第2話 嫌な奴
目覚ましの音で目を覚ます。
真っ白な天井をぼーっと眺めるうちに意識がはっきりとしてくる。
外から名も知らない鳥が囀るのが聞こえる。
ゆっくりと体を起こす。
周りを見るといつもと何ら変わらない自分の部屋が広がっている。
勉強机に洋服ダンス、木製のラックとそこに並ぶ漫画と教科書。
何の変哲もない部屋。
また夢か。
安堵する。
昨日の夜はどこかで見覚えがある背の高い少年だった。
はぁ。
人を食う夢を見た朝はいつも気分が沈む。
沈むべきなのに。
ベットを出て、階段を下りる。
足取りは軽い。
いつもより周りの音が良く聞こえ、視野が広い。
薄い膜が破けたように昨日までの萎えた心が嘘のようだ。
そのまま朝食を食べ、着替える。
教科書を軽く確認し、自転車に乗って県立天宮高校へ向かう。
顔を撫でる風が気持ちいい。
夏のギラギラ輝く太陽も今日は苦じゃない。
気分がいい。
早めに学校に着き、それぞれが後から来た友達と話しながらいつものグループができてゆく。
自慢じゃないが、僕は帰宅部でありながら
陽キャグループに属する。
と言っても中心というわけではないが、聞き手になったり、自虐ネタで軽く笑いをさらうくらいはできる。
そのくらいが僕にふさわしい。
何か郊外活動をするため帰宅部になったわけではない。
勉学も部活も友達を引きつけるカリスマ性だって何か秀でてるわけじゃない。
けれど、それを持ってる奴らの周りにいると一人でいるより充実しているように感じられる。
テニスのない、何の取り柄もない僕にはそれだけでもありがたい。
僕は元々は県で代表になるくらいの選手だった。
一年の頃から四国の大会にはいつも出ていたし、団体戦ではエースとして責任を負っていた。
しかし、選手とは意外に脆いものだ。
怪我をしてしまえば終わり。
一年の一月に足を故障した僕はそれからテニスをしていない。
そんな状態でテニスを続ける意味はなかった。
だから部活を辞めた。
一年の頃から頻繁に壇上に上がり表彰を受けていた。
石見夕=テニス。
それが唯一にして最大の僕の存在意義。
それを失った僕には青春を謳歌することはできなかった。
もっと言えば権利がないと言ったほうが正しいのかもしれない。
だからせめて部活と勉強の両立に向かって頑張っている人たちの周りにいることで充実した毎日を感じたかった。
みんなから一歩引いたポジションでも一緒にいられるだけで充実している、ような気がする。
そうやって一時限目から七時限目まで過ごす。
充実した高校生を思い描いて。
今日は特にあの夢を見た日なので気分がいい。
いつもより充実感を味わえている。
そう感じることができた。
でも、やはり本物と偽物じゃ違うことは明白なのだ。
7時限目を終え下校する時はそれを嫌というほどわかりやすく突きつけられる。
「ボール部室から取ってきて。」
「ごめんTシャツ貸してくれ!」
「今日カラオケいこーよ。」
体育館の横に設置された靴箱で靴を履き替えている僕に届いてくる声。
そのどれもが生気に満ち溢れ、高校生らしい。
これが目的を持つものと持たざる者の違い。
時間を浪費するものと消費するものの違い。
人生に目的や意義を持たないものに本来の充実などやってこない。
と言っても存在意義を失った僕にはしょうがないこと。
多くの高校生が忙しさに仲間と共に喘いでいる中で一人で暇を持て余す孤独感。
それを全て乗っけて自転車にまたがる。
帰宅しようとペダルに力を込めた瞬間、僕の進路を遮るように一人の女子生徒が仁王立ちした。
誰だろうか。
「君に話があるんだ、人食い貘さん。」
真っ白な肌にショートカットのその少女は堂々と僕に言い放った。
呆気にとられた。
心臓の鼓動が早くなる。
別にこいつに隠し事なんてないはずなのに。
「とりあいず歩きながら話そう。」
ということで徒歩の彼女に合わせ、自転車を押しながら帰ることになった。
彼女が話し始めるまでかつてないほど頭を回し彼女との接点や夢のことについて考えたが思い当たる節はどこにもなかった。
「ねぇ、荷物持ってよ。」
彼女は言い終わる前に前カゴに無造作にリュックを置いた。
少しむっとしたが今はそんなことはどうでもいい。
「そんなに私の顔見たって何も答えは出てこないよ。」
反射的にに顔を背ける。
さぞかし顔は赤かっただろう。
考え事ををするあまり彼女の顔を見ていることに気がつかなかった。
彼女はクスクス笑っている。
「そんなことより早くさっきのことについて教えて。」
「そう焦らなくても逃げたりはしないよ。」
「誘ったのそっちだろ。」
いちいちむっとする態度だ。
「わかった。わかった。単刀直入にいうと、『もう人を食べるな』。」
「何言ってんだよ。」
「誤魔化さなくていいよ。私、他人の夢に入ったり見たりできるの。だからあなたが2月から7月までのこの5ヶ月間人を食べ続けてること知ってるから。」
「だから、どうしたっていうんだよ。ただの夢の話だろ。」
何なんだこいつ。
急に他人の夢が見れるとか人を食うなとかわけわかんないこと言いやがって。
「あなたが食べているのは人の希望とか目標や夢へのやる気なんだよ。本当はわかってるんでしょ。」
押し黙る。
目を逸らす。
「あなたのそのモチベーションは全て元は他人のものなんだよ。」
彼女は淡々と続けた。
どこかでわかっていた。
なぜ目標もやりたいこともない自分になぜ時折やる気が満ち溢れるのか。
でも、考えたくなかった。
これはあくまで夢の話で、たまたま気分がいいのだとそう思い込ませていた。
「なんでお前がそんなこと僕に要求してくるんだよ。そもそも誰だよ。」
「心外だなー。私の名前は森青葉。同じクラスだよ。ついこないだまで学校には来てなかったけれど。」
同じクラス?
こないだまで空席だったのにいつのまにか学校に通うようになったのか。
「なぜかと聞かれたら、強いて言うならクラスメイトを怪物から守りたかったから。守るのが私の役目だと自負してるから。」
人を怪物扱いするなんて失礼な奴だ。
「僕も好きであんな夢見てるわけじゃない。」
彼女はニヤニヤ笑う。
「ところで聞くけどさ。君、本当は今の友達嫌いでしょ。」
「そんなわけない!少なくとも僕なんかより夢を持って努力している真っ当な奴だと思ってるし嫌いになる理由なんてない。」
声を荒げる。
「君が自分を過小評価して周りを過大評価していることは十分伝わった。でもそれは答えになってない。」
彼女は僕の目を真っ正面から見る。
まるで心の奥底まで貫くように。
「僕は…。」
さっきの勢いは何処へやら。
みっともないか細い声が出た。
「だって君、決まって君がつるんでる陽キャの人たちとか部活のエースとかキャプテンとか食ってるんだよ。ゲスだね。」
粘着質に彼女が言う。
なんで君は僕の心を裸にさせるだろう。
「でもどうしようもない。勝手になるんだから。」
「世話の焼ける奴だな〜。わかったよ。1ヶ月チャンスをあげる。私がこれから君のそのくだらない過小評価を叩き直してあげるから貘をなんとかして。」
「は?」
「これから私と君は友達。」
「は?!」
「そもそもああいうリアルに充実してる奴らのそばにいるからそうなっちゃうんだよ。私ならあなたと同じような不登校明けの友達いないぼっちだから私のことを羨んで食べることなんてないでしょ。」
不登校でもぼっちでもないけどな!
「まぁ、確かに食べることはないだろうけど。」
「じゃあ、決まりね!」
食い気味彼女が言う。
本当に腹の立つ態度だ。
と思うと彼女が道を逸れて走り出した。
「どこ行くの?」
「私こっちだから!明日から朝7時20分にここに集合!」
まさに有無を言わさず言ってしまった。
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