10. 武技競戦 予選1日目 体術②
◇第3クラス競技場
競技場に入れば前の試合はもう終わっていた。
「我らが競技場は質素な造りですこと」
「そうだねぇ」
そして後ろから相手と思しき生徒が入ってきた。
「うはっ。ここが第3クラス用か。こりゃまるで猫の額だな」
慣用句を使ったあたりオブラートに包んだことになるのだろうか。
「なあ、レイ。猫の額ってなんだ?」
「え?あ、うん。狭いって意味だよ」
え?そんなことも知らないの?と言いそうになったレイであったが試合前なので自制した。
「ああー。まぁ確かに狭いしなぁ」
相手の生徒は競技場の中心へ行き、準備体操を始めていた。その後にシャドーを始める。
「おいおい、あいつ競技場で始めやがったよ」
レイは黙って相手の準備を見ていた。
(―これは少し厳しいかもな)
相手生徒のシャドーのパンチ、足捌きを見ていても、Fクラスの生徒のときとは違い、キレがあった。レイはあれを捌き切るのはカインには難しいと考える。
「いやー、でもEクラスとFクラスで全然違うのな。さっきのやつと違ってキレキレだ」
「あれ?意外と余裕そうだね」
「S1クラスの試合見てきたからな。目が慣れたのかもしれんな」
目が慣れてても身体は追いつかないんだろうな、とレイは密かに思う。
(―なら、仕方ないけどこの試合かなぁ…)
審判の生徒が入場してきた。
「2回戦に出場する生徒はここに来てください」
「四組七里くん。ではこれに時間までに着替えて来てください」
審判の生徒は
「四組!?お前勝ち上がったのか!?あははは。ラッキー!」
相手の生徒はカインに挑発をする。
「そのセリフ、試合後も言えるといいな」
カインは試合直前であったので心を乱すまいといつものレイを倣って感情を表に出さなかった。これもある種の成長であろう。
カインが競技場から出て着替えに行っている間に四組の生徒やEクラスの生徒が入ってくる。
ただ同時に
カインが着替えを済ましてレイの方へやってきた。
「絶対に勝つ!!」
レイは目の前にいたが競技場に響くような大きな声であった。
「ゑ?あ、うん。知ってる」
レイは内心戸惑っていたが外には出さずにこっと答える。
ちなみにそのレイの笑顔はかわいいと一部、特に女子生徒にとても人気がある。レイはレイでその不気味な視線にいつも悪寒を覚える。
「じゃ、行ってくる」
相手の生徒はカインより少し大きかった。対峙ている時も見下ろすようにカインを見る。
「始め!」
カインはいきなり上段蹴りをする。
相手は左腕で受ける。
が、そこには相手の怒りの表情があったのをレイもカインも見逃さなかった。
そこに相手のぶん回すような雑な蹴りがカインの肩あたりの高さに来る。
カインは身体を屈め、躱す。
そしてその隙を狙って有効部分に打突をかます。
「止め!」
セルソンは発光していた。
しかし相手生徒ビクともしていない様子であった。
「有効1!」
二人は初期位置に並ぶ。
「続行!」
その瞬間であった。
「うおりゃぁあああああ」
相手生徒は闘牛が如くカインにタックルをする。
それはカインに激突しても勢いは止まらない。
その両腕こそ闘牛の角のようであった。
(―な、なんだ、こいつ…。ていうか重い……)
カインは腕を相手の腰に回すがそれでも相手は止まらない。
仕方なくカインは手を放し背部を攻撃しようとしたところ、急に相手はカインを抱え上げ、勢いに任し、壁にカインを突き飛ばす。
その動きをレイはカブトムシみたいだな、と思った。
カインはうまく壁に両腕で受け身を取り、有効は取らせない。
しかし腹部目掛けてパンチが飛んでくる。
流石にそれは避けられなかった。ただ拳を受け流すように身体を捻らせ、ダメージは最小限にした。
「止め!」
今度はカインのセルソンが発光した。
「有効1!」
これで有効1−1である。
「続行!」
その後もカインに不利な状況は続き、その後カインは有効を3つ取られ試合は4−1となっていた。
「
|槭樹が競技場にひそぉ〜っと入ってきた。
ちなみに槭樹の試合はカインの試合より5分遅い開始ではあったが、先に終わっていたようだ。
「伊那か。有効1つ先取したんだけどね。もう崖っぷちだよ。そっちはどうだったの?」
四組の応援はすっかり静まり返っていた。相手クラスの応援もちらほら退出している。
「そりゃ勝ったわよ。それより七里に活路はあるの?」
「うーん…。
「で、それを取れると思っているんだ」
レイの表情は言っていることとは裏腹にわくわくした表情であった。
「たぶん。カインは3回戦まで取っておくって言ってたけど
「ふーん…アレねぇ…」
「続行!!」
(―やるしかねぇ…)
カインは今までで一番腰を低くし、両手を前に伸ばす。
「伊那、ほら、来るよ!」
"七里家武術 參の筋 偏流脚"
どんっどんっ!っと、畳に足跡をつけんばかりにカインは相手との距離を詰める。
その速さは今までのカインとは比べ物にはならなかった。
そして飛びかかるような胴回し回転蹴りを相手の顔横に直撃させる。
相手はその威力を相殺しきれずに後ろに
カインは一気に身体を引き、前方に飛びながら相手の腹部に正拳突きをかます。
「らぁぁああああ」というカインの大声が競技場に響く。
相手はくの字のまま飛んでいき、鈍い音とともに壁にぶち当たる。
「止め!」
カインもバランスを崩し、その場に
「そこまで!一本!!」
相手は気絶していた。
四組の応援は水を得た魚のように盛り上がる。
―うおー!!やりやがったぞ!あいつ!
―七里の下剋上物語続編決定!!
謎の物語が作られている始末である。
「へぇ。今のがそのアレなの?」
「うん。七里家武術の一つで普通は
七里家武術。
ただ七里家は士族などではなく、階級は庶民のため世界的にはあまり知られていない。
しかし、七里家は庶民の割に
そのアドバンテージを利用し身体に流れる
これが七里家武術の核である。
もちろん魔子の流れを調整するのは簡単なことではなく特殊な訓練を積む必要があるが。
そのうちの偏流脚は大腿部や下腿部に魔子を集中させる技で蹴撃力、跳躍力、走力などを引き上げる。
カインはそれを応用し血流の流れを偏流脚のように調整したのだ。
血にも少なからず魔子が溶け込んでいるから有用なのである。
「そんなことできんの?」
「僕はできないよ。ただカインにそういう技があるって教えてもらった時に使えるんじゃない?って提案してみたら何かできちゃったんだよね。でもね、あ、ほら、見てごらんよ」
レイは競技場の上に丸まっているダンゴムシを指差す。
「使ったあと脚が痛くなって立ち上がれないし、心臓と肺にはすごい負担かかるし、全身に痺れが暫く残るらしいから試合中、というか一日一度しか使えないんだよね。使った次の日筋肉痛も残るらしいから。だからあれ使って一本取れないと負けになっちゃう」
そう、ダンゴムシというのはカインのことである。
会場は両者とも立ち上がれない状況で、片方は目覚めず、もう一方は何か転がって悶え苦しんでいる、なかなかカオスな状況である。
「試合は赤の勝ち。両選手動けないので礼は省略させていただきます!」
レイはカインの元に行く。
「やったねぇ!おめでとう!」
「そ、それより、これ、脱がしてくれ。ほんと、あああ!痛い痛い痛い。だから、これ、使いたく、なかったんだ」
カインは痛みで半泣きしている。
「ここで脱ぐのは公序良俗に反するよ。更衣室まで連れてくね」
そう言ってレイはカインを担ぎ、更衣室を目指す。
「お、七里。自立できていないようだけどやったじゃん。最後のは私もよかったと思うよ」
槭樹はカインの背中をバシッと叩く。
「やめろ!バカ!!叩くな!!!いま全身どこも、神経があれで、とにかく痛いんだ!」
槭樹はニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべ、カインを突っつき始める。
「うひゃーこいつは面白い!!」
カインは突っつかれるたびに奇声の雄叫びを上げる。
「お、お前、あとで覚えてろよ」
「返り討ちにしてあげるわ」
世界のヒエラルキーが垣間見えた気がしたレイであった。
◇魔法公学校 第3クラス校舎前
「いやぁ。危なかったぁ。負けるかと思ったよ」
「え?ああでも内容的には負けだったね」
「う、、ま、まぁ勝ちは勝ちだぜ」
二人はカインの身体の状態を慣らすため外を散歩していた。
「次は11時35分からだな。とうとうラスボスのDクラスだ」
「ん?ああそうだね」
レイの反応は少しぱっとしていなかった。意識上の空のような、視線もカインには合っていなかった。
(―やっぱ何か今日、てかさっきから…レイ元気ないよな……)
「それにしてもいい天気だな!絶好の校内戦日和だ!!」
「なんだいそれは。確かに雲ひとつない青空だね」
しかし二人の上の空には確かに雲はあるのだ。雲量3といったところか。
カインは思わず二度見する。
(―目にゴミが入ってるわけじゃないよな…)
カインは目を擦ってもう一度見上げる。
「レイ、お前…なんかあったのか?」
「え…?何のこと…?何もないよ…‥?……強いて言うなら、とある僕の友達が試合に勝ったのに、公衆に醜態晒しちゃって…‥本当に勝ったのかなっていう残念感があるくらい」
カインはそれを聞いてずっこける。
「俺は真面目に訊いたんだよ!」
「はははははっ――ごめんごめん。大丈夫、何も……!?」
レイは急に固まる。
「……どうした?」
「危ない!!」
レイのローブは翻り、前方へ風の如く駆けて抜けていく。
「お、おい!…てか速っ!!」
カインもレイを小走りで追う。
「散歩って言ったじゃねぇか。・・・って、それうちのクラスのやつじゃん。ええと、確かニーナって言ったけ?」
レイは一人の少女を抱えていた。
「うん。なんか倒れそうだったから。どうやら気を失ってるっぽいね」
「よく気が付いたな」
100mくらい離れていたのは事実であるが、そもそもレイはその少女、ニーナが倒れる前には駆け出していたのだ。
「とりあえず僕はこの子を医務室に連れて行くよ」
「俺も手伝うよ」
「カインは次の試合に行ってきなよ。時間もそろそろだよ?」
「ん?あぁ、たしかに。じゃあ頼むわ。でも医務室遠いぞ、こっからだと」
「大丈夫。大丈夫。もしかしたら次、間に合わないかもしれないけど、試合、頑張って!」
「おう!」
カインは来た路を引き返した。
レイはカインを見送ったあと、もう一度「大丈夫ですかぁ?」と抱えたニーナの肩を叩くが反応はない。
「うーん……どうして気を失ったんだろう?」
レイはニーナを背負う。
その時電流のような刺激がピリッと身体に走った気がした。
「さあて……医務室ってどこにあるんだろうな…ははは……はぁ…」
レイは嘆息する。
この少年、医務室に連れて行くと言っておきながらその場所を知らないのである。
◇魔法公学校 医務室
「失礼しまーす…」
レイは扉の開いていた医務室に一言かけてから入室した。
「はーい!あれ?もしかしてその子、気失っちゃってます?」
出てきたのは三等教諭のサクラ・ナナであった。
「え?よく解りましたね」
「今日多いんです、倒れちゃう生徒。多分昨日、わくわくで眠れなかったとかと思うんですけどね」
レイは医務室のベッドにニーナを寝かせる。
その後に発見時の状況や場所、時間などを伝えた。
「ではこれで失礼します…」
「はーい!ありがとうね〜」
「さて、急がないと」
◇第1クラス 競技場
「始め!!」
「まさか予選の最後の相手がお前とはな、と言っても俺にとっては最初なのだがな。まぁよく辿り着けたもんだ」
「ああ。俺もお前
予選最終戦。カインの相手は今朝、S1クラス競技場で揉めかけた生徒であった。
「ていうか、お前Dクラスだったんだな。てっきりお前らのボスと同じBクラスの生徒だと思っていたよ」
「だからどうした、
「そしてそれを何て言うか知っているか?――虎の威を借る狐って言うんだぜっ?」
レイに教えてもらった言葉ではあるが。
そのセリフと共にカインは正拳突きを放つ。
しかし相手は一切の防御姿勢を取らず、カインの拳は相手の腹部に届く。
「止め!!」
しかし……
「七里!避けなさい!!」
槭樹の声であった。
顔を上げたところに容赦のない強烈な拳がカインの顔面を襲う。
カインは顔を抑えて床に尻餅をつく。
「あははは!おいおい、お前可哀想じゃねぇか」
相手側のギャラリーからの声である。
「はははは。
謝る気はさらさらないようだ。悪気しかない。
「有効1!白、注意1!」
注意は3つたまると反則になり負けとなる。
「へっ!自分の拳さえも御せないとか、これは敵じゃねぇわ。これなら余裕で本予選に行けそうだぜ」
「挑発してどうするのよ」槭樹は顔を手で抑える。
(―それより潤女、遅いわね)
「口だけは達者なやつだ。いまので舌切っといたほうが良かったんじゃないか?」
カインは止血をして再び対峙する。
「続行!!」
「うわー、遅くなっちゃったよ…また遅刻だぁ」
レイは競技場に入り、槭樹を見つける。
「伊那、試合はどう……」
「ああ、潤女、来たのね。
しかしながらレイが見たのはぼろぼろになったカインであった。競技服には血でできたシミも見られた。
「お、おい…伊那?カインの左腕…」
「ええ。多分折れてるわね。それで注意二つ目」
「ど、どういうことだよ!」
しかし槭樹は何も答えない。
「おい!そろそろケリ付けねぇと反則負けになっちまうぞぉ!」
「おう!そうだな。というわけで、七里。歯ぁ食いしばれぇ!」
レイは反対側にいた相手の仲間の言葉を聞き取っていた。
競技場内のカインはもう立ち上がるので精一杯であった。
"七里家武術 參の筋 偏流脚"
「カイン!それは……」
偏流脚は確かに使えていた。しかしその速さは、先程の試合より少し遅かったといえども、相手には全く通じなかった。
相手はカインの顎下を蹴り上げた。
「ぐはっ・・」
カインは血を吐き、競技場で高く舞う。
「…………………ッ!!」
「止め!」
カインは畳に叩きつけられ、動く気配はなかった。
「そこまで!一本!!」
「カインーーーー!!!」
「ちょ、潤女!?」
レイは競技場へ侵入し、カインの
(―この怪我の仕方、明らかに故意だ)
「う、うう。レ、レイか。せっかく稽古付けてもらったのにな…。はは。負けちまったよ…」
カインは泣きそうだった。
「おい、お前。まだ礼は終わってねぇぞ?とっととその虫けらを起こせ」
レイは立ち上がり、相手の生徒を睨みつける。
「な、何だよ。負けたのはそっちだろ。逆恨みか?とことん落ちぶれて…」
レイは相手の眼前に掌底打ちを寸止めで突き出す。それに全く反応できないDクラスの生徒はその場で尻餅をつく。
「……お前はもうそこで黙っていろ。。」
その声の主は確かにレイではあったが、平生のレイではなかった。
声はいつもより低く、震えていた。
レイも身体中の何かが滾っているのが自身でも解っていた。
レイの
「ちょっと、君たち?」
審判も割って入ってくる。
「ああ、潤女か。久しいな。何か俺たちに用か?」
それは1週間前の朝に揉めたBクラスの生徒であった。
「お前らも共犯なのか?」
「共犯??はっはっは。笑わせるなよ。これは犯罪ではなく余興、見世物だ。そこは主催者と言ってくれ」
「そうか……」
レイは一歩、二歩とそのギャラリーに近づいていく。
小柄なレイではあるがその時はとても大きな存在に見えた。
「お前ら、お前らだけは絶対にこの校内戦でぶっ倒す!!」
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