第34話 お泊まり会は波乱の予感。



お泊まり会の当日。約束の十二時ほんの少し前、俺は鞄を揺らしながら走る羽目になっていた。


玄関で未知の生物、もとい、でろでろに酔い潰れた早姫姉に捕まったのだ。


その触手もとい両腕と胸はかなりの柔っこさで、


「つっかまえた〜、もう離さない〜、でへへ」


なんて甘えられ続けて、気づけばこんな時間だ。


……というかまだ午前中だぞ? 大型連休とはいえ、一人飲みに走るの早すぎない?


今日に関しては、ヤケ酒的な理由もあったかもしれない。

とくに咎めなかったが、不安要素が残った。


…………俺が帰るまで、ずっと飲み続けていたりして。


ありえない。いや、あの人ならありえる。

入居初日を思い出せば、むしろ高確率でありえる。


『冷蔵庫に水冷やしてあるから。お酒飲むなら、ウコン配合ドリンクは野菜室にストックあるから』


俺はメッセージを送ってから、再び走り出した。


茜の家は、以前の俺の家の隣だ。勝手知ったる道であるため、ちょっとしたショートカットも駆使して、どうにか間に合わせる。


「なーんだ、時間ちょうどかぁ」


インターフォンを押すと、なんだか残念そうな声が返ってきた。


「ちょうどのなにがわるいんだよ」

「遅刻したら一分につき五百円ーーーー」


また五百円貯金の話を使ってくるとは。


ふざけていると分かって、俺は通話を切った。


少しあと、廊下をかけてくる音がして、玄関扉が開く。


「もー、ほんの冗談じゃんか。怒んないでよ、って……あれ、なに、えらく汗だくだねー?」

「ちょっと不測の事態があってな。未確認生物が現れたんだ。そいつがなかなか手強くて、対処に手間取ったんだよ」


はぁ? と、胡散臭そうに顔を歪める茜。


ちょっとの冗談を分かってくれないのはどっちだよ。

ぼっち的にはそのキレのある目、かなりメンタルにくるんだが?


家の中だと言うのに、ばっちりメイクは済んでいた。元から粒の大きな瞳が、反り返ったまつ毛でさらに強調されている。


服も、そのまま出かけられそうなほどしっかり着こなされていた。

ほとんど下着と変わらない面積のショートパンツから、大胆にも露わになった太腿が、目に眩しい。


「でも残念だなぁ。せっかく選択肢をあげようと思ったのに。恒例の三択ね」

「…………えぇっと?」

「本当、幸太は何にも知らないなぁ。あたしにする? あたしにするよね? あたしに決まりでしょ? の三択だよ〜。定番のよく聞くやつじゃんか」

「いや、それは聞いたことないし! 選択の余地もないし!」

「で、どれにする? 三択だよぉ」


……全然聞いてないし。


俺がもし陽キャラなら、なにかうまい返しを思いつくのやもしれないが、そんなのは空想の話だ。


眉を三角に落として困り果てていたら、


「なんてねー、いやぁ幸太の反応可愛いから遊んじゃった〜。とりあえず、風呂沸かしてあるから入ってきてよ。

 そんな汗臭い状態で、あたしを選ばれてもこっちからお断りって感じ」


茜は腕を抱えて、肘付近をさする。

言い方こそ意地悪だが、助け舟を出してくれたらしい。


「やめよう? そのマジな感じ、やめよ? …………でもまぁ、ありがとうな」

「いーえ、至れり尽くせりでしょっ」

「まったくだよ。……ってかあれ、なんでまだ昼なのに風呂沸かしてあるんだ?」

「あー、ちょっとね。もし幸太が汗だくじゃなかったら、本当に三択選ばせてあげようと思ってね♡」


中へと入れてもらいながら、改めて悟る。


今日はひたすら弄ばれるんだろうなぁ……。たしか両親がいないと言っていたから、もはやこの家は彼女の庭も同然だ。


……ギャルのおもちゃになって喜ぶ趣味はないのだけど。

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