第4話 居場所
「今のところ貘にはなってないの?。」
「一応ね。」
昼休み、彼女は空いた僕の前の席に座り話しかけてきた。
彼女と出会ってから一週間とちょっと。
彼女の作戦の効果があったのか、最近は貘になっていない。
「やはり、私のおかげね。」
「そうかもね。」
否定はできない。
「でも未だに自分の存在意義とやらは見つからないけど。」
「そっかぁ。ていうか思ったんだけど、存在意義どうとか生きる意味だとかいる?」
生きる意味。
自由人の彼女からしたら大したことないのかもしれない。
でもなくてはならないと思う。
少なくとも僕にはなくてはならない。
人間は理由なしに物事を考えるのは難しいから。
生きていく理由がなくては生きていけない。
生きる理由がないから生に対してやる気を得られずそれでも廃人になるわけにはいかないのでやむを得ず他者のやる気や希望を食ってしまった。
「ただ好きなことやものがあってそれができたら十分じゃない?」
頬杖をつきながら窓の外をつまらなさそうに眺めている。
「君からしたらそうなのかもね。」
そんなに単純じゃない。
好きなことを好きという気持ちだけ求められるのは小学生までだ。
下手をしたら小学生でも難しいことかもしれない。
でもそれができたらどんなに幸せだろうか。
好きなことを好きなように言って好きなように振る舞う彼女はどんなに幸せだろうか。
「よう、夕。」
急に会話に割り込むように話しかけてきた。
「おう。」
石崎充だ。
剣道部の主将。
クラスではムードメーカー。
陽キャグループでも中心にあることが多い。
そういえば話すのは久しぶりだ。
「森さんもおっす。」
「おっすぅ。」
彼女からしてみればほぼ初対面のはずだけど、相変わらず愛想がいい。
いい意味でも悪い意味でも人目をはばからない。
「よく名前知ってるね。」
「そりゃうちのクラスで付き合ってるって噂になってるからね。」
いつの間に?
最近森さんと話すことが多くて完全にその手の情報に疎くなっていた。
「全然違うよ。」
「本当か〜?」
またどこかで聞いたことのあるテンプレだ。
「森さんはどうなのよ。」
「私からも否定させてもらうよ。まあ、強いて言うなら秘密の相談相手って感じかな。」
彼女がいたずらっぽく笑う。
本当に面倒だから誤解を生むような言い方をしないで欲しい。
「ふーん。ただならぬ関係ってことはわかったよ。」
充もニンマリ笑う。
だから言わんこっちゃない。
「で、どうしたの急に?」
「本当に急なんだけど今日カラオケ行かね?」
察するに人数が足りないからだろう。
僕がこれまでお呼ばれしたのはほとんどないし。
「森さんもどう?」
「私は行かない。」
彼女は全くオブラートに包まずキッパリ言った。
「そう言わず行こうよ。用事でもあるの?」
彼女が帰宅部だと知って言ったのかはわからないがしつこいと思った。
「行きたくないから行かない。」
充の言葉を一刀両断する。
本当に彼女は好きなものは好き嫌いなものは嫌いだと言うような人なんだと改めて思った。
「貘君だけでも行きなよ。」
この気まずい空気でこっちに振らないで欲しかった。
「貘?」
「ごめん、それ僕のこと。」
人前でこの呼び方はやめてほしい。
当の本人はまた窓の外をつまらなさそうに眺めている。
「おけおけ。それで夕はいくよな。」
以前だったら自分のクラスでの立ち位置を守るために引き受けただろう。
でも何故か今回は違った。
「ごめん、僕も辞めとくわ。」
充の顔が明らかに不満そうに歪んだのがわかった。
が、どうでもいい。
「つれないなー。久しぶりに話そうって思ったのに。」
充は愛想笑いを浮かべながらグループへ戻っていった。
これまで陽キャグループの奴らがほとんど僕に話しかけてこなかったのは知っていた。
彼らにとっては僕はいてもいなくてもよかったのだろう。
そんなことを思っている間に5時間目のチャイムがなった。
「席に戻らなくていいの?」
と言いながら彼女の方を見ると彼女は目を見開き口をぽかーっと開けていた。
心底驚いているようだった。
「あ、うん。」
彼女は我に帰ったように席に戻っていく。
どうしたのだろうか。
7時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り僕はいつもと変わらず自転車置き場で彼女を待った。
彼女の方もいつも通り少し遅れてやってきた。
珍しく真剣な顔つきだ。
考え事でもしているのだろうか。
「よっ。」
彼女が手を上げてくる。
「おう。」
そう言うと彼女はまた顎に手を当て何か真剣に考え事をし始めた
会話は基本的に彼女のペースだから話始めるまで待つしかない。
ひとまず僕は自転車を押して校門へ向かった。
それにしても本当に彼女が話しかけてこないのは珍しい。
逆に調子狂う。
と思っていると彼女は徐に口を開いた。
「なんで行かなかったの?」
と彼女が指差す先には充の居るグループがいた。
部活が休みなのだろう。
なんだかんだ人数は集まったらしい。
「なんでだろうね。」
自分でもはっきりとした理由はない。
「いつもの君ならいくんところじゃないの。自分を卑下してる君は友達との関係を守ろうとするんだと思ってた。」
確かに森さんと出会う前はそうだったのかもしれない。
自分の存在意義を失った僕は充実してる奴らの周りにくっついて自分も楽しんでいるフリをしていた。
そうじゃないと学校生活がやっていけなかった。
人に合わせて遜って。
そのかわり満足感をもらって。
「でも関わるなって言ったの君でしょ。」
「そうだけど…。君にとってそこまで死守するものだと思わなかった。」
「別に死守したわけじゃないよ。ただ…。」
ただ彼女と居る方が気が楽だから。
あのグループにいると確かに楽しい。
みんなでワイワイ盛り上がって自分が青春を送れているような気がする。
でもどこかで自分を俯瞰してた。
自分がこのグループで必須ではないこと。
周りの奴らに気を遣って関係が崩れないように合わせてること。
自分のこの充実が偽物だと。
でも、彼女と関わる時は気を抜けた。
彼女がこんな性格だからかもしれない。
普通の奴は嫌いな奴がいても直接嫌いなんて言わない。
影からヒソヒソと言う。
だから、さりげなく距離を置かれる。
集団なら尚更だ。
自分の気づかないうちに輪の外に立たされている。
嫌われるのが怖い。
僕は自分の居場所を自分で選んでるよう思っていた。
でも実はあのグループじゃないと自分の立場を獲得できなくて、だからそれを失うのが怖くて逃げれなくて半ば強制的にあそこにいたのかもしれない。
彼女は違うと少なくとも僕は思っている。
自分の意見を隠さず直接言ってくれる。
ヘタレだと言ってもちゃんとそばにいてくれる。
気づかないうちに離れていったりしない。
「君と一緒に帰りたかったから。」
もしかしたら友達が彼女に友達がいないのがわかってて、彼女にとって唯一の友達が自分しかいないことに安心しているのかもしれない。
彼女の支えは自分だけで、代わりがきかないと思っているのかもしれない。
そんな傲慢で愚かな考えかもしれない。
でもそれでも彼女の横に自分の居場所があると思える。
「何言ってんの?」
彼女はひどく狼狽えているようだ。
「だから。君と一緒に居たかった。」
彼女といると本当に単純になる。
自分の言いたいことを自然にいえてしまう。
彼女の影響だろう。
「ほほーん。君もでかい口を叩くようになったじゃないか。」
彼女はさっきの虚を突かれたような態度から一変してニヤニヤ顔でこちらを見ている。
ここまで言って気がついた。
自分がどれだけ痛い存在なのか。
最悪だ。
「そんなに顔を赤くしなくてもいいんだぞ〜。」
思わず目を晒す。
やってしまった。
当分はこれでいじられることだろう。
でもそう言う彼女の頬もほのかに赤みがかっていた。
「許してください。」
「『君と一緒に居たいから』だってぇ〜。」
彼女は大笑いしている。
僕はもっと縮こまった。
穴があったら入りたい。
今日の下校も変わらず彼女の笑い声だけが大袈裟に響いているような気がした。
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