8. 武技競戦 予選1日目

◇魔法公学校中央大講堂 



「ただいまより魔法公学校第12回武技競戦開会式を始める。一同礼!」


 中央大講堂には校内戦(武技競戦)に出場する生徒と教職員がレイたちを含め約千名招集されていた。司会の生徒の着席の合図とともに全員着席をする。


「まず蘿端つたはしシャルル学長からの言葉である」


 シャルルがゆっくり壇上に上っていく。



 シャルルは教壇の前に立ち生徒席全体を見回しているが、眼は殆ど開いていない。


(―ラインロード先生と同じことしているな)

 と、レイは気が付く。



 そしてシャルルは老年の優しい笑みを作る。


「諸君。儂から言えることは一つだけじゃ。自信と、矜恃きょうじを持って正々堂々戦うように」


 はっきりとゆっくり、そして優しい強さの籠った声であった。


 その一言だけを残し、壇上を去る。



「次に武技競戦出場についての諸注意である………」




                         ◇




「校長先生まじで一言しか話さなかったな」

「だって一つだけって言ってたじゃないか」


 レイとカイン、そして槭樹カエデは武技競戦の対戦表の貼ってある総合訓練場へ向かっている。


潤女うるめ、大抵の場合は一言って言って長々話すもんなのよ。私は準備校通ってた時期があるから知っているけど。先生たちの言う一言ってのは信じてはいけないもんなの」

「そういうものなんだ」


 しばらく歩くと異様な人集りが視界に入る。


「おいおい、なんだあれ人だらけじゃねぇか」



 総合訓練場の入り口の方から生徒の列のような、無秩序な何かができていた。1年生だけでなく他の学年の生徒もいるようだ。数百人が押しかけている。

 

 ちなみに総合訓練場というのは最新設備の整った魔法公学校最大の訓練場で、校舎から独立した唯一の屋内訓練場である。ここでは本予選と決勝予選が行われる。


 総合訓練場は元々闘技場の跡地であったため、他の訓練場(長方形のものが多い)と異なり円形になっている。年にもよるが魔法校戦でも使われる施設でもあるので観戦席もついている。

 観戦席は最大で中央大講堂と同じくらい人を収容でき、また屋根の開閉が自由に行え、訓練場と観戦席の間には防御結界を張ることができる。さらに観客席の配置も変更でき、訓練場の広さを最大で10倍に変更可能である。



「入口にすら入れないね」

「お前ならちっこいし、すばしっこいからすり抜けられるんじゃね?」

「僕、カインと拳一つくらいしか変わらないと思うけど?」

「潤女、いいじゃない。唯一あんたに勝てるところなんだから」


 槭樹の鋭い指摘にカインは倒れそうになる。


「う、うるさいやい!にしても全然進まないなこの列。早くしないと始まっちまうぞ」


 カインは今度は段々とそわそわし始める。


 初日は1学年の予選で午前に体術。午後に剣術が行われる。どちらも80試合程度行われるため、全ての競技場、訓練場が使われることになる。ちなみに弓術は出場者数がとても少ないので本予選の日に行われる。


 彼此2分少々。


「あああああ!早くしねぇと初戦が始まっちまうよぉ〜」


 その場で地団駄を踏み始めるカイン。うわぁぁあああ、と呻き始める。


「カイン、まだ少なくとも30分くらいあるはずだよ…」


 開会式は8時半前には終わっていて一番早い試合でも9時からである。


「あんたも待つことを知りなさい」



 そのカインの様子を見たのか黒髪のレイたちより20cm、いや、30cmくらい背の高い、黒い羽織を羽織った男子生徒が列を割って入ってきて3人の前に立ちはだかる。


 周囲の他の生徒はその黒髪の生徒を避ける様に列を再編成した。



 3人はその生徒の顔を見上げる。


「おい、お前ら出場者か?そんなアホみてぇにそわそわそわそわして。まあどっちでもいいわ。見えねぇならこれやるよ」


 二つに折り畳まれた紙をぽんっとカインに手渡す。


「え?」


 それをカインが広げると紙は2枚になっていて、それぞれ体術と剣術のトーナメント表であった。


「ああ!対戦表!どうもあり……ってあれ?」


 カインがお礼をしようと思って対戦表から顔を上げたときにはもうその生徒はいなかった。


「今の人どこ行った?」


「なんかいきなり面倒くせぇとか言って走ってったわよ」


(―なんか今の人誰かに似ていた気がするなぁ)



 3人は列から外れ総合訓練場前の道の脇へ逸れる。


「えーと、七里、七里、あ!あった。最初の相手はFクラスの…聞いたことのない名前だな。って9時って一番最初の時間じゃん」

 

 その対戦表を横から覗き見るレイと槭樹。


「第3クラス屋内競技場ね。もう行っちゃえば?私は9時20分が初戦ね」


「ほれ、剣術」

 

 カインはレイにもう一枚の紙を手渡す。


「ありがと。――えっと、僕は午後の一番最初だ。Fクラス、Eクラス、Cクラスの人と戦うのかぁ」


 予選では第3クラス、Fクラスはシード権はなく、EクラスからBクラスまでがシード権が与えられている。

 今年はレイの出場する剣術の場合だと、4人のトーナメント(2回戦と3回戦のシードが1人ずつ)が17ブロック、3人のトーナメント(シード1人、Dクラス以上の生徒のみで編成)が13ブロックあり、107人中30人が本予選に出場できる。

 ちなみにAクラスとS2クラスは本予選の1回戦、または、2回戦からのシード権が与えられて、S1クラスは全く別のトーナメントを行う。


 レイは4人のトーナメントで3連勝すると本予選に出場できる。

 

「お前Cクラスのやつと当たるのか、そりゃハズレだな」

「ハズレとかアタリとかあるのかい?」

「ああ。他のブロックも見てみろよ。4人トーナメントでCクラスが入っているのは、お前の第1ブロックと、、えっと、第3ブロックだけだろ?他はどれもDクラスまでだ」


 カインは紙に指差して説明する。


「まあ、Cクラスに勝てないくらいじゃ決勝予選に出られないからね。ちょうどいいや」


 そういうとレイは紙を畳んでローブのポケットにしまう。


「え、ちょっ、あんた」


 槭樹が何か言いかけたがカインが制止する。おそらく1週間前のカインがレイに言ったことを言おうとしたのだろう。


(――良いんだよ、レイはあれで。本気で狙ってるんだから)

(――いや、でも…)


 そう小声で槭樹に言ったが、カインはそのレイの言葉にかつての強い意気はないようにも感じた。


「じゃ、そろそろ行くか。頑張っていくぞ四組!!」


 おー、とレイとカインが拳を天に突き上げる。



  

        ◇     ◇     ◇     ◇




 ある音信通話魔法器ヴェーラン(音波を振動魔法の魔子マースに固定し、超自然系統魔法の波動魔法に変換し直す、通話機能を持つ端末。30年聖戦の時に軍事の情報伝達手段のために開発された。)でのある会話である。


「なんの用だ」


 ヴェーランに出たのは男であった。少し苛つき気味に話す。


「いやぁ、大したことではないよ」


 もう一人も男子ではあったが落ち着きを持って話している。


「なら掛けてくんじゃねぇ。切るぞ」

「いやいやちょっと待ってくれよ。そこそこ大事な要件なんだよ」

「ならさっさと言えよ、こっちだってお前のせいでそんなに暇じゃねぇんだよ」


 タンタンタンタンと貧乏ゆすりの足音が通話口に入ってくる。


「ははは。悪い悪い。今日は1学年の試合だろう?そこで一人見ておいて欲しい生徒がいる」

「はぁ?どういうこった?」

潤女うるめレイ

「潤女ぇ?何だぁそいつは?」

「え!?おいおい知らないのか。第3クラス四組…」

「ちょっと待てお前、なんで俺が第3クラスの生徒なんざ見張ってねぇとならねぇんだよ」

「だから人の話を最後まで聞こうよ。これ、君の悪いところだよ」

「じゃあとっとと言えや」

「ああ、彼はね今年の学術首席なん…」

「はぁ?今年の学術首席が第3クラスだぁ?まいはどうした?」

「次点だよ。しかも1ポイント差でね。まぁこれで分かったでしょ?」


「1ポイント……!?――ああ。わけは理解した。だがなぁ俺はっ…」

「おお!そうかい!では頼んだよ!」


 そして通話が切れる。



「ああ!くっそ!めんどうくせぇ」





        ◇     ◇     ◇     ◇




◇第3クラス屋内競技場



 3人が屋内競技場についた頃には1クラス分くらいの生徒が中にいた。四組の生徒と相手のFクラスの生徒であろう。



「おお!お前ら来てくれたのか!」

「ああ、七里が不正をして校内戦に出場したんじゃないかって疑念が俺らにはあるからな!確かめに来た」

「なら負けらんねぇな!はははは」


 カインは笑いながら四組の生徒の輪に混ざっていく。


 レイはそれを外側から覗くような位置にいた。

 「お前は雲の上の存在に感じる…」海部内あまないの言ったあの言葉がレイの中で勝手に反芻はんすうされる。


「出場選手はこちらに来てくださーい」


 係の生徒がカインと相手のFクラスの生徒を呼び、競技服セルソンを手渡す。そのまま彼らは隣の更衣室のある方へ退場する。


 レイは只管ひたすらカインのことを目で追っていた。それを見兼ねたのか槭樹がレイに言葉をぶつける。


「潤女、あんた友達いないの?」


「え?い、いないこともないよ」


 不器用な婉曲表現になってしまったと自分でも思うレイ。いきなり、そして再び悩んでいたことに踏み入れられ動揺を隠し切れないのであった。


「七里以外の男子で、って限定すると?」


「う、、い、いません」


 ただでさえ小さめのレイがより小さく見えた。

 槭樹は嘆息を漏らす。


「まぁ仕方ないっちゃ仕方ないわよね。普通の、しかも第3クラスの人間からしたらあんたのこと別世界の人間に感じるもん。私も伊那家じゃなくてただの庶民とか底辺の士族とかだったら多分あんたに話しかけられなかったと思う。次元が違いすぎて」


 レイは何も言わない、言えなかった。今まで他人という存在がいなかったため、差異他人との違いというものを知らなかった。もちろん雀兎ざくとはいたが他人というより家族のような存在であった。

 そしていざ、他人しかいない世界に足を踏み入れると、その今まで関わったことがなかった他人とどうしてか交流をしたくなり、「友達」という存在を作りたくなったのだ。カインとはとても仲が良くなったわけだが、カインがいなければ孤立するのがレイの現状である。


 だからレイは目の前にある、森から出ることで知れた「楽しそうな世界」に入りたかった。しかし隔絶され――孤立している。しかもその要因は自分にはどうにもできない人との差異。


(―雀兎、多分キミは僕がこの世界に入ることを望んだのだろう?確かにキミが言っていたように、ここにあるものは森にはないものだよ。複数の、自分に似て、そして全然違う人たちと関わることは本当に楽しそうだ。

 でも雀兎、キミには悪いんだけど僕はこの世界を知りたくはなかったよ。一度知ってしまえば狂おしいほど欲しくなった。こんな感情、森にいた頃には僕の中にはなかった。そしてそれを手に入れるのがとっても難しいことも解った。

 どうしてみんなは僕との「違い」を気にするのだろうって思っていたよ。でも、一番気にしていたのは僕なのかもしれないね。

 僕は森を出て、この世界に足を踏み入れて、「魔法」と「友達」の一番欲しかったモノを"世界"に取り上げられてしまったよ。その分いろんな素敵なモノもあったケド。雀兎、僕はこの世界に"見放されている"ようだよ。僕はこのままこの"世界"を好きにはなれないのかな)



 そこに雀兎がいなかったから、心の中だったから解き放てたレイの"感情"であった。おそらく面と向かって話せば嘘を吐くことになるのだろうとレイはそう思った。


「でもね、潤女、ってあれ。もう始まるのか。この話はまた後にするね。私は少し見たら自分の会場に行くよ」

「あ、うん」


 競技場の真ん中にカインとFクラスの生徒が相対して立つ。


「それでは武技競戦予選第一試合を始める。両者、礼!!!」



 とうとう校内戦が始まった。

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