貫通していた。

 苒は拘束した、というより磔に近いが、仮面男に近づきながら、ヴェーランを自分の耳に取り付けた。


「ああ。俺だ。たった今爆弾魔を捕獲した。ああ。気絶させてある。とりあえず…ッ!!?」


 苒が仮面男に触れようとした瞬間、は炸裂した。火山の噴火を想起させるほどの轟音とともに辺りを無に変えていく。確実に苒を仕留められる距離、そして威力であった。

 


「ちっ。こいつもかよ」


 しかし全身を『纏魔』をした苒には効果はなかった。苒に向ったエネルギーの殆どは『纏魔』に吸収され、苒の後方には綺麗な地面のラインができていた。

 

「なんだぁ?これはぁ?」


 苒は仮面の一部であったと思われる破片を拾い上げた。あの爆発の中、この場に留まるのはあまりに不自然である。そもそも苒には解せない部分が残っていた。あの拘束状態では魔法を発動させることができないのだ。苒の杭が魔子の流れを制限しているからだ。更に杭によって仮死状態にされており、意識さえもなかったはずである。それなのに苒に感知させずに、しかも大規模魔法が発動した。もしも反応が、もしも魔法発動が0.1秒、いや、0.01秒でもずれていればいくら苒でも無事では済まなかったであろう。


 そしてここで考えうることは、外部からの魔法、魔法陣による魔法、呪術魔法の3つである。

 しかし外部からであると、あの規模の魔法が行使されれば、確実に感知できたはずである。魔法陣に関しても結局は発動時に魔子が流れるため、これも感知できたはずである。

 最後に呪術魔法。これは術者が近くにいなくても発動可能で、感知は難しい。比較的近代の魔法であり、術をかけた対象と、術を発動させるための呪具が一方向に対応しており、呪具に特定の刺激(変化)を与えると対象にかけられた魔法が発動する仕組みである。これはすべての物質がそれぞれ相対的に座標、状態が決定されているという魔法科学の一理論を応用した魔法である。

 簡単な例を上げると、ある場所にある水が氷になる時、別の場所氷は水になるという感じである。

 しかしこの魔法は確かに感知は難しいが、小規模な魔法でなければ的確に発動ができない。呪具と対象の間に伝達される情報量(魔法の規模)が大きくなると、消失する情報量も比例して増加してしまうからである。


 最初に苒から逃げ惑っていた男にはこの呪術魔法がかけられていたが、あれは魔法陣かそれに準ずる起爆剤となるものが仕掛けられていたため、苒にも感知ができた。


 そこで見つけたのが仮面の破片であった。硬度は高く、裏には陣記号らしきものが描かれていた。しかしこれを見つけた苒には一つの大きな懸念を抱いた。


「まさか…な‥」


 


◇魔法公学校学生会室



「え?捕まえたのね?で、拘束はしたの?……分かったわ。うん…」


 その直後、音信通話魔法器ヴェーランから異常な大きさの雑音が、部屋の外側からは地震のような揺れが伝わってきた。


「うっ、うるさあっ!!…ちょっ、ちょっ、またぁ??」


 本棚やら、照明やら、平生黙りこくっている物たちがガタガタ音を立てる。そしてその音は焦燥となって人に伝わっていく。


「もう…今日は何なのよぉ……」


 ちなみにこの学生会室で頑張っている少女の名はアリス=グラントワーズ。学生会の一員で2年生。綺麗な金色の髪を後ろで一本結びにしている。初日は見回りには参加せずに学生会室から指示を送ったり、校内に放送を流したりと、司令塔のような働きをしていた。


「学生会です。一度競技を中断し、安全確認が取れるまで警戒を怠らず、その場で待機していてください。繰り返します。学生会……」


 普段ならただの地震でした、とか言って誤魔化すところではあるのだが、今回は爆煙を見られてしまっているためありのままを放送した。

 アリスは放送を切って苒にヴェーランをかける。


「……ん??」


 しかし砂嵐のようなザーという雑音しか返ってこない。おそらく苒のヴェーランが爆音に耐えきれず壊れてしまったのであろう。


「なんで出ないのよぉ。まぁ、あいつのことだから無事だろうけど。‥というか、なんで隆伊たかよしも出ないのよ………!!あっ!まいちゃん?競技終わった?‥終わったの?良かったぁ!!あいつ、じゃなくて英ちゃんのお兄さんと通話ができなくなっちゃって。…え?うん、そう。さっきの地震から。‥多分ヴェーランが壊れちゃっただけなんだろうけどさ…。あーそうそう!うん!ごめんね〜。。ありがとう!!見つけたら連絡してね。お願い〜」


 アリスは他の見回りをしている学生会に安全確認をしてから、もう一度苒と隆伊に通話を試みる。しかし反応に変化はなかった。その数分後、英からヴェーランがかかってきた。

 英からは『まどかの森』の状況が伝えられた。


「ありがとね〜わざわざ。それじゃっ!………もぉ、他の、特に男子は英ちゃんを見習ってほしいわ。……こちらは学生会です……」


 競技続行の放送をアリスは入れた。



 しかし、本当に探した方が良かったのは苒ではなく、隆伊の方であったのだ……。


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