第3話 理想の星

 昨日別れた曲がり角で彼女を待った。

 約束を破ってやろうかとも思ったがそこまでの度胸もなかった。

 約束の時間から少し遅れて彼女は現れた。

 こちらへ楽しそうな笑みを浮かべながら歩いてくる。

 少しは急ぐ素振りを見せて欲しいのだが。

 

 「おはよう貘君。」


 「いや、僕の名前は石見夕だ。」

 

 朝から失礼な奴だ。


 「いいじゃん、そっちの方がわかりやすいし。」


 何を言っても馬の耳に念仏だと悟った。


 「はぁ…。好きにすれば?」


 「好きにしまーす!」


 彼女は陽気に言う。

 呆れを込めて言ったつもりだったが、届いていないようだ。

 学校に向かって歩き始めた。

 彼女と別れた曲がり角は学校からさほど遠くない。

 かかって五分程度だ。


 「ところで貘はなんとかなった?」


 「そんなすぐ言われても。貘になるのは月に2から3回くらいだから。」


 「と言うことは今日から8月3日まで貘が出てこなければミッションコンプリートってことだね。」


 「単純に考えたらね。」


 喋る姿は表情豊かでとても明るい。

 僕に比べれば何倍も愛嬌があると思う。

 友達がいないのが不思議だ。


 「そうよね。貘君みたいなヘタレを教育するのは単純なことではないわ。まさに言うは易し行うは難しだね。」


 前言撤回。

 原因はすぐそこにあった。


 「早速聞くけど君が貘になった要因ってテニスのこと?」


 相変わらず人のプライベートにズカズカ入ってくるな。


 「まぁ、そんなとこかな。」


 「そんなとこじゃわかんないよ。もっと詳しく話してよ。」


 詰め寄ってくる。


 「昨日今日会った人にそんな話簡単でできるわけないだろ。」


 「そんなものかなー。」


 不思議そうな顔をして言った。

 この子は人の気持ちを理解しなさすぎる。

 好きなことを好きなように言う。

 自由奔放がぴったりだ。


 「怪我でテニスをやめたって言うのは本当?」


 「意外に知ってるんだな。」


 「君有名だったからね。期待の一年生エース。」


 期待か。

 期待という言葉が僕は嫌いだ。

 勝手に人に期待するなんてとても無責任だと思うから。


 「ならもうわかりきったことだろ。怪我でテニスが出来なくてアイデンティティクライシスになっちゃったんだよ。多分。」


 「そんな単純かなー。」


 彼女はあまり納得のいかない顔つきだった。

 そうこうしているうちに僕らは学校に着いた。

 学校では彼女からのしつこい忠告のためにいつものグループと話すのは控えめにした。

 彼女の言っていることは全て嘘だとは言い切れないし実際、彼女は僕の夢を言い当てて見せた。

 そういうことで僕は必然的に休み時間は絡んでくる彼女の相手に回った。

 相変わらず容赦のないことしか言わなかった。

 

 授業が終わり、靴箱に向かう。

 また、彼女のデリカシーのない話を聞かなければならないと思うと気が重い。

 自転車置き場で彼女を待つことにした。

 少しくらい一人になりたかったから、彼女を置いて教室を出た。

 放課後は相変わらず学校は活気付いている。

 サドルに腰を預け、肩の力を抜く。

 学校内は周りの目があるからかいまいち気を抜けない。

 外は気持ちが落ち着く。

 うちの高校は帰宅部が多くないのでこの時間に自転車置き場にいる人も少ない。


 「何で先に行くんだよぉ!」


 僕の平和は長くは続かなかったようだ。


 「ごめん、ちょっと用事があって。」


 「せっかく人が相談に乗ってやってるのに

。」

 

 乗って欲しいなんて一言も言ってない。

 しかもなんて偉そうなんだ。

 どっちかって言うと友達のいない君を相手しているのは僕の方だろ。


 「はいはい、すみませんね。」


 「今回を許してやろう。ところで君って好きな子いる?」


 彼女はこっちを向いてニヤニヤ笑っている。

 急になんて質問するんだコイツは。

 僕には好きな子なんていない。

 聞くところによると僕の学年は顔面偏差値が高いらしい。

 しかし、実際可愛いと思っても好きになるような女子はいない。

 特に部活をやっていた頃は結果を残すために恋愛なんてやってる暇はなかった。


 「いないよ。」


 「本当〜?」


 出た。その恋バナのテンプレみたいなの。

 答えなんてわかりきってるだろ。


 「だからいないって。神に誓って。」


 呆れながら言う。


 「そっか〜。いたら楽だったんだけどな。

 恋は人を輝かせるから。」


 「そもそもいたらこんなことになってないし。」


 ここで立ち話をしていてはいつまで経っても帰れないので僕は話を切るように自転車を押し始めた。


 「じゃあ、好きなこと、好きなものくらいはあるでしょ。例えばハマってる漫画とか。」


 「好きなものは特にないかな。強いて言うならテニス。」


 「また〜?」

 

 またって何だよ。またって。


 「そんなに好きならやめなければよかったじゃん。部活。」


 「仕方ないだろ…。怪我したんだから。」


 「ふーん。」

 

 興味なさそうに言う。

 自分から吹っかけてきたくせに。


 「ちなみに私の好きなものは星なんだ。」


 そう言うことか。

 わざわざ好きなことなんて聞いてきたのは自分の話したいこと話すためだったのだ。

 

 「星座とか?」


 「うん。小さい頃から星の図鑑とか好きだったんだよね。君はどう?」


 「別に対して思い入れとかはないけど。」


 「つまんないのー。」


 ご希望に添えなくてすみませんね。


 「じゃあ、そんなつまんない貘君にクイズぅ〜。」


 彼女は楽しげに言う。

 そろそろ僕との温度差に気づいて欲しい。


 「問題、私の一番好きな星は何でしょう!」


 いや、私ごとかよ。

 本当に皮肉なほど自分のことが好きなんだと思った。 

 その過剰なほどの自意識が過小評価する僕に必要なものなのかもしれないが。


 「えーと。何、シリウス?。」


 考えるのもめんどくさいのでどこかで聞いたことのある名前を適当に言った。


 「ブップー!正解は金星でした!」


 普通惑星はいれないだろ。

 ベガとかアンタレスとか星座作ってるのを答えるのが無難だと思うのだが。


 「金星が好きなんてあんまり聞かないけど。」


 そもそもどの星が好きかなんて人に聞いたりしない。

 本当に自分の好きな話しかしないのだと改めて思った。


 「わかってないな、君は。」

 

 「はいはい、わかってませんよ。」


 うまく流す。

 僕も少し彼女の扱いに慣れてきたかもしれない。


 「金星は地球に構造がとても似てて一番近い惑星なんだ。しかも別名、愛と美の女神『ヴィーナス』って呼ばれてて昔の人にとっては夜空の星の中で一番輝く星だったんだよ。」


 これまでより興奮気味に捲し立てた。

 どうやら星マニアは伊達ではないらしい。

 

 「それって昔の人にとってあまたの数のどの星よりも金星が特別だったってことよね!」


 彼女の顔が迫る。

 近い。

 思わず顔を背けてしまう。


 「ま、まぁ。そうかもな。」


 「そうでしょ。ヴィーナスって名前と相まってとってもロマンチックじゃない?」


 より一層迫ってくる。

 顔が火照り、変な汗が出る。

 少しぐらい周りの目とか気にして欲しい。

 好きなことになると手に負えないのはわかるけど。

 

 「そ、そうだな。わかったから離れて…。」


 彼女は言い終わる前にさっと体を引いた。

 とりあいず安心した。

 彼女の方は何も意識していないようだが。


 「それに…。」


 ってまだ終わってなかったのか。

 

 「金星の1日は地球の一年より長いんだ。羨ましいよ。」


 「別に時間の進みが遅いわけじゃないでしょ。それに僕は平日は早く終わってもらわないと困る。」


 ただでさえ人生に意味を失っているのにそんな状況で一年以上過ごしてられない。


 「時間を空費する君にとってはそうかもね。」


 酷い言い草だ。

 僕だって鋼のハートではないのだから、傷つく。


 「私は住めるものなら死ぬほど金星に住みたいよ。」


 そう言った空を見上げた彼女の横顔が悲しくてはかないような気がした。


 「人生は何かを成すには短く何かを成さぬにはあまりに長いんだぞ。少年!」


 瞬きをするといつもの憎たらしくて、楽しげな顔がそこにあった。

 多分さっきのは気のせいだったのだろう。


 「はいはい、わかりましたよ、師匠。」


 「それじゃ私帰るね。」


 言い終わる前に呆気なく走り去っていく。

 もっと落ち着いて帰ればいいものを。




 




 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る