5. 朝の特訓−2

「おい、嘘をくなよ。お前の顔は入学式で見てるんだよ」


(―あーそういえばそうだったぁあ。眠かったからあんまり記憶ないけど入学式でみんなの前に出ちゃってたんだよな。

  でも何となく関わると面倒くさそうなんだよなぁ。どうしようか、詐称続けようか打ち明かすべきか…‥)


 レイの刹那の思考では自己詐称を続ける方が面倒くさい結論に至る。


「ば、ばれてしまったかぁ!」


 いないいないばぁの要領でレイは大げさに両手を上げる。身体の動きとしては肩甲骨を寄せる運動である。

 我ながらバカっぽい演技をしてしまったな、と思うレイ。顔も少し赤くなっていたのを自分自身でも気が付いていた。


 しかし逆に金色の髪の生徒はその大根演技で、目の前にいるおちゃらけた少年が本当に学術首席なのか、疑念を抱く。


「あ?まあ、いい。俺は評価しているんだ。お前は第3クラスではあるが、そこのきたない髪色の男と違い、落ちこぼれではない」


「てめーも似たような髪色じゃねぇか!」


 カインは激昂して指差して言う。


「貴様の出来の悪い頭から生えてい汚物と俺の金色こんじきの髪を同列にしないでくれないか?あと、人を指差すな。あと、俺は今潤女うるめと話しているんだ。入ってくるな」


「注文が……」

 カインは何かを発しかけたがレイに制止される。


「あのーあまり僕の友達を揶揄からかわないでくれないかな?君は僕と話がしたいんだろう?」


 依然不機嫌な金色の髪の生徒。


「おい、お前も分を弁えろ。俺は腐ってもBクラスの人間だ。俺がお前と話したいのではなく、お前にわざわざ時間を割いて話をしてやっているんだ」


 「もう腐りきってんじゃねぇか」とカインは小さく呟く。


「そうなのかい?じゃあ話ってのはなんだい?」


 Bクラスの生徒は一度間を置く。カインと激突した乱心を鎮めているのだろう。

 一方のレイは平生そのものである。


潤女うるめ、第2クラスへ来い。お前はそんなところにいていい人間ではない」

「申し訳ないけど僕は魔法を扱えないんだ。だから辞退させてもらうよ」


 あまりにも早い返答、聞かれると分かっていたかのようであった。

 微塵も悩まなかったレイを、Bクラスの生徒は訝しく思う。


「それはまだ教育を受ける前の話だろう?第2クラスでは実技魔術の授業が多いし、水準、質も高い。

 今から受ければいずれ前線で活躍できる可能性だってある。もし無理だとしても、その頭脳があればお前の母国の中枢部でも十二分に活躍できる可能性を秘めている。

 しかしそのまま蒟蒻問答こんにゃくもんどうを続け、第3クラスに居続ければ貧しい庶民止まりだ。

 俺は才能あるやつはそれに相応しい環境で学ぶ、生きる権利があると思っている。そう、身分差関係なしに、だ。

 お前もそう思うだろう?だから来いよ」


 そう言ってBクラスの生徒はレイに向かって手を差し出す。

 しかしレイはその場を動かずに横に首を振る。


「ありがたい話だけど、僕は魔法を扱うのが苦手というわけではなくて、魔法を全く使えないんだよ。君たちに一つ訊くけど、君には僕の魔力を感じ取れたかい?」


 

 その時、Bクラスの生徒、その取り巻きも初めて気が付く。どうして最初からレイのことに気が付けていなかったか。

 学術首席は目の前に最初からいたのだ。確かに視界には入ってはいたが、それが記憶の中で人であったかどうかに確信を持てる生徒は、その屯の中にはいなかった。

 第3クラスの生徒のように保有魔力量が著しく小くても、魔力さえあれば(厳密に言えば魔子マースが循環していれば)その気配は感じ取ることができる。

 確かに世の中には自分の気配を消す方法、例えば忍術など、があるが到底第3クラスの人間が使いこなせる物ではない。

 しかしレイの魔力は誰も観測できなかった。


「そ、そんなバカな!魔力がない人間なんて!」


 その取り巻きの一人が叫ぶ。

 ちょっと黙ってろと抑えるBクラスの生徒。


「はぁ?魔力がないだと?おいおい『生命の魔力依存説セントラルドグマ』を知らないのか?」


 結局叫ばれた内容と同じじゃないか!とその場にいた全員が共通の感想を持った。


「もちろん知っているさ」

「お前は俺をバカにしているのか?」


 金色の髪の生徒の鎮めていた激情も沸々と沸騰を始める。


「していないさ。事実しか話していない。君が勝手に僕のことを過大評価して、そして勝手に裏切られて、それは僕の関するところではない話じゃないか」

「だから第2クラスに来いって言ってるんだ」

「だから魔法が使えないって言っているだろう?」

 

 レイは至って冷静であった。この言葉の投げ合いに一切の感情を含めていなかったのはカインを反面教師にしたからだ。

 その冷静さを見てBクラスの生徒、その取り巻きはやはり、目の前にいる少年が潤女うるめレイであると再確認できていた。

 その後もこの不毛な応酬は何周もし、とうとうBクラスの生徒の堪忍袋の尾が切れた。



「なら、何故…ああ!もういい!!うんざりだ!俺がこんなにもーー!!!!」


 Bクラスの生徒の魔子マースが大きくみだれる。雰囲気、というより空気そのものが変わり、取り巻きも少し動揺する。


 カインは若干の恐怖心を覚えた。さすがにBクラス。魔法公学校では上から数えて4番目のクラスである。保有魔力量は第3クラスのそれとは比類に及ばない。

 それでもレイは冷静を保ち続けていた。この毅然とした態度はBクラスの生徒とその取り巻きにも平静を与え、レイに対し僅かな畏怖を抱いた。


「失望したぞ潤女。やはりお前は第3クラスおちこぼれが相応しい。そうだよな、万人が使える魔法をお前は使えない、落ちこぼれどころか世界から見放されちまってるんだよ、お前は。そうやってその掃き溜めの中でどこまでも身を堕としていくがいい。帰るぞお前ら」


 そう言い残して取り巻きと共に立ち去る。レイには"見放された"という言葉が深く心に残った。


(―僕は世界に見放されてしまったのでしょうか?お日様かあさん




「最後のは迫力があったな…」


 最後のというのはBクラスの生徒の魔子マースが大きくみだれた時のことである。



 レイはうーんと伸びをして、


「さて僕らもずらかろうか。こんなに水浸しにしちゃったのがバレたらまた怒られるぞ」

「あ、ああ。そうだな」


 悪い少年二人は訓練場を沼に変えひっそり寮に帰って行く。




◇教室: 第3クラス四組


 


「あんたら朝、第2クラスの連中といざこざ起こしてたでしょ?」


 短髪で茶髪の少女が前の席から振り返って話しかける。伊那いな槭樹カエデである。


「なぜそれを?」


「見てたからだよ。朝、寮の屋上で魚焼いてたら訓練場の方で声がするから見てみたらちっこいの二人がわちゃわちゃしてるから、よく見たらあんたら二人だったってわけ」


 魚はおそらく学校に流れている川から獲ったものなのだろう。校則で禁止はされているが。

 ついでに寮の屋上も使用禁止である。

 というか寮から見えちゃってたのなら水浸しにしてしまったのもバレているのではと、レイは懸念する。


「で、魚食べながらあんたらの練習見てたら、なんかいきなり言い合いし始めて、炎魔法に襲われているわ、大量の水がいきなり出てくるわ、また何か言い合いしてるわ…あ、でも私は見てて楽しかったよ」


 ははは、と槭樹は笑う。


「笑い事じゃねぇよ。あいつら嫌なことばっか言ってきやがって。ちょっと生まれがいいからってなぁ。それにレイを第2クラスに引き込もうとしたんだぜ?」

「なに…愚痴?あんたはともかく潤女を引き込もうとするのは解るけど?でも、そんなことしていいの?」


 カインは少し癇に触ったが、事実なので何も言い返せない。


「親の権力だろどうせ。あいつら自分の力じゃ何もできねぇのに偉ぶりやがって…」

「カイン、暴走してるぞ〜」


 レイがカインの頭を冷やす。


「ん?ああ、すまん。ちょっと朝っぱらから気分損ねられてイライラしてたわ」


「うん!知ってる!あれからずっとおんなじ話聞かされたもの…」


 同じ話を何度も語られるのは精神に来るものがある。レイもその冗談染みた口調と裏腹に内心疲れていた。


「あんたも大変ね、こんなのが寮でも教室でも隣にいて」



 がらららら、と教室の扉が開く。海部内あまないが入ってきた。



「ほらー席につけ〜授業を始めるぞ。あと、そこの問題児二人組、授業後に話があるから残るように」


 やはりバレていたようだ。


「はーい…」

 弱々しい返事であった。




                

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