9. 武技競戦 予選1日目 体術

「始めっ!」


 両選手は徐々に近づき始める。そしてお互いの射程範囲に入る。


 体術は競技服セルソンへの有効打や抑え込み、その他審判の判断によって勝敗が決定される。


 先に仕掛けたのはカインであった。カインの下段蹴りで相手がバランスを崩したところにコンパクトな後ろ回し蹴りをする。が、ぎりぎり躱されてしまう。ここで両者とも距離を開けた。


 再び距離が狭まると今度は取っ組み合いになる。突き技、足技の細かい応酬を繰り返す。


「若干カインの方が若干上手うわてだね」


 レイはにこにこしながら観戦していた。おそらく自分が教えたことが身についていたからだろう。


「あら、あんたやっぱり体術もできるのね」


 槭樹カエデも同意見らしい。


「まあ、基本だからね」

「ふーん。今度あんたとも手合わせしたいわね。とりあえず私は自分の会場にそろそろ行くわ」

「うん!頑張って!こっちが終わったら見に行くよ」

「多分間に合わないわよ。すぐ終わらせるから」


 そう言って槭樹は競技場を去る。


 その直後だった。相手の生徒の大ぶりの殴打技をカインは軽くいなし、腹部に後ろ蹴りを入れる。相手の生徒は少し後ろに蹣跚よろけた。

 

 そこで競技服は発光しそれを有効打と判定した。

 試合用の競技服は有効部分に、ある程度の強さの衝撃が加わると発光する仕組みになっていて、それと同時に防護魔法が発動する。


「止まれ!」


 審判の生徒が競技服の発光を消す。


「有効!」


―いいぞ!七里!ワンチャンスあるぞ!!

―漢を見せろぉ!!


 その、主に男子からの声援にカインは軽く手を振って応える。


「続行!」



 ちなみに有効打を5つ取ると1本となり勝利となる。


 その合図とともにカインは前方に飛びかかり身体の横の方から振り回すような蹴りを相手の頭部に直撃させる。


 頭部への攻撃は防護魔法が付与されたヘッドギアをしているので認められている。ただし頭部への攻撃で一本は取れることはあるが有効などは取れない。


「うっ!」


 相手の生徒はもろにそれを食らい、倒れかけたがどうにか身体を翻し立ち直る。そこにすかさずカインの掌底打ちが胸部に打たれる。

 そして相手は思い切り後ろに吹っ飛び、まともな受け身も取れず畳に背中を打つ。

 その衝撃で相手の生徒はむせぶ。


「止まれ!」


 競技服は有効判定をしていた。


「有効2!」


 競技服の判定と、床に背中をついたことによって有効を二つ同時に取れたのであろう。

 これでカインの有効が3で一本まであと有効2つとなった。


 この時にはレイだけではなく、他の生徒もカインの勝利を確信し始めていた。


「続行!」


 今度は相手生徒からの不意打ちのような飛び蹴りから始まる。

 カインは腕をクロスしそれを受け止め、後退りする。

 そこに強めのパンチがカインの頭部目掛けて飛んでくる。

 左腕で直撃は防ぐ。

 更に有効打を狙ったパンチが腹部に来る。

 カインは中段蹴りをして、相手との距離を作る。



(―このまま完全勝利してやる)



 カインは半身になり手刀を構えた。先程とはまた違う構えである。


 相手は流れが来始めているので畳み掛けるように攻撃をしてくる。

 そして相手の重心が大きく前に傾いた瞬間。

 カインは相手の背後の畳に飛び込んで両手を付き、その反動で背部へ両足の強烈な蹴りを入れる。


「ぐはっ!」


 相手は宙へ大きく舞い、何の抵抗もなしに畳に衝突する。



「止まれ!!」



 セルソンは有効を示していた。しかしここは誰もが同じ判断をするであろう。



「そこまで!一本!!」



 相手の生徒は審判の生徒に引き起こしてもらった。


「判定!白の勝ち!両者礼!」


 白、というのはカインの付けていたヘッドギアの色のことである。ちなみに競技服の方は体術だとすべて白色である。



 カインは四組の男子の輪の方に退場する。


「うえーい!七里!やったじゃん!」

「下剋上じゃねぇか!本予選行っちまうか?」

「このまままぐれ重ねてけよー」


「ははは。ちょっとこれ、脱いでくるわ」


 そう言ってカインはレイの方へ近づき、拳を向ける。

 レイも拳をカツンっと当て、それに応える。


「勝ったぜ!これ着てても、動きやすかった。この勝ちは、半分は、お前のおかげだ。ありがとよ」

 

 カインはまだ息が整っていなかった。


「うん。僕も勝ってくれてとても嬉しいよ。僕はこのまま伊那いなの試合観に行ってくるよ」


「お、おう。じゃあ、また、後でな」


 レイとカインは同時に競技室を退室した。


(―なんかレイのやつ元気なかったな)




                    ◇




「第2クラスの方来たことなかったから迷っちゃったなぁ。もう試合始まっちゃってるかぁ」


 レイが第2クラス競技場の引き戸を開けようとしたところ、引き戸の方が勝手に開き、中から槭樹が出てきた。


「え?伊那?もう終わったの?」

「ええ。まあ。相手Fクラスだったし。一撃で仕留めたわ」


 後で聞いたところによると試合は10秒もかからなかったらしい。


「流石です…」


 槭樹は入り口から逸れたところに移動する。


「そっちはどうだったのよ」

「勝ったよ!有効3つに一本取って完勝」

「へぇ、よかったじゃない」


「おーい!レーイ!伊那ぁ!」


 そこに髪がボサボサのカインが走ってやってくる。ヘッドギアの付け方が悪かったのだろう。


「あれ?もう終わっちまったのかよ」

「ええ。あんたも勝てたようね。よかったじゃない」


 槭樹は髪の毛凄いわね、と付け足す。


「なんかお前は余裕そうだな」


 カインは髪に手を当てながら話す。


「ええ、まあ」


 そして槭樹は更衣室の方へ向かった。


「やっぱ流石は伊那家だなぁ」

「実質Bクラス、Cクラスレベルなんでしょ?」

「ああ。魔力容量マストだけで見たらな」


 カインは貰った対戦表を見る。


「次は10時30分からだな。確か10時からS1クラスの試合があるはずだから見に行かないか?」


「いいね。行こうか」





◇S1クラス競技場




「な、なんか僕らのクラスの競技場より広いし綺麗だね……」


 競技場内には沢山の人が学年、クラス問わずに観戦に来ていた。


「4人だから総当たり戦らしいな」



「あれ?お前この間の朝の!」


 二人にある男子生徒が話しかけてきた。


「ん?誰だお前」

「カイン、あれだよ。訓練場のやつ」


 レイはカインに耳打ちをする。


「あー!あの金髪の取り巻きの一人か!」

「取り巻っ!?…まあそうだ。ところでどうしてお前、、らがここにいるのだ?」

「観戦するからに決まっているだろ!」


 その男子生徒の表情は怪訝なものになり、それと同時に呆れの嘆息を漏らす。


「おいおい。ここはS1クラスの試合だぜ?お前が見たって解るわけ無いだろう。これから他の仲間も来るんだ。人口密度上がるから帰れよ」

「なんでお前たちのために帰らなきゃならねぇんだよ」


(―なんで上位クラスの人は毎度毎度喧嘩吹っかけてくるんだろう)



「カイン、もう無視しなよ。うるさくしたら退場願われるよ」


 レイは再びカインに耳打ちをする。


「おい、お前は、ええと、潤女うるめ!何をひそひそ話している!」


「うん。僕たち向こうで見るから気にしないでおくれよ」


 レイは質問には答えずにカインを引き摺るように競技場の反対側へ向かう。

 ちょうど入り口の真正面へ来た。




「なんか逃げたようじゃねぇか。これじゃ!」

「逃げるが勝ちって言葉を知らないのかい?」


 その時室内の空気がガラッと変わったのを室内にいた全員が感じ取った。



「レイ、入ってきたぞ」


 入り口から真っ白なセルソンを身につけたS1クラスと思しき生徒が4人ぞろぞろ入ってきた。


「一番最初に入って来た人、凄い大きいね。あれでも僕らと同い年なのかな?」


 1学年は12歳が多く、中には13歳、14歳もいる。しかしその生徒は4年生、またはそれ以上に見えた。

 胸板は競技服がパンパンになるほど厚く、腕や脚も木の幹のようにしっかりしていた。


「あれは大抖だいと壹臣かずおみだな。世界東部の大士族のご子息だ」

「よく知ってたね」

「いや、多分S1クラスの生徒については知らないやつのほうが少ないだろ」

「じゃあ、他も分かるのかい?」


「まあな。すらっとした短髪黒髪の女子が玖零院くれいいん蓮歌はすか。玖零院家は零月家の分家の一つだな。

 そしてその隣の灰色の髪をしているのがファルツ=ラインロード。ラインロード先生の息子さんだ。

 その後ろでやたら手を降っている金髪の男子がヴィル=ピルグリム。ピルグリム家は世界西部の大貴族だ。ちなみにこの4人は全員魔法校戦だと剣術で出場するぞ」


「大抖くんもかい?見た目体術なのにね」

「まあ、魔法校戦の出場種目で校内戦は出ないからな」


 競技場の中心に蓮歌と壹臣が立つ。初戦はこの二人のようだ。


「体格差すごいね…」

「ああ。大人と子供みたいだ」


「両者!礼!!」


「あれ、審判海部内あまない先生じゃん」

「本当だ」


 S1クラスの試合になると生徒では審判を手に負えないのだろう。


「始め!」


 海部内はその合図とともに中心から4歩ほど素早く身を引く。


 その合図から1テンポ遅れて両者は手合を始めた。


「うわー凄いレベル高いね。カインとは大違いだ」


「当たり前だわ…」


 カインには眼前の二人の動きを捉えきれていなかった。時々鳴る轟音と腕や脚の接触音しか聞こえていなかった。


「うーん、技術は互角かなぁ。ただ大抖くんが体格の割に素早いし、力もあるから少し優勢かもね」

「お前、あれ目で追えているのか?」

「そりゃ、まあね。身体は追いつかなくても目は追いつくでしょ。てかカインは追えてないの?」

「い、いやぁ、俺もバッチリ追えているよ。はははは」


(―いや、まじで!?何も見えてないんですけど!てか音やばい!!)

 これがカインの実況である。


「あ!」


 連撃の間の一瞬の間隙に壹臣の強烈な拳が打ち込まれる。

 蓮歌は両腕で凌ごうとしたがその重さに体勢を崩した。

 すかさず張り手のような打突が繰り返される。

 その連撃に耐えきれず、蓮歌は後ろに滑るように倒れ込んでしまう。


 そこに壹臣の渾身の一撃が、



 ズドンンンンンッ!!!!



 蓮歌は身体を旋回させ避けようとしたが、間に合わず脇腹をその重い一撃がかする。

 直撃こそしていないが、蓮歌は鉛を飲んだような顔をしていた。


 「止め!!」


 競技服は有効判定であった。


 「有効1!」


「や、やばいな、今の。あそこの畳、ボロボロになっちゃってるよ」


 壹臣の渾身の一撃は畳に大きなクレーターを作り上げた。


「直撃してたらまずかったね。多分一本だったよ…ていうか骨持ってかれるよ…」


 レイは壹臣の同い年の破壊力とは思えないそれに冷や汗をかく。

 しかし同時に壹臣が体術専門でないのも理解した。


「そ、そうだな」


 カインもその一撃は僅かに溜めが作られていたため、捕捉することはできていた。


 その後試合は7,8分ほど続き、壹臣が有効を5つ取り勝利した。蓮歌の方はあれから動きは鈍ったものの、戦型を工夫し、奮闘を見せ有効を3つ取った。


「まあ、あの体格差じゃな。いくら的は大きいったってな」


 次はヴィルとファルツの試合で、ファルツが有効5つで試合を収めた。



「そろそろ時間だな」

「じゃあ、行こうか」

「レイは見ててもいいんだぜ?」

「僕は君の師匠せんせいだから」

「ははは。そんな風に呼んだ覚えはないぞ」


 そのまま二人はS1クラス競技場を背に次の試合へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る