第7話 お母さんは、今……?

「楓さん」

「ん?なんだい?」

空使いのお話をしてもらって、今日はもう帰るか、ってなったとき。

男の子と女の子は先に部屋を出ていってる。

私も出ようとしてから立ち止まり、そのまま静かにドアを閉めた。

「ちょっと、聞きたいことがありまして」

少し笑って肩をすくめて見せると、楓さんは、微笑んだ。

「あの二人に聞かれたくないことだったりするかな?」

「えぇ、まぁ」

お茶を濁した私を見て、楓さんはゆっくりと反転し、夕日色に染まる窓ガラスに手を当てた。

「君のお母さん、未奈さんのことだね」

え、わかってたの?勇気を出して聞こうとしてたのに?

想定外のことに、コクンと頷くことしかできなかった。

「結論からいうと、僕らも、未奈さんがどこにいるかはわからない。探索のプロたちが必死で探してるのに……全く見つからないなんて大したものだよ。残念だけど、僕らにわかることはないんだ」

やっぱり、ここの人たちでも、わからないんだ……。

微かな希望が、胸のなかでほろほろ崩れていく。

お母さんとのつながりが増えたと思ったのに。

お母さんが「おでかけ」っていってたのはここのことかもしれないって思ったのに。

もう、流しきっていたはずの悲しさが溢れてくる。

鼻の奥が熱くなってきた。

やばい、泣きそうだ。

そう思った時。

「僕はね、小さいころ、未奈さんに助けてもらったことがあるんだよ」

ぽつりと、楓さんがいった。まだ私に背を向けていて、聞いてほしいと思っているのかさえ怪しかった。

「昔の話だよ。僕がまだ小学生だった時。母が病に倒れ、助けるには膨大なお金で手術をするほかなかったんだ。あいにくうちは貧乏で、一日一日を食いつないでいくだけでも大変だった。だからそんな金もなく、絶望していた時、家に怪しい男がやってきた。それで、父に問うんだ。妻の命と子供、どちらが大切か、って。」

その怪しい男って、まさか……?

「闇霧……?」

「そうさ、闇霧のやつらだよ。父は、母をこれ以上ないほど愛していた。だから僕らは見捨てられて、父の手元には大金がはいった。僕には一人、姉がいてね。その姉と一緒に闇霧の男に連れ去られた。皮肉なものさ、母が倒れた時は、お前たち二人が父さんの生きがいだって、嘆いてたのに」

本当に皮肉そうに、ふっと息だけで笑う楓さんは、やっぱりどこか悲しそうに見える。

「拘束されて、さぁ、いよいよココロを奪われるぞってときに「ちょっとなにやってるの!」って飛び込んできたのが未奈さんだよ。あのときはびっくりしたなぁ。なんせ、いかつい男の人三人ほどを、どこからか出した雲を駆使してあっという間に気絶させちゃうんだから。しかもよくみたら、僕らより少し年上の子供だったし。それで僕らはそらぞらに保護されて、復活した母とも再開した。父さんのことも少しずつ許せるようになって今は話せる状態にもなったんだ。僕は、未奈さんに恩返しがしたくて、今、ここで働いてるって訳なんだ。」

そうなんだ……ということしかできない。

楓さんとその家族を助けたのがお母さんだったんだ。

「今のは僕の例だけど、こういう流れでここにいる人はすごく多いんだ。なかでも未奈さんに助けてもらった人は、三十や四十じゃあ収まらないほどたくさんいる。そんなたくさんの人を助けていた人が、なんの理由もなしにいなくなると思うかい?」

「それは……そうだけど……」

お母さんがいなくなったのには何らかの理由がある。

今まで悲しさに打ちひしがれて、考えたことはあんまりなかったかもしれないな。

でもそれは、あくまでも推測。ほんとのお母さんの気持ちなんて、お母さんにしかわからない。

でも、そのお母さんが亡くなってたとしたら……その気持ちは、だれにも永遠にわからない。

そんなことになってほしくないよ。

でも、お母さんの思いも居場所も、手探り状態なんだから、私たちにはそんなことにならないよう願うことしかできない。

十年間以上感じてきた、無力感はそうそう、消えるものじゃない。

そんな私を見てか、楓さんが口を開いた。

「前言撤回かな。未奈さんについて、一つだけ、わかることがあるよ。未奈さんは、生きてる。」

「えっ………」

また一つ、胸のなかに小さい明かりが灯る。

「なんで、なんでわかるんですか……?」

その時、トントンとドアがたたかれて、女の子が顔を出す。

「ちょっところな、何やってるのよ。帰るんじゃなかったの!?いないことに気づいてびっくりしたわ!」

「ごめんごめん。彼女、落とし物しちゃったみたいでさ、探してたんだよ。でも、もう見つかったから大丈夫。ね、ころなちゃん?」

「そ、そうなの!心配かけちゃってごめん!」

「ふーん……?まぁいいわ。帰りましょ。こっちよ!」

女の子はあまり気にする様子もなく、部屋をでていく。

「あ、ありがとうございました!」

私も今度こそ、足早に部屋をでて、女の子を追いかける。

それにしても、なんで生きてるってわかるんだろう。

今日はタイミングを逃しちゃったけど、明日なら聞けるかな。

でも、明日は忙しいかもしれないし…やめとこうかな。

あ、でもやっぱり気になる……。

なんだろう。

聞きたいのに、聞きたくない。知りたいのに、知りたくない。

「……矛盾だぁ」

誰に、ともなくつぶやいたその言葉は、宙に埋もれて、消えていった。

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