11. 武技競戦 予選1日目 剣術



 レイの声はそれほど大きくはなかった。しかし競技場は静まり返っていたため、「宣戦布告」はその場にいた全ての人間に聞こえていた。



―あれって確か第3クラスの学術首席だろ…?

―お、おい…あいつやばいんじゃないか?

―上位クラスに宣戦布告なんて…



 レイの言葉を受けてBクラスの生徒は前に出てくる。


「ほぉ。それは楽しみだ。ちょうどこいつがお前のの相手なんだよ」


 レイの予選最終戦の相手らしい生徒は、そのBクラスの生徒の隣にいた。

 不敵な笑みを浮かべ、完全にレイのことを下に見ている。


「まぁ、お前が勝ち上がることができれば…の話だがな。そこの転がってる奴は結局証明できなかったわけだがな……」


 カインを見る眼はまるでゴミを見るような眼であった。

「もう少し期待していたのだがな……」

 小声で独り言つ。



「宣戦布告は受け取った。午後が楽しみだな。‥お前ら、ずらかるぞ」


 Bクラスの生徒とその取り巻きはレイの宣戦布告を受け取って去っていった。

 尻餅をついていた生徒も立ち上がり、レイを一度睨んでから後を追っていく。


 レイはその背中が見えなくなるまで目を離さなかった。


「え、ちょ、君まで……仕方ないなぁ。試合は白の勝ちです!」

 

 審判はいざこざが終わるのを待っていたのだが、片方に帰られてしまい、不服の表情である。

 会場は会場で静寂がうるさかった。


 レイが振り向くとカインのもとには担架が運ばれていた。


「カイン……」


 レイは憐愍れんびんともとれない、悲哀ともとれない、力の籠もっていない眼をしている。


「え?……ていうか、あんたも大丈夫なの?上位クラスに喧嘩なんて売っちゃって」


 槭樹カエデはカインを担架に乗せるのを手伝っていた。

 レイは先程までの怒りを殺し、いつも通りに話し(偽装し)た。


「いいよ。友の敵を討つのは友の役目だからね」


 この言葉を放ってしまった時、レイは胸が熱く、痛くなった。

(―僕は……本当に…)


 初めての怒りの感情に戸惑うレイ。そしてレイは自分自身がとても迷いやすい性質たちであることにも気がついた。


潤女うるめ、もう片方持って」

「うん……」


 カインは腕で顔を隠してはいたが、涙を流していたのをレイも槭樹も気がついていた。




◇魔法公学校 医務室



「失礼しまーす」

「はーい!あっ潤女くん……って!ちょっとちょっとどうしたの、何があったの?」


 サクラは担架で人を運んでいる二人を見て、食い込み気味に訊いてくる。レイはとりあえずカインをベッドに運んだ。

 カインの枕元にローブの内側にしまっておいたおにぎりを一つ置く。 


「僕は午後から試合があるので、詳細は伊那さんに訊いてください」

「え?ああ、はい。頑張ってくださいねぇ〜〜」


 レイは槭樹を医務室に拘束し、振り向くことなく去った。

 がらがらがら…と扉を閉める。


 扉から話した手は、実体のない何かを強く掴んでいた。


「僕は、僕は勝たなくちゃならない」



 実はレイはこの校内戦では手を抜いて予選で負けることを考えていた。それはこの時まで棄てきれなかった。

 勝ち進んでしまうと、さらにクラスの人とより距離が開いてしまうと考えていたからだ。


 海部内あまないの言葉も、自分がカインに言った言葉も、いま、この時まで言語化されない距離と平衡を保ち続けていた。

 しかしカインへの仕打ち、カインの流した涙を見て勝つことを決意した。

 そしてその勝利は良かった。

 




      ◇   ◇   ◇   ◇



 魔法公学校某所。


「おい、少々動き過ぎではないか?」

「勝手に動いていいと言われたしな。それに魔法の痕跡は完璧に消している」

「ああ、そこはお前の技量を買っている。だが、既に学生会が動き始めた」

「ほぉ、それは予想以上に早いな。今日はトップはいないのだろう?」

「ああ。だがあの人は勘がいいからな。とりあえず、これからは慎重に動け」

「ふっ…分かっているよ」


 そう言って片方は闇に消える。


「さて、僕も見回らないとな」



 

      ◇   ◇   ◇   ◇





◇屋外訓練場



 レイは先程受け取った訓練服を着て訓練場に戻ってきた。俯きながら歩いていて、まだ感情を完全に制御しきれていないようだった。


 剣術は武器を用いるので競技服セルソンだけでなく、その上からより丈夫な訓練服を着用することになっている。また訓練刀は諸刃、片刃のものがあるが、そのどちらにも機能する刃はついていない。


「おお!潤女じゃねぇか!」


 見に来ていた生徒のうちの一人がレイに話しかける。


「んん?ああ。隆遠たかみちか」

「俺はお前の次だからな。やることもねぇし、見に来てやったよ」

「そうか…」

 

 隆遠はレイに近寄り、耳元でそっと話す。


「な、なあ、お前、最後に当たる上位クラスの生徒に喧嘩売ったんだって?」

(―噂ってこんなに広まりやすいのか……まあ経験済みだけど…)

 レイは再び「社会」を実感した。



「出場選手はこちらに来てくださ―い!」


「悪い、行ってくるわ」


「えっ。。。ああ!おい!………てか、あいつ今呼び捨てだったか?」


 答える時間はあったが、答えたくなかった。それをいま脳内に戻せば、自分がもう一度怒りの渦に呑み込まれることも、そして面倒な自分にも向き合わなければならないからだ。

 それは試合の前にすることではない、とレイは放棄した。


 レイは審判の生徒から訓練刀を受け取る。




「うはぁ。間に合ったぁ」


 槭樹カエデはサクラとの事情聴取を終え、レイの試合に駆けつけてきた。


「伊那ちゃーん!こっちこっち〜!!」


 槭樹は四組の他の生徒に呼ばれる。


「ねぇ、槭樹。潤女くんって上位クラスの人に喧嘩売ったって本当?」

「え?もう広まってるの?まあ、そうだけど」

「有名よ。友達の敵を討つため、無謀な宣戦布告をしたって。なんかいいよねぇ。男の子って感じ!」


(―あいつ一応そこそこ人気は高いのよね。近寄り難いだけで)


 レイの宣戦布告騒動は全校に広まりかけていた。




「おい、隆伊たかよし。どっちが潤女だぁ?」


 黒い羽織を羽織った男が隆伊に話しかけた。今朝、カインに対戦表を渡した男である。


「緑ですね。小柄な方です。というかなんで僕まで連れてこられたんですか?」


 緑というのはレイの身につけているヘルメットのことである。

 訓練服には濃い緑色と黒色のものがあるのだ。


「ああ?あのちっこいのかぁ?‥ん?ありゃあ、朝のやつじゃねぇか。はぁ…あんなちっこいやつの試合を見ねぇとならねぇのかぁ?」

「でも会長が気にかけるってことは、何かあるのではないのですか?」

「ふーん……」


 そこで男はふと考える素振りを見せる。


「なぁ、お前が見といてくれねぇ?」

「零月先輩が頼まれたんでしょうが!僕も見回りをしなければならないので、こんなとこにいるわけにはいかないのですが!」

「おい、もうまいがいるんだから零月先輩はやめろ。ぜんさまと呼べ」

「解りました。苒先輩。あ、始まりますよ」


 隆伊と話していたのは同じ学生会の零月れいづきぜんであった。英の兄で3年生である。

 英と同じで黒髪で、黒い羽織を羽織っている。

 苒は目つきが鋭く、口調も荒々しいため一般生徒からは避けられがちである。




「構え!!」


 レイは刀を抜き、切っ先を下に向けて立つ。が、相手生徒のことは一切見ていなかった。

 相手の生徒も剣を両手で握って体の前に構える。


「おいおい、あいつやる気あんのかぁ?片刃だし、ぶらさげてるようだな、あれじゃまるで」

「いや、でも先輩?抜刀はなかなか綺麗でしたよ」



「始め!!」


 しかし両者とも一歩も動かない。


 レイが動かないのには理由があった。

 相手の生徒が動かないのは、おそらく相対する生徒が学術首席だから警戒して動かないのだろう。

 

「なんだなんだぁ?とっととケリつけろや。上級者ぶってるのかぁ?」

「苒先輩。うるさいです。静かに見てください。一応学生会の副会長なのですから。それ相応の……」

「ああ!わかったわかった!」


 試合は相手から動いてきた。

 走って近づき距離を詰め、剣を振りかざす。一切、目を合わしてこないレイに斬りかかる……


 

 パキンッ!!



 金属音とともに諸刃の訓練刀が空に舞う。

 その時、レイは相手の首元に刀を沿うように当てていた。しかしレイは未だに相手に目を合わせていなかった。俯いたままである。

 相手も思わず両手を上げてしまう。そして腰を抜かし、尻餅をつく。


「な、なんだよそれぇ〜」

 相手の生徒の顔には冷や汗と恐怖の感情が伝っていた。

 

 レイは襲いかかってくる相手の剣のつばの部分を正確に斬り上げ、剣を弾き飛ばし、そのまま首元に刃を当てたのだ。

 その一環は流れるように、そして素早く、何より刀が勝手に動いているように見えた。


 それが理由か、レイの剣捌きを目で追えたものも、追えなかったものも、同じような不気味さと寒さを覚えた。



「そ、そこまで!」


―な、なにが起きたんだ??

―相手が剣落としたんじゃないか…?




「おいおい。相手が雑魚すぎて全然あいつの実力がよく分からなかったじゃねぇか」

「苒先輩。周りの生徒もいるので発言…」

「んなぁああ!わかってるって!それよりどう思ったよ、お前は」


 苒は今になって初めて隆伊を見た。


「ええ。確かに会長が気にかけた意味は解りましたね。今の一撃だけから判断、推測すればおそらく彼、本予選に出られますね。あの斬撃の正確さは一級品ですよ…ただ試合内容としては不審なことはありますが…」


 ちなみにこの評価には選抜試験の時のもいくらかは入っている、というより選抜試験の時の方が今回の評価に占めるところは大きい。


(―しかし…この間のあの子とは思えない試合だったな…)


 

「それは過大評価がすぎないかぁ?...まぁ、たしかになぁ。あいつ憎らしいことに右腕しか動かしてねぇし、視線も一切動かしてねぇしなぁ。完全に挑発行為だなぁ」

「彼、聞くところによると、上位クラスに宣戦布告したらしいですから」


 苒は目を丸くし、不敵にニヤリと笑む。

「へぇ。それはおもしれぇやつだな」


 苒のレイへの好感度はどういうわけかここで急上昇した。



 レイは刀を鞘に収める。目の焦点が合っていないのか、眼光が揺れていた。


「両者、礼!!」



 退場したレイのところに槭樹が駆けつけてくる。


「潤女!あんた大丈夫?あんたらしくなかったよ?」

「ああ。なんか心が落ち着かなくてね」 


 レイは相手の生徒より冷や汗をかいていた。


「やっぱ七里のこと?」

「はははは。着替えてくるよ」

「え?あ、うん…」


 レイは槭樹にも目を合わせずに少し速歩きで去っていく。


(―まずい…「刃筋」が見えない……)


 「刃筋」というのは自分が斬るべく太刀筋である。

 レイの剣技は視界に自然と浮かぶ光の線、刃筋をなぞることでその正確性、鋭さを発揮している――レイの天賦の才の一つである。

 しかし逆に刃筋をなぞらない剣技は今のレイにはできない。


 今の試合も脅すような、挑発するようなことをしたかったわけではなかった。

 レイにはあれしかのである。



「おい!潤女!聞いているのか!?おい!」


 隆遠はレイの後を追い、話しかけている。

 レイの肩も叩き始めるが一切の反応が帰ってこない。

 そしてそのまま歩き去ってしまう。


「な、なんなんだよ、あいつ…」


 

    ◇  ◇  ◇  ◇



 レイは更衣室の壁に正面からもたれる。


「僕は何をしているんだ!あれじゃ、あいつらとやっていることは同じじゃないか!」


 「くっそ!」と殴る拳は壁の手前ぎりぎりで止まる。


「仕方のない過ぎたことだ。次の試合から気をつければいい。今は忘れるんだ。迷っている暇はない。悩んでいる暇はない。僕は勝たなければならない。勝てばいいんだ。勝つためには勝たねばならない。正しくなくてもいい。手段を講じる意味はない。目的を達成すればいい。それだけだ、レイ。お前は勝ちさえすればいいんだ」


 レイは自分自身をそう鼓舞する。ただ言動からも分かるように、思考は荒れていた。

 最初の思考から外れていることは自分自身で解っていたが、レイはそれを無視し続けた。


 その頭脳故なのか、切り替えが異常に速いのもレイの特徴である。

 怒りの感情も、もうそれ自体は残ってはいなく、それに対する戸惑いがあるだけ。


 レイは訓練服を脱ぎ、頬を2回叩く。

(―切り替えなきゃ)



    ◇  ◇  ◇  ◇



「隆伊、次のあいつの試合は?」

「ええと、またここでFクラスの生徒とですね。14時15分からです。S1クラスの予選と被ってますね」

「ならそれまでここで時間潰してるかぁ」

「え?見に行かないんですか?」

「ん?何を?……ああ?英の試合?行くわけねぇだろ。結果はもう判ってる」

「苒先輩、本当に英さんのこと好きですよね」

「……あ?ちげぇよ。そんなんじゃねぇよ。俺はあいつの能力、戦力を高く評価しているだけだ」


 話し方こそ変わりはないが、隆伊はそれを照れ隠しだと思った。


「はぁ…では僕はこれで」

「ああ?お前も一緒にいるだろう?」

「だから僕は自分の持ち場があるんです!」

「そう固ぇこと言うなよ」


 隆伊は埒が明かないことに気が付き、苒が肩を回そうとする前に、風魔法で飛び去る、飛び去ろうとした。

 しかし・・・・



「うぐっ……!!!?」


 隆伊は空中で襟首を掴まれ、首が絞まりそうになる。


「空中から見るのも確かに一興だなぁ」

 

 苒は空中に浮いていた。


 ちなみにこの世界には飛行魔法というものは存在しない。 

 かつてから飛行魔法の研究は成されてきたが、どれも成功には至らなかった。

 風属性魔法を用いて浮遊することは可能であるが、自由に飛べる、空中で静止できる、理想の飛行魔法からはかけ離れている。

 未だ魔法式すら完成されていない魔法仮想魔法の一つである。


 しかし苒は空中に浮遊している。それは理想の飛行魔法に限りなく近い。


 だがそれを可能とする、苒の固有魔法の一つである、「黒蝶」の魔法効果は飛行ではない。超自然系統闇属性魔法に分類され、魔法効果は様々あるが、基本的には自身の周りに黒い蝶のようなものを漂わせる魔法で、例えばそれを爆破させたりして魔法効果を発揮する。


 そしてその黒い蝶は魔子マースにとても性質が近いため、擬似的に「纏魔」を比較的長時間行える。


 「纏魔」とは体内に循環していた自身の魔子を鎧のようにまとう最高級魔法の一つである。魔法師によって固有の効果を持つが、共通して自身の能力全般を何倍にも底上げする効果を持つ。

 とても強力であるが故、「纏魔」の状態を保持するには相当の胆力と魔力を必要とし、長時間は行えない。どんな魔法師でも長くて30分程度でそのどちらかが尽きてしまう。そもそも「纏魔」はある種の暴走状態であるからだ。

 また、相当の魔力量を要するため、世界でも「纏魔」を発動することができる魔法師は100人もいないとされる。

 しかし、発動したところで上手く制御できなかったり、一瞬で効果が切れたりすることが多く、実際に実戦で使える魔法師はそのうちの半分とされる。


 そして「纏魔」の状態では魔法師の身体は魔子そのものに近い状態で、宙に浮くことが可能となる。


 苒は「纏魔」を行使するにはそもそも魔力容量マストが足りていないが、「黒蝶」の性質上行えるのだ。

 現に空中に浮遊する時も、背中だけ「纏魔」して蝶の羽のようなものを生やしている。

 苒の飛行は「黒蝶」が纏魔を行えるが故の副産物のようなものなのである。



「苒先輩。それはずるいですよ」

「なにがだ?」

「一般人に固有魔法を使うなんて」

「固有魔法を使ってはいけない法律なんて、どこにもねぇだろう?そもそも俺はぁ、この魔法しか使えねぇんだよ」

「はぁ?…あ!そういえば去年の魔法校戦でも『黒蝶』しか使ってませんでしたね。あれてっきり先輩が相手校にトラウマ植え付けるためにやっているんだろうな、と思ってましたよ。あまりに酷い仕打ちで僕も鳥肌立ちましたよ…」


 隆伊は納得が行ったと手を打つ。


「でも、基礎魔法とかは使えますよね?」


「・・・・・」


 苒は黙り込んだ。隆伊は思わず苒の方を見上げる。


「え?」

「……使えねぇよ。まぁ見ていろ。"火球ファム"」


 苒は真上に人差し指で円をくるっと描く。

 すると訓練場上空に業火が現れる。が、その周りに黒い炎、いや、黒い蝶のようなものも飛来していた。


(―なんだ苒先輩。普通の魔法も使え…)


 その瞬間、業火と黒い蝶がどこかに吸い込まれるように消えてしまう。


「あれ?消えましたね?…あ!『黒蝶』がっ!?」



 突然の地響きとともに空に黒い影が落ちた。いや影ではない。巨大な黒い炎である。

 とても不気味な、本能的に畏れを覚える、そんな燃え方をしていた。


 そして闇から一瞬の閃光が放たれる。


 刹那、黒炎は天を穿つが如く燃え盛り、連鎖的に大爆発を引き起こす。


「ちょっと!先輩!何してるんですか!?学生会でも意味もなく校内で魔法を放つのはダメなんですよ!」


 下にいた生徒たちも騒ぎ始めている。中には発狂しているものもいた。

 ちなみに生徒が校内で魔法を使用が許可されるのは、監督できる教諭が一人以上同伴している時のみである。

 ただし学生会には特例で必要に応じて監督無しで魔法を行使することが許可されている。もちろんそれには正当な理由が必要であるが。

 

「あ?おぇが疑うから証明してやろうと……ん?なんだこれはぁ?」


 苒のもとに炭化して真っ黒になった物体が落下してきた。 


「何かの‥魔道具ギア…ですかね?」


(―ていうか、魔道具を破壊する火力って……)


「こりゃ偵察用の魔道具だなぁ。何者かがここを監視してたってことだなぁ…」

「会長のですかね?」

「いや、おそらくちげぇなぁ。魔道具使うんならわざわざ俺にあいつを見張れと頼まねぇだろ。ていうか、やつのだったら後で絶対しばく」


(―会長のじゃなかったとしてもやりそうだなぁ……)


「それもそうですね。あ!じゃあ、とりあえずこれは僕が会室に運んでおきますね?」

「は?そんなの後ででいいだろ」

「もし外部からの攻撃からだったらどうするんですか?一刻も早く対処しないと」

「ちっ!理屈っぽいなぁ、お前はいつもぉ。流石に仕方ねぇかぁ。行って来い」


 苒は隆伊の襟首を掴んでいた手を離す。もちろん今は空中に浮遊している。それも地上から10mは離れている。

 隆伊もまさか空中で落とされるとは思わず、一瞬判断が遅れるが、腐っても学生会の一員。素早く風魔法を行使し、落下速度を減少させる。


「先輩!いきなり離さないでくださいよ!僕は空飛べないんですから」


 しかし苒は隆伊が声をかけた方向にはいなく、ただ黒い蝶が飛んでいるだけだった。


「逃げたなぁ、あの人…」



               ◇



「はっ、はっ、はっ、はっ、……バレただと…くそっ。うっ、やばいやばいやばい…」


 逃げ惑う男の前に黒い蝶が一匹目の前に舞う。


「……蝶?・・・・・ッ!!?」


 その蝶は黒い炎を出し、燃えたかと思うと、形を変え人影が現れる。

 黒い羽織を着、右手には槍を持った男が現れる。

 零月苒である。


「おい。そんなに急いでどこへ行く気だぁ?楽しそうな顔だなぁ?俺も連れてってくれよ」


 苒の笑みはその男に、悪魔が笑っているように見えた。


「う、うわぁぁぁぁぁあああ!!!!違うんだ!俺じゃない!俺は頼まれてやっただけだ!!俺は…」


 黒いフードを被った男はその場に尻餅をつき、両手を前に出し必死に何かを否定する。


「うるせぇなぁ‥俺はいま『どこへ行く気だぁ?』って聞いただけだぁ…何がちげぇんだぁ…?

 お前は俺を否定するのかぁ?」


 苒は担いでいた槍を思い切り振りかざす。そこから放たれた黒い鎌鼬かまいたちが地面を引き裂いていく。その直線状にあった木や草は跡形もなく散り、水の流れない川が形成した。



「う、うわぁぁぁああ!!ああああああ!!」



 斬撃はフード男の体側を掠め、左腕全体を抉っていた。

 傷口には黒い蝶が止まっており、出血自体は多くはない。気を失わせないためであろう。


 苒は取り乱している男の方に近づく。

 そして胸ぐらを掴む。


「わーわーうるせぇ。少し黙ってろ」


 苒は手を離し、黒いフード男の首元に魔法槍を突きつける。


「おめぇの知ってることを、嘘偽りなく簡潔に全て俺に吐け。そうすれば命だけは保証してやる」


 苒の眼光は実際に物体を射抜けそうなくらい強く、フード男は極度の恐怖で逆にその眼から目を離せなかった。


「い、言えねぇんだよぉ…言いたくても言えっ………」


 その瞬間であった。黒いフード男の身体の表面を貫くように内部から光が漏れ出し、大爆発を引き起こす。

 半径30mほどを巻き込んだ爆発は、辺り一面を大袈裟に吹き飛ばし、灰燼に帰した……

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