第13話 空使いの、仲間たちと
ここは、『そらぞら』メインホールから少し離れたところにある、渡り廊下。
いつものみんなを、楓さんが案内してくれてるんだ。
ここは初めて入るけど、直感的に落ち着くところだ、と思った。
メインホールとは打って変わって静かで、小鳥の鳴き声も聞こえた。
屋根と柱の隙間から太陽の光が入り込んできた光に目を細める。
五月のカラッと晴れた天気って、嘘がないようで好きだな。
左右を囲うヒメアオキっていう低木は、「スターダスト」っていう種類みたい。
スターダストは、星くずっていう意味なんだって、隣を歩く楓さんが教えてくれた。
そう考えると、そらぞらと関連して素敵じゃない?
そんなこんなを考えてるうちに、廊下を渡り切って、塔みたいなところに着いた。
「はい、ここだ。ここは育練塔っていって、空使いのための場所。いわば休憩スペース。そらぞらの務めを果たす代わりになればって思って用意してるから、好きにつかっていいよ。…じゃ、ぼくはこれで。」
「え……?」
私達、授業が終わってから楓さんに「ちょっとこっち来て」って言われて、ついていっただけなんだけど……?これで何をしろっていうの?
「とりあえず入ってみようか」
「……そうね」
育練塔は本当に塔みたいなところだった。木のドアを開けてみると、普通の玄関がある。
なんか普通の家っぽい?
左手に殺風景な部屋が、右手にダイニングキッチンがあって、その奥に大きな螺旋階段。
とりあえず、みんなで階段を登ってみることにした。
四周ぐらいしたな、と思った時、階段の途中に一つのドアがあった!
これまた木のドアに、「happy wethers to you」と彫り込まれてる。
それを柚ちゃんがスライドさせると、目の前に大きな部屋が広がった!
水色を基調とした部屋。高い天井は、「日・雲・雨・雪・風」のモチーフが使われた一枚の絵になっていて、白のペンキで塗られた窓わくと、それにはめ込まれたすりガラスが壁に何個も設置されている。
水色の椅子が一つ、木造の大きいソファーが一つある以外には腰を掛けるところはない。
その代わりに、床にはふかふかのカーペットが引いてあって、いたるところに散らばってるのは、カラフルなクッション。
柚ちゃんなんか、ぱぁっと走り出してクッションの山にダイブしてる!
「もっふもふぅ!たのしいー!ほらっ、みんなもはやくっ!」
え、ちょっと気が引ける………。
そんなことを思っていたら、私のそばを三つの影が通り過ぎた。つづいてボフっと三つの音。
倉畑くんに萩澤くん、えぇぇ!?美零ちゃんまで!
「ころなもおいでよ!」
そうやって笑いかけられて、なんだかくすぐったくなって、走り出す。
「えいっ」
ぼふっっ
勢いをつけて飛び込んだら、思ったより深かったクッションの山に、私の体がグングン沈みこんでいく。
あれ、ちょっとこれ、息できな、い……
必死に頭上のクッションをかき分けて、水面上ならぬクッション上に顔を出した!
「ぷはっ」
こ、呼吸困難で、し、死ぬかと思ったぁ。
深呼吸してまわりを見渡すと、かき分けたクッションの雪崩に巻き込まれて、床に投げ出されちゃってる四人。
あっちゃあ……またやっちゃった?
「えへへ……ごめんね……」
そういうと、美零ちゃんが立ち上がって、こっちに来た!
しまったぁ!怒られるっ!
ぎゅうと目をつぶると、頬になにか柔らかいものがあたった。
あれ、これクッション!?
美零ちゃんを見ると、ニヤッと笑ってる!うわぁ、やられた!
「もうっ!えいっ!」
私も美零ちゃんにクッションを投げかえす。
けれども運動神経がぶっちぎれてるわたしなんかに、コントロールなんてものはなくて。
「え!?」
近くに居た倉畑くんにクリーンヒットー。パチパチパチー……
「ころな、やったね!?」
ビュンと音を立てて、コントロール、スピード共に抜群のクッションが投げ返されてきた!
あんなのに当たっちゃったら、私、ひとたまりもないよ!
とっさに頭を押さえてしゃがむと、私の頭上を高々とこえていったクッションは、そのまま、反対側にいた萩澤くんにヒットする。
萩澤くんもニヤッと不敵に笑って、倉畑くんに投げたけど、それは真ん中にいた私に、丁度当たってしまった。
「ころちゃんの仇っ!」
柚ちゃんがさらにむちゃくちゃにクッションを投げまくったから大混乱。
手あたり次第、落ちているクッションを投げ合って。なんにも考えず、ただただ笑って、意味不明の「クッション投げ」を楽しんだんだ。
「あーーー」
「疲れたねぇ」
「ほんと。でもなんか楽しかったわ」
「こんな笑ったの久しぶり」
「私はこんな運動したのも久しぶりだよ」
少し日が暮れかかったころ、部屋の真ん中で寝そべる私たち。
だれからともなく倒れて、笑いあって、もうこんな時間になっちゃった。
そろそろ帰らなくっちゃ。
よいしょって起き上がったら、なにかがプチッと音を立てて切れて、髪が解放された。
「……あぁ、髪ゴム、切れちゃった」
「変わりのゴムはないのぉ?」
「うん。持ってないなー」
どうしよう。外は暑いからなるべく髪は上げておきたかったんだけど。
まぁ、しかたないか、と諦めようとしたとき。
「それだったら、空紐を髪ゴムの代わりにすればいいのよ。」
「え?」
美零さんが、なにを当たり前のコトで悩んでるのって顔で首をかしげる。
空紐をどうやって…?
「ほら」
そう言って、ごろんと一回転し、うつぶせになった美零さんの髪の根元には、白色の紐が巻き付けてあった。
「空紐、便利よ。髪をまとめようとしたら、すぐに巻き付いてくれるし、簡単にはとれないし。なにより常に携帯しておけるから、いざってときも役立つと思うわ」
なるほど!それは結構、便利かも!
そう思って自分の髪に手をのばすと、その前に、倉畑くんの手が私の髪に触れていた。
「……やっぱり。ころなっていい髪質してるね」
そのまま一束すくい取って、確認するように指をすべらせると、頷いた倉畑君。その距離が思っていたのより近くて、どきっと心臓が跳ねる。
「ちょっと騙されたと思って、ここ座って」
「……う、うん?」
さっきの水色の椅子に座らされると、いつの間にか持っていた櫛で、私の髪をといていく。
え、と思う暇もなく、問いかけられた。
「ころなの学校の、髪型に関する規則、教えて。」
「んー?そんなのあったけ……?」
いちいち規則なんて覚えてないよ?
「日中日学校中等部校則、第二章・生活面について。第三十七条、髪型は自由とする。ただし、女子は体育の時は髪をまとめ、肩にかからないようにすること。」
美零さん!?転校してきたばかりで、日中日の校則を暗記してるの!?
っていうか、そんなのどこに載ってるの!?
「まぁ、基本的に何でもいい、自由ってことね」
肩をすくめて、まんざらでもないって感じにいう。
すごいことだと思うんだけど………
「わかった。じゃあちょっと好きなようにやらせてもらうね。空紐預かる。…あ、動かないで」
「え?」
好きなようにやらせてもらうって、何?どゆこと?
すると、倉畑くんが私の髪を手ぐしでとき始めた!?
その後、髪を分けていって、編み始める。
もしかして、ヘアアレンジしてくれてるの!?男の子が!?
驚きすぎて声も出ない私。でも、どこか手慣れてる動作に少しづつ安心していった。
私の周りをクルクル回る手に、みんな注目して、目を見張ったりなにかつぶやいたりしているのを、横目に見ながら、私はじっとしているほかない。
ずーっと座っているのがつらくなって、ちょっとだけ横を向くと「動かないでっていったでしょ」って、頭を元の位置に戻された。
うー、首が痛くなってきた……
邪念を追い払うため、目をつぶって、倉畑くんの手と髪の感覚に集中する。
くすぐったいような、変な気持ち。そういえば、昔はよく、ふうながわたしの髪をいじってたっけ。今はもう、そんなことはしてないけど、なんだか懐かしい……
「はい、完成」
肩をポンとたたかれて、現実に戻ってくる。
どうなってるのかもわからないまま、椅子から立ち上がると、女子二人がわぁっと声をあげた。
可愛いとかすごいとか、なんやらかんやら言われたけど、自分がどうなってるのかわからないんだもん、「そうなの?」っていうことしかできない。
「もう、仕方ないわね」
美零さんが空紐で氷の塊をだして、それを撫でて、一瞬で鏡みたいにピカピカにしてくれる。
そこに映った人を見て、思わず、
「これ、だれ?」
っていっちゃった。
みんなに笑われたけどっ笑われちゃったけどっ、でも、無理はないって!!
私がやってたのは、無造作に一つにまとめるだけ。
でも今は、サイドがふわふわした三つ編みみたいなものになって、おろされた髪を囲うように空紐で結ばれてて、なんかいつも鏡で見る私と違うんだけど……?
「倉畑くん、ありがとう。これすごい……何でこんなことできちゃうの……?」
そこらへんにいるオシャレな女子より、よっぽどすごいって……
「ぼくの家、美容室なんだよね。おばさんとおじさんの仕事を小さい時から見てて、今はシャンプーとかヘアアレンジとかは手伝ってるから、こういうの得意。」
「美容室…」
髪を切るときは、おばあ様の専属の人が切ってくれるから、美容室には行ったことないけど、こんなすごい人たちがいるんだね。
「あ、あとその髪型、空紐に覚えさせたから、髪に当てたら、それをやってくれるよ。気に入らなかったら外すけど……」
「な、気に入らないなんてとんでもない!!すごいから!嬉しいから!」
むしろ、そこまでしてもらって、気に入らない人なんているの!?
「そっか、よかった」
そうやってはにかむ倉畑くんが、ほんとに幸せそうで、私まで笑顔になる。
「あ、それと」
彼はふと思いついたように、私の顔に手を伸ばす。
「えっ」
胸がキュッと縮んで、思わず目をぎゅっと閉じた。
耳から、かすかな重みがなくなる。
「倉畑、くん?」
まぶたを開けると、倉畑君の手に、私のかけていた茶色のメガネがあった。
「これ、本物?度って入ってる?」
「伊達、だけど」
「やっぱり?じゃあ外してみない?伊達メガネかけるなんて、もったいないって。今の方が可愛いよ」
倉畑君が、また笑う。その笑顔にドキッと心臓が跳ねる。
今度のドキドキはなかなか収まってくれなくて、なんだか倉畑君の顔さえまともに見れなくなる。
ほんと、なんだこれ。どうすればいいんだろう。
「えっと、外して、みようかな。あり、がとう」
カタコトのロボットみたいな言い方になっちゃったけど、一応お礼は言えた!!
もう、なんだか、これが精いっぱいだよ。
「そろそろ帰るか?」
ちょっと外れたところで、ニヤニヤしてるのは萩澤くん。
そういえば途中から女子しか盛り上がれない話になってたっけ!?
「蓮斗、悪い!一人にしちゃって!」
「いや、渉が謝ることじゃないだろ。それにお前の意外な一面も知れたし?」
「え、うちが美容室なことは蓮斗には言ってたと思うけど。」
「いや、そーじゃねーって……渉って鈍感なのか……」
なにやら男子もすっごくなかよくなってるみたい。
よくわからないけど、いいことだ!!
「ころちゃん!美零ちゃん!帰ろー!」
後ろから柚加ちゃんに抱きつかれて、バランスを崩してしりもちをつく。
その元気はいったいどこから来るの……
「まったく……大丈夫?」
「あはは……」
美零さんが助け起こしてくれた。
それにしても私たち、今日でだいぶ距離が縮まった気がする!
もしかしたら、この育練塔には魔法がかかってるのかも……!?
……なんちゃって。
でも、本当にそうだったら楽しいな、って思う私がいるのでした。
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