第1話 天は二物どころか、一物もくれなかった

ゴン!

「痛いっ!………ん?ん、ん〜またあの夢かぁ〜」

ベットから落ちた私はそのまま大きく伸びをした。

うーん、我ながら寝相の悪いこと。

床と頭を思いっきり打ち付けちゃったぁー………。

いつもよりぼんやりしている頭を軽くさすりながら、「ふあぁ」とあくびをする。

あぁ、眠い………目が、あかない……。

………もう一回寝ちゃおっかな。

のそのそとベットの楽園へ戻ろうとすると、優しい朝日が顔にあたった。

あったかーい。これはこれできもちいーい。

そのままボーっとしてると、なにやら騒がしい音が耳に流れ込んできた。

昼間だったら落ち着いて聞こえる葉のこすれ合いや小鳥のさえずりでさえ、せかしているように感じる。

どこかで子供を起こす母親の声もする。

うんうん、そろそろ起きなさーい。

なんてほのぼのしていたら、ある事に気がついた。

「あ!!私も起きなきゃだった!!」

時計は………え、まさかの7時半!?

アラームなってないのにっ!ちゃんとかけたはずなのにーっ!

わーん、二度寝ができないようっ!

いや、このままじゃ二度寝どころか遅刻しちゃう。朝の支度、しなくっちゃ!

まだ寝ぼけ半分の頭のまま、階段を下りて、顔を洗って、髪を低い位置で束ねて、もう一回階段をかけ上って、制服を着る。

部屋にある大きな姿見鏡でおかしなところがないかチェック。

よし。準備完了。

っていけない。忘れるとこだった。

棚に置いてある茶色のメガネをかけた。耳に感じるかすかな重みが安心感をくれる。へへ、あんまり視力は悪くないんだけどね。

クラスで目立たないようにするには必須アイテムなのです。

私、夏野ころなはそこらへんにいるような至ってフツーの中学一年生。

いや、普通じゃないかな?そうだね。違うかも。

だって私は「不良品人間」だもん!

この間、先生が「天はニブツを与えず」って言ってたけどさ。ニブツって「二物」って書いて、二個の物って意味なんでしょ?

だからさ、神様も間違えることなんてあるんだねって思ったの。

だって私、二物どころか一物もないもん。

個性なし!趣味もなし!取り柄なし!

ついでに言うと、中一の勉強についていける脳みそもなし!

万能な運動神経もなーし!

ほらね?不良品でしょ?

あ、でもすごく困ってる訳じゃない。だってこうやって、普通に生きていけるもん。

強いて言うなら、自己紹介の時に何も言うことがないのに困るくらいかな。

……私がこんなだから、お母さん出て行っちゃったのかなぁ。

ふと、今日の夢を思い出す。

さっきの夢は私自身の記憶でお母さんが出ていっちゃった時のもの。

あれから、お母さんがどこに行ったのかわからない。あの後、警察もまきこんで必死になって探したけど、あれから十数年間見つかっていない。

それからまもなくして、お父さんも亡くなったんだ。

でも、実をいうとお父さんの亡くなった時の記憶はないんだよね。お葬式だってやったんだろうけど覚えてない。

ただ一つ、お父さんがいないと理解したときの喪失感だけ、覚えてる。

寂しいとか悲しいとかそんな思いすらなくて、胸に穴がぽっかり空いて、すべての気持ちが流れ出てったみたいだった。

風が通るようなそんな感覚に涙さえ出なかった。

お金持ちの「おばあさま」の家政婦さんもしょっちゅう来て家のことをやってくれるし、別に何も困ったことも無いし、もうずいぶん慣れたけど。

影響といえば少しだけ、ほんの少しだけ寂しくなることがあるだけだと思う。

夢にも出てきた、お母さんに私達が託されたあの箱。

お母さんを見つける唯一の手がかりでもある箱は、今も、大きな勉強机の引き出しにきちんとしまってあるんだけどね。

実はあの箱の中身は、太めのキレイな紐がポツンとひとつだけなんだ。

いや、あのね、お母さんが変人なわけじゃないんだよ!?

お母さんはおっとりしてて優しくて、でもいざというときはすごい頼りになる人だったの。だからあの紐も何か意味があるものなのかもしれない、と勝手に思うことにしてる。

と、誰かが階段を駆け上がってくる音が家中に響く。

ドンドンドンドン バタン!ダン!  

「ころっ!おそい!朝ごはんできたから食べよっ!」

「ふう……朝から元気だね………」

私の部屋のドアを開け放して思いっきり壊した犯人は、一卵性の双子の妹・夏野ふうな。そっくりの顔とは裏腹に私とは正反対の性格なの。

元気で明るくってハキハキしてて人気者。

成績もすごく良くて、なんていったか、何とかの星とも言われているそうで。

私の、自慢の妹なんだ。

「ほらっ!なーにボーッとしてんの!いくよー!」

壊れたドアなんて気にせずに私の手を引っ張っていく、ふう。

学校から帰ってきたらドア、直さなきゃな………

朝ごはんを、「食べる」というより体に入れて、カバンをもって家を出た。

ふうに引きずられるように、家からまっすぐに伸びる下り道を小走りで降りていく。

向かい風が気持ちいい。もう、夏の匂いがするんだ。


このときはぜんっぜんわかってなかった。

今日の登校が私の人生を180度変えるスタートになるということを。

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