第9話 七月さんは暴走ガール?

前と同じように周りがスローモーションになっていく。

私が倒れるのも、もちろんスローモーション。

90度ひっくり返っていく視界の中で、二人がやばいって顔で静止した景色からそらぞらの景色に変わるのを、私はただどうしようもなく見ていた。

ドテッ

「いったぁ!」

気づけば『そらぞら』の大ホール。

硬い大理石の床に顔と体を打ち付けた痛みはやったことのある人にしかわからないと思う。

転ぶならコンクリートのほうが痛くなかったんじゃないかなぁ。

せめてもうちょっと早く転べばよかった?それにしても…いったーい。

泣きそうになりながら起き上がろうとした、その時。

「あーー!コケたの!?痛い??大丈夫、大丈夫!?」

元気な女の子の声がした。

「お医者さん!はいないし。救急車!も来れないし。どうしたらいいのっ!」

「えっあっ、救急車とかそんな大袈裟なものじゃないので大丈夫ですっ!」

「えっと!うんと!ねぇねぇ!ここってお医者さんみたいな人いるんだっけ!?」

…………聞こえてないみたい。

暴走してるけど一応心配してくれてそうな女の子を前に、私は一緒にアワアワしてしまって制すことができない。

もう、何なの!落ち着いてーー!

「あれ?ころなちゃんと……そうだ。七月さんだよね。どうかした?」

バッと顔を上げると、やっぱり。

救世主といえるであろう、楓さんが立っていた。

「………えっと、あの、この子、誰ですか?」

「あぁ。七月さんだと思うよ。七月柚加さん。君と同じ空使い練習生で、確か「日」だったよな」

あ、この子も空使いなの。少しだけ、親近感。

よおし。それなら話しかけて仲良くなっちゃおう。

「えーと。な、七月さぁん、あの、落ち着いて?」

私の勇気を振り絞った言葉が伝わったのか、「七月さん」はピタッと動きを止めた。

き、聞こえたのかなっ?

「七月、さん?」

うつむいている顔を覗き込むと……。

「すぴぃ…………」

「……………」

寝てました。

いや、どう考えだって展開、急すぎるでしょ。いきなりどういうことよ。

「………楓さん。これはどうしたら…?」

「うん。僕もとっても戸惑っているところ」

いや、それ笑顔で言うセリフじゃないから。

私、いつもはこんなつっこむタイプじゃないのになぁ。

とりあえず「救護室」というところのベッドに七月さんを運んでって、ついでに私の転んだキズも手当てしてもらった。

「終わったよ。これで大丈夫」

そう言われて、やっと気が抜けた。

な、なんか忙しかった。よくわかんない間にすごい疲れちゃったよ。

「あ、そうだ。僕ね、一つ気になってることがあるんだ」

気になってる……コト?

「あの二人と一緒に来るんじゃなかった?君、何で一人なの?」

…………あ。

ドタバタでかんっぜんに忘れてた。時計を見ると、十一時過ぎ。

あの時からゆうに一時間はたってるよ!

「えと、あの、私がドジやっちゃって、で、二人は今……」

「そらぞらに来れていないのかな?」

「簡単にいうと、まぁ、そうです……」

ゴニョゴニョと後を濁す。うぅ……ごめんなさい。

「え、ええと、ちなみにそらぞらに来るのは思い玉しか手段は………」

「うん。ないね。秘密厳守法に基づいて」

うわぁ………

私のミスで置いてきちゃって、さらにそれも忘れてたなんて。

どうしよう……こんなの二人に絶対怒られるよ。 

さぁぁっと青ざめる私をニコニコしながら見ていた楓さんが、思い玉を取り出して念を込める。何をしてるんだろう?私は思い玉にくぎ付けになる。キラキラゆらゆら揺らめいて、なんて綺麗なの………。

そんなことを考えていたら、いきなり二人の姿が映って大きな声が耳に飛び込んできた!

「「だから!なんで置いてっちゃうの!しかもその後連絡してこないってどういうこと!(なんだ!)」」

そらぞらの救護室に響き渡る怒声。

「反省してます!すいません!ごめんなさいーーーーー!」

私はただひたすら平謝り。

『だって』なんて言えるわけがないから私は心も体も小さくなる。

「はいはい、終了。わざとじゃないんだから」

「楓!私達は一時間以上待たされて、しかもとてつもなく心配をしてたの!これくらい許されるんじゃなくて?」

女の子の毒舌がすごい。

「う〜ん、そうかぁ。でもころなちゃんもこんなに謝ってるんだからいいじゃない。それにそろそろ第一回目空使い授業の始まりだよー?」

「………………」

二人は何も言えない様子。

「わかったわよ」

「しょうがねぇなぁ」

お説教を中断してしぶしぶ立ち上がってくれたっ!

やぁっと開放ーー!

その場で大きく伸びをする。

くぅぅっ!気もちーい!

「おい、何やってんだ。絶対反省してねーだろ。ったく……行くぞ」

「あっ!待って!」

いつの間にか楓さんの出した思い玉を通じてこちらの世界に来た二人に急かされて慌ただしく席を立った。

急いで走って二人の横に並ぶ。

「ねぇ、具体的に授業って何すんの?」

「何って…空紐を使いこなすための特訓とかそれのための知識を教えてもらったり、とか?」

………なんか明らかに難しそうな気がする。

「でも今日は初日だし自己紹介とか空紐の基本的な使い方とかだから気負わなくて大丈夫だよー」

「…………はい。」

考えてたことをバッチリ楓さんに見透かされた。

「自己紹介っていっても、ころなちゃんが初対面なのはあと一人だしさ」

あ、そうかぁ。うんうん。七月さんはさっき会ったしぜんぜん大丈夫ー。

……………って。

私、二人の名前覚えてない、かも。

だって自己紹介してたとき、正直言って聞いてなかったもん。

ま、まぁバレずにそのまま…なぁんて思ってたけど。

「………あなた、もしかして私達の名前知らないとか?」

ぎくっ

「まさか、いくらなんでも。でも確かにおれ達、名字でも名前でも呼ばれたことないな」

ぎくぎくぎくっ

「う、うんうん、おぼえてるよっ?だ、大丈夫!」

「ふーん?じゃ、呼んでみてよ。私の名前。」

「………すいません。嘘つきました。覚えてないです………」

「「やっぱり…………。」」

このあと二人に地球の反対側にも届いちゃいそうなため息をつかれたことは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る