第24話 救世主は、まさかの

「いやあ、ウサギやカニでこんなにも僕を愉快にさせてくれたのは君たちが初めてだったなぁ。それじゃ、まず礼を言わせてもらうね。ありがとう。」

言いながら、仲間割れした約300匹を超高速で消していく。

ありがとうって………。やっぱりあいつの考えてることはわからない。

でも。何が何でも勝ってやり、たいんだけど。

打つ手がもう、なさそう。

「でもね。もうそろそろあの人に恩を売っといた方がいい時間帯なんだよね。だから。」

悪い、予感がする。

この後に続くのは、きっと。

「君たちには死んでもらおうか。」

声が一オクターブ下がっている。

ふいにあいつのフードがパサっとめくれた。

長い前髪に隠れて片方の目しか見えないけど、威圧感はそれで充分だった。

色白の肌にうかんだ、唯一の赤色をした目。

私たちをとらえたように見えて、どこも見ていない様にも見える。

決意を固めたばっかりなのに、たじろいでしまう。

呼吸が荒い。

頭が痛い。

吐き気がする。

こいつを直視するだけでも精いっぱいだ。

「遊びすぎてしまったったからね、さっさと殺してしまおうか。頭をひねる必要もなさそうだしな。」

左手を前に出して右手でそれをたたいた瞬間、その手には大量の剣が握られていた。

それを瞬く間に360度に投げた!

間一髪、空中に飛んでよける。

「っつ!」

それでも足をかすめたみたいで足首から血がほとばしった。

ジンジン痛む足を引きずって元の定位置に着く。

心配するようなみんなの目から見て、けがをしたのは私一人なんだろう。

これがあいつの本気なんだ。

まだまだ序の口なんだろうけど、そのスピードについていけない。

悔しい。もっと私が優秀だったらみんなの足を引っ張らずに済むのに。

もっと私が強かったら。もっと私が、もっと私が……。

頭に浮かぶのはただひたすらにそれだけで、どうしようもないのに泣きたくなる。

目の奥が熱くなって、視界がぼんやりしてくる。

だけど。だけどっ!

「だめだよっ。」

自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

そうだよ、だめだ。私がここで泣いたって何にもならない。

むしろもっと迷惑をかけちゃうかな。

それに私は空使いだ。

ずっと前からこの紐をつないできた、空使いなんだ。

得意なこと。好きなこと。そんなものないよ。でも、私は空使いだからっ!!

こぼれるギリギリで涙をのみこんだ。

「でもねぇ、なんだかなぁ。傷ついている様子が見れないってのもざんねんだね……。よし、雲の子を最初に殺してしまおうか。」

「わかっているんだよ。これは君の雲隠れを使ってこうしてるんだよね。確か名前は、ころなだったかな。」

どこにいるかわかってないのに、こんなにもビシッと体を張り付けられたような感覚がするなんて。

やっぱりこいつ、ただものではないんだな。

「ころな、こんないいおもちゃをなくすなんて僕にも耐えがたいことなんだ。そこは分かっておいてね。それにしても、また結局僕の思い通りになっていくわけか。つまらないなぁ。」

「ころな、口を開いては駄目だっ!それは罠だっ!」

「うるさい。」

シュッと萩澤くんの近くに剣がとんでいく。

それをよけるために彼は木の上にとばなければいけなかった。

「知っているかい?月の模様は悪行の報いとして幽閉された男の姿にも、ワニやライオンの姿にも見えるんだ。変な事したらどうなるか、わかっているよね?ま、今回は雲の子の始末が第一。力の無駄使いをするつもりはないけど。」

口を開いたらいけないのはわかってる。だけどもう、無理だよ。

「はぁ?」

おなかのそこから湧き上がる怒りに、もう逆らえない。

これはきっと、私を怒らせて声をださせ、居場所を見つけるための罠。

でも罠でもいい。踊らされてもいい。私は死んだっていいから、今こいつにそのまましゃべらせておきたくない。

「おもちゃってなに?私たちはあなたのものじゃない。すべてがあなたの思い通り?なにをたわけたことをいってるの。じゃああなたの力でそらぞらをつぶしてみなさいよ。やればいいでしょう!?簡単なことなんでしょう!?」

前が涙でにじむ。ああ、結局泣いちゃうのか。

「できてないじゃない。それが。あなたには理解できないことがまだまだたくさんあるんだよ。絆とか、友情とか、大切なもの!あなたも同じ空使いなのにどうして!どうしてそんなむごいことばかりするの!?人の幸せをうばって何か楽しいの!?」

最後は涙声になっていた。

でも涙なんてどうでもいい。

ただあいつに分かってもらえないことだけが悔しかった。

「残念。君には失望したな。世の名はそんなきれいごとだらけではないんだよ。願ったって願ったってかなわない望みは、所詮望みでしかない。はやいとこ捨てた方が身のためだよ」

「え………」

今。

内容はむかついたけど、いつもの見下した声じゃなかった。

あいつの声色が悲しみを帯びていた気がしたんだけど、気のせい?

「ま、君には早いとこ死んでもらおうか。ついでにその紐も切っちゃおうね。」

そうだ。落ち着け、ころな。

こいつに感情なんてものはない。

ふーっと長く息を吐いて心を落ち着ける。

いけるよ、今なら。

私だって変わっていってるんだから!

最近はじめた早朝ランニングだって無駄じゃないはず!

きっと前をにらむも、あいつは余裕の笑みだ。そりゃそうか、あいつは私のコト、見えてないんだから。

その顔のまま、左手を前に出して右手でそれをたたいた瞬間、その手には大量の剣が握られていた。さっきと同じっ!

でも今度はさっきのはやさとは比にならないくらいのはやさで私の周辺にに投げてくる!

「っつ!」

やった、よけれたよ!

体力や体の使い方、こっそり教えてもらっててよかった!

思った瞬間。

「甘いね。」

シュッ

まっすぐに、私の心臓めがけて飛んでくる一本の剣。

こいつの狙いって、こっちなの!?

さっき高く飛びすぎて、まだ足は着いていない。

やばい、この空中じゃよけれない!

一寸の希望さえないこの状態に絶望したとき、世界がスローモーションになった。あいつの早すぎる攻撃でさえ遅くなってる。

そのまま、ぎゅっと目をつぶる。

走馬灯のようにいろいろなものが頭の中を駆け巡った。

だれかの、悲痛な叫び。私の名前を呼ぶ、お父さんの優しい声。ガラスの割れた音。まぶたを透ける、暖かい色の光。

そして。

「だめぇぇぇぇぇ!!」

ふうなの声。

「え!?」

なんでふうの声が!?

バッと目を開けると、ふうが私をかばうように手を広げ、ジャンプしていた。

「な、なんでこんなバカなことするの!?お願いやめてっ!」

その体を動かそうと抱きしめる。

このままじゃふう、死んじゃう!

犠牲になるのは私だけでいい!

と、私たちの前に淡い虹色の光が渦巻き始めて________

ガンッ

剣が……はじき飛ばされた!?

カランカラン……

金属の無機質な音が響く。

なんでかよくわからないけど。

「ころ、大丈夫!?って、やっぱりかすり傷だらけ!でも致命傷はないみたいだね!よし。」

全身点検を終えて、ふうはくるっとあいつに向き直る。

「あんたねぇ!危ないことしちゃだめでしょ!うちのころに手出した罪は重いよっ!どこの誰だか知らないけど、この私が許さないっ!」

……あいつに向けて勢いよくタンカ切っちゃったよ。

どこの誰だか知らなすぎだって!

「ほぉう。その子は死にたいみたいだね。いいよ、殺してあげる。」

あぁ、怒らせちゃってるじゃん!

にらみ合ってる二人。

ふうが、ふうなが殺されちゃうよ!私が助けなくちゃ!

「ふう、そこどいてっ」

「いや、どかない。」

伸ばした手を振り払われてショックだけど、気づいた。いつもと違う。

この瞳の色、本気で怒ったときのふうなだ。

生まれてこのかたずっと一緒にいる私でさえ、これまで2回しか見たことないのに。

ふう、意地でも動かない気だよっ!

どうしよう、ばれちゃいけないのが約束。

でも、約束のために、人を見殺しにするのは違う!

「あのね___」

意を決して口を開いたその時だった。

金色の葉包みが、落ちてくる。

いや、降りてくる、っていったほうが正しいのかな。

暗い森のうえから、空の上から、ゆっくりと、光をまとって降りてくる。

それがあいつの手の中にポトリと落ちて、あいつはそれを広げる。

少しだけ目を開いてため息をついて。

「……兄さん。姉さん。わかった。」

それだけ呟くと、あいつは下を向いて髪を握った。

「え、」

咎める間もなく、黒髪を引き抜いて、私たちの方へばらまいてる。

髪は、風もないのにその場にいる人全員の方へ飛んでいく。

もちろん私にも。

そうして_______私は意識を失った。

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