第27話 喫茶店会議っ!
とんでもない修羅場が訪れるのは、火を見るより明らかだった。少なくとも穏便には済みそうもない。
だから、話し合いの場には、個室のある喫茶店を選んだ。
本来京都に来たなら、木の温もりあるお茶屋と洒落込みたいところ、まるで会議室みたいな空間に四人、固まる。
会話も膠着していた。なんとか打開しようと、注文したケーキが届いた時、俺はわぁ美味しそう〜、と大袈裟に振る舞う。
「なんか吉原くん、女の子みたい。ふふっ」
唯一、目の前にいた星さんが笑ってくれた。あとの二人はといえば、全くの無反応だ。
「それで、どういうわけ?」
ことさら尋常ではなかったのは、茜だった。
いつもなら全てを後回しにして、まず食事なのに、今日はフォークにさえ手をつけない。
対角線にいる俺の方を、じっと睨む。
「……あー、その、なんだ」
隠し通すのは、無理難題に思えた。
ここでお茶を濁して嘘をついたところで、うまくいく未来が見えない。
変に誤魔化すよりは、真実を打ち明けた方がよさそうだ。でも、それには一応、当事者に確認する必要があろう。
俺は隣の席、早姫姉の様子を伺う。
瞳孔が開ききっていた。放心状態、活動休止中らしい。ライフ0。
仕方がない。こうなれば、俺の独断も許されよう。
「俺と中川先生は、いとこなんだ。それで今は、先生が保護者がわりで一緒に住んでる」
「こ、こうく……吉原くん!」
よほど驚いたのだろう。突然に息を吹き返した早姫姉は、俺の口を両手で塞ぎにかかる。
もう、呼び名といい、なんといいボロが出まくりである。秘密だったはずの情報が、もはやアカスリ状態だ。やはり早姫姉が「二人だけの秘密ね」と言った時からフラグは立っていたのだ。
「いとこ、って。もしかして、例の小学生の頃の?」
「……あぁそうだよ」よく覚えているものだ。
「どうりで、学校でもずーっと見てたわけだ」
茜は簡単には引かなかった。
とんでもない剣幕になって、俺に詰め寄る。
自分がギャルであることなど、忘れているらしい。
強いていうなら、どすのきいた低音ボイスはグレてヤンキー化したギャルっぽい。
「今日のその服も、このデートのために選んだんだ?」
「……それは、その。というか! そもそもデートの予行演習なんだよ、今回のは」
「はぁ?」
「今、中川先生は婚活の真っ最中でーー」
いらないことまで、ベラベラと話してしまった。だが、そこに嘘はない。
それを値踏みするかのように、茜は矛先を変える。
「雪ちゃん先生が、幸太のいとこだったなんて。それも婚活って」
「……坂倉さん」
「やめなよ、その顔。もう全然怖くないし。だって、いとこ抱きしめちゃうような先生だもんね」
早姫姉は、目を伏せる。鬼教師の威厳は綺麗さっぱり失われていた。
「いとこだからって生徒と同棲って、教師としてどうなの」
「で、でも」
「言いふらしちゃおっかなぁ、学校で」
「あの、それは…………」
翻弄される姿は、見ていられるものではなかった。
いつも散々甘やかしてもらっているのだ。こんな時くらい力にならなくては。俺は、つい横から口を出す。
「婚活が終わったら、一人暮らしするつもりだったんだ。だから、どうにか早く素敵なオトナ女子にして、彼氏を捕まえてもらうつもりで」
「そんなの、これだけ美人だったら簡単でしょ」
それがうまくいってたら苦労していない。
だが本人を前に言えるわけもなく、次の言葉に窮した。
すると、早姫姉が口元でぼそりとこぼす。
「……私、彼氏いない歴=年齢なの」
「え? マジ? そんな綺麗なのに?」
「……いつもの私の姿見てたら分かるでしょ。人見知りで、仲良し以外には、絶対に冷たくなる。こんなんで誰が私に近寄ってくると思う?」
「でもほら一目惚れされるっしょ?」
「そんなのされても困るだけなの。だって私、掃除も洗濯もダメダメだし、お酒好きだし、基本根暗だし。
一応、やろうとはしたのよ? だけど、とにかくダメで」
自分でも努力はしてみたそうだ。
俺と一緒に住むようになってからも、家事にコミュニケーションに、挑戦はしたそう。けれど、ちっともうまくいかない。この間、茜に相談を受けた時も、彼女なりに生徒の期待に応えようと努力はしたらしい。だが、その結果はこの場の四人全員が知っていた。
そこから時間にして五分以上、自虐が繰り出される。
知ってか知らずか、自爆作戦の形を呈していた。効果は絶大だったようで、
「なんなら、あたしが探してあげよっか? 雪ちゃん先生ならすぐいい彼氏見つかるよ、うん」
茜の態度は、完全に和らいでいた。
もっというなら、同情するかのようだ。少なくとも、年長者に接する雰囲気ではない。
どちらかといえば、クラスの端っこにいる人に、声をかけてあげているような図だ。
「ううん、それは大丈夫」
「どうして? これで顔広いんだよ。別にまた高校生紹介しようってんじゃないからね。先輩のツテを辿れば同い年ぐらいの男の人だってーーーー」
「私、もう大切な人いるから」
え? 今なんて?
いやいや、聞こえてはいたのだが、あまりの衝撃に、一瞬分からなくなってしまった。
そんな話はこれまで一つも聞いていない。寝耳に水で、俺は目をしばたく。
もう運命の王子様は現れていたということか。
「ちなみに、それ、誰?」
俺は動揺して、うっかり素手でケーキを掴みながら尋ねる。
「吉原くん、はい。スプーン」
全く空気は読めないけど、星さん可愛い。一家に一人、清涼剤として欲しい。
……と、そうではなくて。
「教えないよ。とにかく優しくて、格好よくて、私を誰よりも知ってくれてる素敵な人」
早姫姉は微笑をたたえて言う。
まだ一ヶ月とはいえ、これまで一緒に暮らしてきて、見たことがない顔だった。
こういうのを、恋する女子というのかもしれない。
「だってさー、幸太。残念だったね」
茜は、ニタニタと笑った。こういう顔をするときは、だいたいからかっている。
「ほら傷心の幸太には、あたしが食べさせてあげる。口開けて」
「……やらねーよ。それに別に傷ついてないし。……もしかして、また五百円貯金か?」
「違うよ、傷心の人から巻き上げるほど、あたしも外道じゃないし」
たしかに、少し引っかかりはしたが、立ち直れないというのほどのものではないはずだ。
俺はそう思い込むため、ケーキを貪り食った。
また素手でいきそうになったが、星さんのおかげで、すんででクリームにまみれることは回避できた。
とにかく今は、場が収まったことをよしとするのが良さそうだった。早姫姉には家で問い詰めればいい。
結論を出すなら、星さんはどんな状況でも可愛い。
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