【ドアナンバー:『00』】 【『練習殺試合』】 【VS:『インターン』《天使候補生》】 【戦場:『テレビコマーシャル村』】

(約4100文字) 【ドアナンバー:『00』】 【『練習殺試合』】 【VS:『インターン』《天使候補生》】 【戦場:『テレビコマーシャル村』】 その一 grapes

【ドアナンバー:『00』】

【『練習殺試合れんしゅうころしあい』】

【VS:『インターン』《天使候補生》】

【戦場:『テレビコマーシャル村』】


 戦場へとやってきた男――天使候補生がまず目にしたのは、無数に立ち並んでいる倉庫群だった。この倉庫群の一つがドアナンバー『00』の戦場であり、練習試合とはいえ天使が用意した相手と戦う殺し合いの舞台となる。

 懐に入れた武器をスーツ越しに手で確認して、男は目の前にある倉庫に足を踏み入れる。内部はテレビコマーシャルの撮影に使用されるスタジオで、ブルーバックの合成撮影スポットや手の込んだセットが組み立てられていた。

 天気の良い日には自然の太陽光を採り入れた撮影をおこなえるように、天井はスイッチで開閉する仕掛けとなっているらしい。その天井はいまは閉じられていて、太陽光の代わりに、いくつもの煌々とした人工照明が室内を明るく照らし出していた。

 いま男が背にしている入り口以外にも、裏口などの出入り口がいくつか用意されているそうだが、視界の範囲内にそれらは見当たらない。その代わりとして男が見つけたのは、彼と同じくこの戦場に送り出された一人の少年だった。

 少年の年齢は十代半ばほど、どこかは分からないが学校指定の制服に身を包んでおり、おどおどとしたその様子は、見るからに戦闘経験などなさそうだった。

 ……ラッキー! 心の中で舌なめずりをして、しかしそのような気配など微塵も見せることなく、天使候補生は優しげな声で少年に呼び掛ける。

「こんにちは」

 自分が通り、いままさに薄れて消えていく扉を悲しそうな、後悔しているような表情で見つめていた少年は、その声に気が付いて、男の方を向いた。笑顔を向ける男に、慌てて会釈する。

「こ、こんにちは」

 戦場となるスタジオ内部には撮影に使用する機材や物品が所狭しと積まれている。またセットの陰や入り組んだ通路など、隠れようと思えば、隠れる場所はいくらでも存在する。

 ここでいきなり少年に襲い掛かって、万が一にでも仕留め損ねて逃げられて、隠れられでもすれば、始末するのに無駄に時間が掛かってしまうだろう。殺し合いのルールに時間制限は設けられていないが、できる限り不要な面倒は省きたい。効率良く殺すことができれば、天使への昇格面接の際に有利に働くからだ。

 笑顔を振りまいて、胸元に手を添えながら、天使候補生は軽く会釈して自己紹介する。

「オレは天使候補生。今回の練習試合できみの相手に選ばれた。きみの名前は?」

 紳士然とした男の様子に、これなら凄惨な殺し合いにはならないと安心したのか、ほっと、少年は安堵の息を漏らす。

「あ、俺は、ヴァレーって言います。現実世界、あ、いまはここが現実だからこの言葉は合ってないか、えーっと、地球って星で学校の生徒やってます」

 相手に自分のことを分かってもらおうと、身振り手振りを交えて、少年も簡単に自己紹介をする。男は相槌を打った。

「へえ、ヴァレーくんって言うんだ。いい名前だね」

「いやあ、そんなでもないですよ……」

 慈愛に満ちた男の誉め言葉に、少年は頭をかいて照れた様子を見せる。十代半ばの思春期らしい、世間ズレしていない初心うぶな反応だ。……シメシメ……心の中でほくそ笑みながら、男はゆっくりと少年に近付いていく。

「これは一応、確認のために聞くだけなんだけどね。神聖世界、あ、きみがここに来る前にいた場所に、コンビニが用意されていたよね。あそこで何か、武器になるようなものとか、身を守れるようなものとか、買ったりしたのかい?」

「え……いえ、何も買ってないです。俺、生き物を傷付けたり殺すのが苦手、というか嫌なんで、武器とかは持たないし使わないようにしてるんです」

 付け足すように、ぼそりと言う。

「この練習試合だって、本当はしたくなかったんです。『試しに入ってみてはどうですかあ』って勧められて、断ったんですけど、『そんなこと言わずにい、さあどうぞどうぞお』って入れさせられてしまって」

 少年が話したその口調は、天使候補生の男がよく知る者のそれだった。少年の見た目や挙動から実力は弱そうだと判断して、この戦場に送り込んだのだろう。

 ……クククク、ただの冴えない天使かと思ってたが、たまには役に立つじゃねえか。ご厚意に甘えて、こんなクソガキなんか軽くひねりつぶしてやるぜ。

 そう思いつつ、なおも男は必要なことを聞き出していく。

「食べ物とかも、買ってないの?」

「はい。見た目はいつも見ているものと同じだけど、原料に何を使っているか分からないですし、毒とかあったら嫌なんで」

「それは良かった!」

 パンッと、心底喜んだ顔をして男は手をたたいた。

「ヴァレーくんの言う通り、あれらは結局のところ天使たちが殺し合いのために用意したものだからね。当然、きみがいた世界で売られているものとは材料からして違う。きみが心配した通り、ほとんど全部に毒が盛られているんだよ」

「……! やっぱり……」

 男が言ったことは口から出まかせであり、完全なウソだった。男はコンビニに置かれていた商品一つ一つの原料などいちいち確かめていないし、そもそもそのコンビニに立ち寄ってすらいない。

 天使が用意し、自由に扱っていいと言われたとはいえ、自分の実力以外の助力込みで勝利しては、実力だけで勝利した他の天使候補生たちと比較した場合、少しばかり不利になると判断したからだ。たとえほんのわずかなマイナス要素だとしても、明るく約束された未来に陰を差すものは排除しておきたい。

 ……これでやつが武器を何も持っていないことが分かった。あとは……。

 近付きすぎて警戒されたら厄介だ。一度立ち止まって、男は勝利を確実にするための問いを重ねる。

「天使候補生とはいっても、いまのオレはいわゆるただの普通の人間でね。超能力とか魔法とか、そういう超常現象的なものは使えないんだ。ヴァレーくんもそうなのかい?」

「あ、いえ、その……」

 臆面もなく自分の手の内をさらけ出す男に、心から申し訳なさそうな、困った表情をして、奥歯にものが挟まったように少年は答える。

「俺がいた世界ではたいていの人が異能力を使えて、学校の授業でも教わっているくらいなんです」

 心の中で、男は表情を曇らせ、警戒態勢に入る。無論、その様子は欠片も見せないように努めながら。

「へえ……ってことは、ヴァレーくんも、その異能力を使えるのかい?」

「……はい……」

 それが悪いことでもあるかのように、いまにも泣きそうな顔をして少年はうなずく。少年にしてみれば、たとえどんなにちっぽけな異能であろうと、それが異能を持たない一般人に対してのアドバンテージになるのが嫌なのだった。問答無用で戦わなけらばならない現状であれば、なおさらのこと。

 探るように、注意深く男は尋ねる。

「それは……どんな能力なんだい……?」

 もしここで炎を生み出すとか、真空波を飛ばすとか、電撃を放つとか、あるいは空中を自在に飛ぶとか、そのような戦闘に有利な能力であれば、たとえ油断を突いたとしても、自分が勝つ可能性はぐっと低くなってしまうかもしれない。

 その……と、言いにくそうに少年は答えた。

「『果物や、果物由来のものを作り出す』、程度の能力……です」

 ぽかんと、男は口を開けた。自分が言った意味が飲み込めていないと勘違いしたのだろう、少年は具体例を出しながら、より詳しく説明する。

「えっと、その、たとえばですね、リンゴとか、それを原料にしたアップルジュースとかを作り出せる能力なんです。こんなふうに」

 少年が優しく両手を合わせ、それをゆっくりと開くと、いつの間にかそこに一房のブドウが現れていた。

「とはいっても、ジュースを入れておくコップとか、フルーツを置いておくお皿とかは無理ですけどね」

 少年は苦笑する。少しの間、気まずいような沈黙をしてから、ようやくといったふうに、男は口を開いた。

「それは……何かの役に立つのかい?」

 いままでに何度も言われてきたことなのだろう、少年は少しだけ肩を落として、

「えーっと、お腹がすいたときとか、喉が渇いたときなんかに便利ですよ」

 こんなふうに、と、少年は手にしていた一房のブドウから実を一つ取って、口へと運ぶ。

「……うん、おいしい」

 いままで散々、色々な人間から、この異能のことでバカにされてきたのかもしれない。ぎこちのない、無理矢理な笑顔を少年は浮かべる。天使候補生さんも一つどうですか、と、差し出されたブドウを無視して、呆然としたように、男は聞いた。

「……それだけ……?」

「……はい……」

「……ヴァレーくんはその……その能力で誰かと戦ったことや、勝ったことはあるのかい……?」

 痛いところを突かれたといった様子で、少年はうつむいた。

「……学校の授業の練習試合で戦ったことはありますけど……この異能で勝ったことは、ほとんどありません……」

 そう少年が答えるのとほとんど同時に、ギャハハハハ……! と、天使候補生は腹を抱えてバカ笑いした。笑われていることには慣れている少年ではあったが、それまでの紳士然とした態度とは一変した男の様子に、少年は驚くと同時にショックを受けた。

 ……ああ……こんな優しそうな人でも思わず笑っちゃうくらい、俺のこの異能はたいしたことないんだ……。

 少年の気持ちに気付くことなく、いやむしろ、探ることすらやめて、男が本性を露わにした。

「だろうね! そうだろうよ! そんな役立たずの能力で勝てるわけねえよ! なんだよ果物って! 敵にゴチソウ出してどうすんだっての! ギャハハハハ!」

 少年はうつむいたまま、悲しそうに、小刻みに肩を震わせている。しかし男の嘲笑は止まらない。

「女神さまアリガトー! 天使さまサンキュー! こんなザコと戦わせてくれて! なんだよ、こんなことなら様子見なんかしないでさっさと攻撃しとけばよかったぜ! ギャハハハハ! あー腹いてー!」

 男が言い放った様子見や攻撃といった単語に、少年がびくりとなった。そう、彼は忘れていたのだ、相手が天使候補生だろうが、どんなに紳士然としていようが、この戦場に来た限り、殺し合いは避けられないことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る