4.朝の特訓−1

◇屋外訓練場



 陽が登ってすぐの時間、空はまだ起きていないようでほのかに白く、雲も引き千切った綿あめのようである。

 

 眠気と活気を掻き雑ぜた少年二人は屋外訓練場で"特訓"をしていた。


 

「うおりゃ」


 カインは大袈裟な上段回し蹴りをするが、躱されてしまい体勢を崩し、尻餅をつく。

 カインの道着は砂埃ですっかり変色していた。



「よし、一旦休憩にしよう」

「ああ、そ、そうだな、」

 カインは息切れをしていた。


「はい、水」

 レイはカインに水筒を渡す。


「ああ、すまんな…………ぷはー生き返ったぁ!」

 

 もらった水をカインはごくごくと一気に飲み干した。

 手拭いで汗を拭き、それを顔に当てたままで話す。


「レイ、お前はいいのか剣術やらずに俺の練習に付き合ってて」

「うん。体術も身体の扱いとして剣術に通じるところもあるし、素振りならやってるし」

 

 レイはくうで素振りをする。


「そうか、悪いな。あとこの道着すごいな、本当にセルソンと同じような感覚だよ」

「うん。それにはセルソンより強力な基礎付与魔法妨害の魔法陣が織り込まれているからね。たぶん普段より身体が重く感じるんじゃないかな、僕にはよく解らないんだけど」


 実際には競技服とは全く別物の魔法陣で、着るだけでビハインドになるような代物であるので詳細には説明しない。


「確かに。選抜試験の時よりも疲れるし、少し身体が重いかも知れねぇ。ていうかレイ、本当に魔法陣描けたんだな」


 レイは昨日の出場祝のあと、作っていたのである。


「昨日も見せたじゃないか」

「はははは。いやー街で騙されて買わされたんだろうなって思ってた。目覚ましの魔法陣なんて聞いたことねぇもん」

「あれは魔子マースの動きを遅らせる陣文字と魔子経路を複雑化すると時間差で発動できる仕組みになってて…」


「へ、へー」


(―やっぱレイはとんでもない奴だ)

 ふとカインはそう再確認する。


「で、カインの立ち回りについてだけど」

「お、おう」

「まず最後の回し蹴り。予備動作が少し目立っちゃてたのと、次は大技繰り出すぞ感?もう来ることが見え見え」

「なんか師匠せんせいみたいだな」

「いいよ、そう呼んでくれても」

「ははは恥ずかしいわ」


 もう一度話題を戻し


「で、次に突っ込んでくる空中…」

 とぐだぐだ語ること5分。


「わぁああー、一度にこんな覚えられるか!俺はお前ほど物覚えよくねぇんだ!!」

「じゃあ、組み手しながら指南したほうがいいかな?」

「ああ、そうしてくれ。もう息も整ったし」


 二人は立ち上がり訓練場の中心へ向かう。


 そして数手合するがカインの上段回し蹴りは一向に当たらない。

 なぜここまで大技に拘るのかレイも不思議になってやまなくなってきた。


「来い!」


 今度はタタン、タタン、と先ほどまでとは違うステップを踏みながらレイに近づいていく。



 そしていきなり踏み込んで不意をとうとするがレイには通じない。

 カインはそのままレイの顔元を狙ったつつくようなジャブと足元を狙う蹴りを牽制で入れていく。


「ここだっ!」


 また上段回し蹴り試みる。がやはり躱される。


「おい、そんな、宣言したら…」

 

 そのレイの油断を衝いて余った回転を生かし、今度は後ろ回し蹴りに繋げようとするがフェイントで、素早く空中技を繰り出す。


 パシンッ!


 レイはその飛び蹴りを腕で受け流しカインの体勢を崩す。そのままカインの胸元を押すように掌底打ちをし、カインは後ろへ飛ばされ尻餅をつく。



「くっそぉ。決まったと思ったのによお」


 カインはクソっと地面を叩く。


「カイン、蹴りが弱いよ。貧弱だよ。これだと上段はいなされてお終いだよ」


 補給した水筒を渡しながらテンポよく言う。


「でもかっこいいじゃん」

「かっこよさだけじゃ勝てないよ。というかそんな貧弱な蹴り、かっこよくもないよ」

 

 容赦のないレイの言葉の応酬にカインは怯む。


「お前かわいい顔してるのに、意外と手厳しいこと言うのな」

「カインはちゃらちゃらしてるよね。雰囲気も顔も」

「顔がちゃらちゃらしてるってなんだよ」

「そんな顔だよ」


 すでに空にも青が澄み渡り、陽も登ってきている。


「授業始まる前に水浴びときたいし、次で終わりにしようか」

「ああ、そうだな」


 これで何度目か、訓練場の中心へ向かう。


「よし、来い」


 その時、レイたちを目掛けて何かが飛んでくる。


 二人はそれに気付き咄嗟に避ける。


「あっぶね」

 

 グシャッ


 その飛来物は地面に叩きつけられ、水風船のように破裂する。


 訓練場には腐りかけの果実が投げ込まれていた。

 学校にも生るハウリという果物だ。春先に実ができるのでこの時期では熟しすぎていて潰れやすくなっているだ。しかしその分甘みも増している。

 金欠の生徒はよく採って食べるらしい。


「なにするんだよ!」

 カインは訓練場の外に向かって叫ぶ。


 訓練場の外側に男子生徒が数人、たむろしてレイたちを見ていた。


 そのうちのカインより明るい金色の髪をした生徒が呆れたような口調で、

「なにって?こっちが聞きたいさ。何で朝っぱらからここを使っているんだ?」


「校内戦のための練習だわ、見て判るだろ!」


 その生徒は嘲謔する。


「おいおい、校内戦?君たちが?笑わせるな。校内戦はそんな戦いごっこで出場できるほど甘くはない。調子に乗るなよ、第3クラスおちこぼれが。落ちこぼれは落ちこぼれらしく寮の布団にうずくまってろ」


 他の男子生徒らもわらう。

 

「はっ!やってみねぇとわからねぇだろうが!」


「いや、判るさ。”火球ファム”!」


「は?」


 金髪の生徒は眼の前に半径50cm程度の火の玉が現れる。

 その火の玉は二人目掛けて、狼のように襲いかかる。



 ゴォオオオオ

 それは入学式の魔獣を彷彿させた。


「カイン!この魔法陣を使え!」


 カインは魔法陣の描かれた石板を投げ渡される。

 慌てて落としそうになるが、何とか掴み取り、遅いくる炎に向ける。


(―魔法陣って確か最初はそこそこ魔力流さなきゃ発動してくれなかっ!?)



 突然カインの持っていた石板から物凄い勢いの大量の水が、まるで滝のように空中に放出される。



 ズバアアアン!!!!


 

 訓練場を中心に大きな水溜まりができる。もちろんその水の大半は見物していた男子生徒にかかった。



「何すんだてめー!」


「それはこっちの台詞だわ!ボケ!いきなり魔法なんざ使いやがって!」


「いや、カインも流石にもう少し加減しようよ。こっちも濡れちゃったじゃないか」


「てかなんだよこの魔法陣。俺の魔力量だけじゃこんなに水は繰り出せないぞ。しかもこれ着てるのに」


「まあ、それはバッグって呼ばれる"閉鎖−開放の魔法陣"だからね。その魔法陣自体に元々水が固定魔子マースとして組み込まれてるから、そりゃ水創成とか、召喚とかの魔法陣として魔法陣活性魔力量を流そうとすればこうなるよね。魔法陣確認しなかったの?」


「普通の人間は魔法陣を見ただけじゃ何の魔法なのか理解できねぇんだよ!」


 そのやりとりを聞いて金色の髪の生徒があることに気が付く。



「ん?お前…学術首席の潤女うるめだな?」


 レイと金色の髪の少年は確かに目があった。

 しかし・・・


「いえ、人違いです…」


 レイはすぐに視線を逸した。


「…は?」


 カインと金色の生徒の声が揃った。

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