第19話 いやだ。
「じゃあ作戦は誰かを囮にして他のみんなが逃げるってことでいいかな。」
僕・倉畑渉はこれまでの議論の結果をまとめた。
ここは暗黒の森の、木々がより一層集まって陰になったところ。
作戦会議をするには、うってつけだろうと選んだこの場所は、半刻ほどたった今でも闇霧から派遣されたであろう、あいつにはまだ気づかれていない。
「そうね。悔しいけどそれが最善かしら。……ま、やるとしたら囮は私ね」
「それは違うだろ。囮はおれがやる」
「あのぉ、囮になるなら私がやった方がいいと思うよぉ?………」
口々にいうみんな。ヒシッと固まった僕の口からも、言葉かこぼれる。
「え、囮は僕がやろうと思っていたんだけど……」
いけない。これではだれが囮をやるかでもめてしまう。
そんなこと、考えてもみなかった。
この作戦を耳にした時から、囮役は自分だと勝手に結論を出していたのに。
「え、僕がやらなくちゃいけないと思うんだけど。囮だよ?捕まるかもしれないよ?」
「いや、お前は戦いに必要不可欠だろ」
「そ、それをいうならぁ私が一番出来損ないだしぃ」
「いや、あなた出来損ないなんかじゃないわ。日十って重要じゃない」
押し付け合いの、全く反対のことが行われていて、みんな優しいんだなと思った。
優しすぎるがゆえに友を見捨てることが、できないんだ。
誰かを犠牲にするならば自分が、と名乗り出るがそれは他の友達が許さない。
でもだ。こんなことばかりやっていてもきりがないじゃないか。
と、考えて気づく。
自分もそう思っているということに。
こんな人じゃなかったのにな。なんだかんだ、ぼくは変わっていってるのかもしれない。
それが合っている方なのか間違った方なのかわからないけど。そう思うと、こんな時なのに暖かいものが胸に広がっていた。
とはいえだ。簡単にここは譲れない。
だってここにいるのは僕を変えてくれている本人たちなのだから。
なんとか彼らを説得しようと、口を開きかけたその時だった。
「いや、だ。」
突如聞こえた、かすれた声。
声の主は、話し合いの輪から、外れたところに立っていた。
「ころな……?」
なぜだろうか。
声を出すのがつらい。自分の声が、なぜだか重い。
ころなは作戦会議を初めてからそうそう話についていけなくなり一度も意見をいっていなかったはずだ。
「いやだよ、そんなの。私、バカで、ダメで、みんなと同じようにできないけどさ。でも、でもいやだ。だれかを囮にするぐらいなら作戦を立てたりしなくたってくていいと思う。」
「だが事実上、」
「ジジツジョウなんて言葉、今いらない!それでほかのメンバーが助かったとしても、囮になったここのうちの誰かがそらぞらとかの記憶をなくして、みんなのこと、忘れちゃってもいいの!?残された子たちはそれで、すぐに切り替えられるの!?何も気にせずに次に進める!?」
「だけど全滅よりは、」
「第一!第一なんで逃げることしか考えてないの!?なんで戦うことを考えないの!?私たちはまだ未熟だから?相手が強すぎるから?どうせ勝てっこないから?そんなの、そんなのただの言い訳でしかない!」
本気の顔で、手を振りかぶって、必死に訴えている。胸を打たれたという言葉は、こういう時に使うのだろう。
ころなは一旦、目をとじて、乱れた息を整えた。
そしてもう一度開いた、その目の奥には、ぼくらが持っていない光がたしかに灯っていた。
「戦おうよ。一人なら倒せなくても、ここの五人ならやれるかもしれない。ううん、やるしかないんだよ。結局、逃げたって戦えるのは私たちしかいないんだもの。今、必要なのはお互いを、ここのみんなを信じることだと、思う。」
何も、言えない。
言えるわけがない。
ころなは、僕たちが気付かなかったところを見ている。
…いや、違う。僕らは気づいていた。心のどこかで。
でも怖くて、それを直視できていなかった。
分かっていた。知っていたけど、ころなはバカでもダメでもないんだ、ともう一度知る。
少なくとも普通の人なら受け止められないようなものをまっすぐに、こわいほどまっすぐに見つめ返す強さがある。
「………うん。僕たちが悪かった。そうだよね。なんのためにここまで頑張ってきたんだか。諦めるなんて僕たちらしくないよ。ピンチをなんとか対処するのが僕らの方法だ。」
さっきまでとは違って、気が楽になっている。
なにがどうなっていたのかわからない。
だけどころなが、何かとらわれていたものから助け出してくれたことはわかる。
それに、ころなは僕なんかでも必要としてくれているようだ。
自意識過剰かな、と思ったが、それはそれでいいと思えた。
「そうよね。私たちは『第71期生・空使い』なのだもの。」
「あぁ。あれだけうるさく指図しておいても、実は一番、責任感を背負っているのは、ころななのかもしれないな。」
「ありがとう、ころちゃん!あやうく自分にウソをつくとこだったよぉー。」
3人とも、彼女に感謝の様子だ。もちろん、僕も。
なのに、
「あ、ん、えっと?」
彼女自身が困惑中の様子。
きっと、怒るとか困るとかのリアクションを想像していたのだろう。
そしたらなんだか面白くなってきて、ふきだしてしまった。
それは他のみんなも同じだったみたいで。
あっという間に薄暗い森の片隅は笑い声でいっぱいになったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます