五. シャルル学長
◇魔法公学校 学長室
「おお、よく来たのぉ。まぁまぁ、そこに腰掛けておくれ」
学長はレイを認めると孫にでも会ったかのような喜びを、表情からも雰囲気からも醸し出していた。
校長机の前には赤いクッションの付いた三人くらい並んで座れそうな二つの長椅子が、ガラスのミニテーブルを挟むように平行になるように置いてあり、テーブルの上にはお茶が淹れられていた。
レイは長椅子のちょうど真ん中に座った。
「まず自己紹介をしようかのぉ。儂は魔法公学校校長
世界西部の方は名前、苗字(家名)の順でマジックコード表記(カタカナ)が多く、世界東部の方は苗字、名前の順で新古代文字表記(ひらがな)が多い。
これ魔術の普及の早さに由来している。
異能(魔術)が一番最初に栄えたのは世界東部にあったヨノクニではあるが、その後は世界西部ので魔術は重要視され、世界東部より先に発展した。
魔法学の分野には昔から理論魔法学という、魔法式(主に構築式と構造式のこと)を扱って魔法を理解するという分野があり、その分野では魔法文字(マジックコード)を使う。そのため先に魔術を発展させた世界西部ではマジックコード表記の名前や地名が増え、逆に世界東部では旧来から使われてきた新古代文字表記の名前や地名が多い。
しかし今では世界東部でも名前に関してはマジックコード表記で書く人の方が多い。レイも実際は「玲」という新古代表記ではあるが、普段、名前を書く時は「レイ」を使っている。カインも七里家は極東の国にある家ではあるが名前は「カイン」と、マジックコード表記である。
現在では新古代文字を苗字にも名前にも使っている家で有名なのはやはり零月家である。零月家とその分家は全員苗字も名前も新古代文字を用いている。
シャルルの場合は一目瞭然ではあるが蘿端が新古代文字でシャルルがマジックコード表記である。
その学長シャルルは見た目は80歳くらいで白髪の長い髪と長い髭。たしかにレイのことを見て話しているようだが、目は殆ど開いていなかった。しかしとても大らかに、レイを見るというより、見守りながら話しているようだなとレイは思った。
「本題と言ってもお主の場合は二つあるがのぉ。とりあえず学力試験のことから話すとしようか」
どちらかと言うと魔力系統の話を先にして欲しかった、と言うのがレイの本音である。
しかし自分より遥かに年上の人間と初めて話すのにワクワクしているので特段問題ではなかった。
「お主の成績は、9.7。儂が就任してからだと、お主が歴代学術最優秀者になるのぉ。とても素晴らしい成績だ。儂も最初は信じられなくて潤女くんの答案を熟読してしまったよ、はっはっは。お主はどうやら人とは全く違う過程を踏んで問題に答えていることが多かったように見えるのじゃが、お前さんはどこの出身なのかな?」
「はい。僕は森に住んでいました。所謂森人、ヴァルダーで、友達と暮らしていました。学術もその友達に教えてもらっていました」
シャルルは魔法学校準備校の名前が挙がると考えていたため少し不意を衝かれた。
「あ、ああ
「いえ、それは人によるんです。僕は元から人間だから森の外に出られるけど、僕の友達は人語は操れるけど人間ではなくて森の魔力から生まれた、謂わば
「ああ、お主らを襲ったと言うあの
「炎属性の魔法を行使しました。
「そうか・・・」
シャルルは一度顔を俯ける。
「やはり、お主があの魔獣のことを犬と呼ぶようにあれは元は普通の犬であったとさっき検証結果が出た」
「つまり、超自然魔法が行使された、ということでしょうか?」
レイも魔獣と対峙した時、はっきりとした確信はなかったがあの魔物は元はただの犬であったことに気が付いていた。
「学校もそう考えている。動物が何らかの拍子で魔獣化する現象はここ100年辺りで急増しているが、儂らも勿論結界を張って対策をしてきた。じゃからこの学校に魔獣が現れたのは割とショッキングな事件でのぉ」
動物の魔獣化。この世界で"異変"と呼ばれる現象の一つ。100年より前までの歴史には魔獣化という言葉は存在していなかった。
しかしその100年前くらいから森に入った者が行方不明になる事件が世界全体で漸次増加した。最初は森に棲む魔物の怒りに触れ、襲撃されたと考えられていたが、魔物の棲めない森でも起きるようになると最初に人々は森人を疑った。
そして森人を襲ったり森を焼いたりする森人騒動という事件が起きるようになった。
そして約70年前に世界西部最大の国、現在のシャレル・ト・ルエル
この事件はすぐに世界中に広まり動物を魔獣化させる実験が始まった。
自然発生的な魔獣化の原因はいまだに不明であるが、強制的な魔獣化は
特に超自然系統魔法の闇魔法、特に精神干渉魔法が有効で、それは魔獣を完全に制御できる。それによって人間の
これらもきっかけの一つとなり「倫理戦争」と称される、30年聖戦が勃発した。
「てことは、校内に魔獣化させた魔法師がいるということになりますよね?」
とレイは言ったが、すぐに
「すみません。踏み込みすぎました」
「別にいいんじゃよ。隠すつもりもは毛頭ない。それに事実として考えられる可能性は高いからのぉ。今度全校にも知らせるつもりだからのぉ」
聞こえない沈黙が部屋に充満する。
「まぁ、白ける話はここまでにして、そうじゃ!お主の答案で一つ確認しときたいことがあったのじゃ。入学試験で光源の魔法陣を描け、という問題があったじゃろう?あの魔法陣は偶々憶えていたのか?」
「いえ、光源の魔法陣は描いたことがありませんでした。そもそも魔法陣を描いたところで僕だけでは発動させられませんから」
「つ、つまりお主は魔法陣を魔導書など参考無しに描けるのか?」
「ええ、まぁ、はい。魔法式とかが求められれば描けますけど」
シャルルは思わず眼を大きく見開く。琥珀色の眼をしていた。
魔法陣は魔法陣を付随させない魔法より消費魔力を小さくさせることができたり、魔法陣を介さねば使えない複雑な魔法を使用することを可能にしたりさせる、一種の
魔法陣は
さらに陣記号は形状が複雑な曲線状のものが多い上に、たとえば、この記号の隣にこの記号は来てはいけない、この陣記号は一番外側に来てはいけないし連続で使用してはならない、など複雑な規則もある。
だからこの規則と文字を一体誰が発明し、魔導書に編纂したのかは不明であるが「人類最大の発明は魔法陣だ」と言われるのも万人が納得するところである。
だがその有用性は決して高いわけではない。魔力の消費量が抑えられるとはいうものの、その魔法陣を描くこと自体に相当な手間がかかるので戦闘には向いていない。兎に角、手間がかかってしまうのが欠点なのである。
したがってよく使われるのは、術者がその場にいなくても発動させることができる結界魔法、封印魔法、罠魔法、このくらいである。
「実はな、この学校は答案を魔法陣で自動で採点をする仕組みになっているのじゃが、採点中に一枚だけ答案が光出したらしくてのぉ、それがお主の答案だったわけじゃ。先生方も驚いてあおったぞ。試験問題の予想を的中させた生徒がいる、みたいにのぉ。まさか魔法陣が描けるとは」
「え?じゃあ逆に何を描けば良かったのですか?」
「ああいう問題はな、魔法式と構築式を
「そうだったのかぁ」
レイは少し恥ずかしさを覚えた。
そして一度淹れてあったお茶を一口飲む。
「ふぉっふぉっふぉ。実に面白い生徒だ。将来が本当に楽しみじゃ。儂も訊きたいことは聞けたから、今度はお前さんが気になっていることを儂が話す番じゃな。お主の魔力系統の話じゃ」
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