第35話 ギャル幼馴染ちゃんとイイコト。






楽しいことしよ♡ 手取り足取り教えてあげるから♡


茜が、俺の耳元に口を寄せてこう言うので、まさかと思った。


まさか、俺はついに卒業してしまうのか。雰囲気に流されるまま気付けば大人の世界に足を踏み入れーーーー


「……三次関数ってなんかエロいよなぁ、この二回曲がる感じとか、うん」


てはいなかった。


俺の前に広げられているのは、数学の問題集。さらにその奥では、5教科全ての教材が山のように積み上がっている。


茜の部屋に通してもらうと、すでに準備ができあがっていた。


「二日で合計100点は上げようね⭐︎」


えっなに? 最近のギャルって一周回って真面目なの? みんなビリギャル?


とにもかくにも、条件反射的に拒否反応が起きる。

しかし俺の行動は、一から十まで見透かされていた。


持参したゲームは一旦取り上げられ、携帯も没収、今ここ、である。


座布団の上に正座して、ペンを握らされていた。


茜は、飲み物を入れてくると言ってリビングへ立っていた。俺は少し気が抜けて、床に肘をつけて寝転ぶ。


まぶたを閉じて、こめかみを抑えていると、現在の我が家の様子が頭に浮かんできた。


(早姫姉、そろそろ飲み終わってるかなぁ)


今こそ実況中継をしてほしい。


可能ならリアルタイムで流し続けて、酔い具合についての解説まで加えてほしい。


が、そんなことが叶うわけもないので、ため息と共にまばたきをする。


「…………部屋は変わってないな」


本棚いっぱいの書籍や、棚にきちんと並ぶぬいぐるみ、手製のカバンなどに目がいった。


全体的に落ち着いたテイストだった。昔、それも小学生の頃に訪れた際と、ほとんど同じに映る。


中学から高校に上がるタイミングで、劇的に容姿を変貌させた茜のことだ。

趣味もさぞかし変わったんだろうと思っていたのだが、意外とそうでもないらしい。


むしろそのまま、時間だけが過ぎているかのようだ。

いまだ、いつか喧嘩して破ってしまった壁紙もそのままになっていた。


何の気なしに、ぼーっと見回す。


小学生の頃に訪れた時と同じ位置にあった勉強机の上、写真立てを見つけたところで、頬を襲ったのはひやっとした感触。


「な、なにするんだっ」


茜が、冷えた麦茶を両手に持ちながら、してやったりの顔でけらけら笑っていた。


俺の前にグラスを置いてくれる。


「それってこっちのセリフじゃね? 幸太ってば、勉強さぼった上に、あたしの部屋ジロジロ見渡してるんだもん。女の子の部屋だぞ〜?」

「幼馴染なんだからいいだろー」

「よくないって言ったらよくないの。それで、なにか見つけた? 下着とか?」


半目になった視線には、いつものからかい要素がたっぷりこもっている。


「茜ってちゃんと整理整頓するから、そんなもん落ちてないだろ。

 いやちょっとな、変わってないなぁと思ってさ」


茜はラメの乗ったまつげを、何度かしばたかせる。


「女の子の些細な変化に気づけない人は、モテないぞ〜。ほらよーく見て。カレンダーは今年仕様だよ」

「…………当たり前でしかないな、それ」

「まぁ、たいした理由じゃないって。変えるのも面倒くさい、ってだけだし。最近は本とかも全然読まなくなったなぁ〜。仕方ないから勉強はしてるケド」


さ、再開するよー、と茜はわざとらしく声のボリュームを上げる。


俺はといえば、本棚のラインナップをしばらく目で追っていた。

最近の書籍もあるし、なにより。全然埃が積もっていない。


だが、あえてそれを指摘したところでどうにかなるわけでもない。俺はおとなしく、勉強へ戻ることにした。


したのだが……


「……なんでこうなる?」

「なーに? 集中してないなぁ〜?」


茜が背後から身体をぴったり寄せてくるので、集中などできるはずもなかった。


身体のラインが分かるほどだった。熱も、重さも伝わってきて、胸の鼓動がうるさくなっている。


はじめは対面して教えてくれていたのだが、教科書が見にくいだとかで、隣へ移って、最終的にこうなった。


「ふふっ、本当いつまでもウブなのは変わらないなぁ」


変わろうと思って変われるものじゃないしなぁ。


俺だって、いちいちピクンと跳ねるのは童貞っぽいなとは思うんだけど。実際、童貞だし。


「茜こそ変わらないんじゃないの、本当のところ」

「…………え?」


部屋のレイアウトといい、たまに垣間見える素の表情といい、俺のよく知る彼女と大差ない。


よく見れば、わかる話だった。


ギャルっぽくコーティングされているのは表面だけで、中身は同じ。

そんな意味合いを込めたつもりだったのだが、


「…………こーうーたー!!」

「え、なに、なんで怒ってる? 俺なんか失言した?」


両手を目一杯、雑巾を手にしていたならそれだけで水分が全て飛びそうなほどにぎり絞って、幼馴染ギャルの顔は真っ赤だ。


「どーせ、どーせ、小さいですよっ!!!! こうなったらパットでも入れてやるっ!!!!!」


誰も、お胸のこととは言っていないのだけれど。


それに、別に悪いものでもない。うん、一部層を確実に虜にするだけのポテンシャルはある。


「貧乳もそれはそれでいいと思う。キャラ立ちするし、貧乳キャラが胸を育もうとする展開とか定番だし……」

「あたしはゲームのキャラじゃないのっ!!」

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