第26話 縁結び

早姫姉は、勝手をよく知っていた。迷わず、寺の中を進んでいく。

そうして足が止まったのは、本殿に入るためのチケット売り場ではなく、脇にある神社の前だ。


「地主神社って言うんだよ」

「ここになにかあるの?」

「……うん。縁結びの御利益があるんだってさ。寄ってもいいかな?」


そう聞きながらも、早姫姉の足は既に神社の方へと歩み始めていた。

どうやら、来たがっていた場所はここのようだ。

俺は、こくりと頷く。ここで一つ、早姫姉の婚活祈願をするのもいいと思ったのだ。

神社自体は小さなものだった。石段を上ると、すぐに本殿に至った。

お作法を間違えないようにして、鈴を揺らし手を合わせる。

早姫姉の婚活がうまくいくように、と短く祈った。

その彼女はといえば、ずーっと合掌しっぱなしで、そのまま三十秒は頭を下げていた。


「本気だな、早姫」

「いいでしょ。難しいことお願いしたんだもん」

「アラブの石油王と玉の輿、とか?」

「む、そんな欲望ありません〜。もっとこう、すぐ近くにあるもん。でも手が届きそうで届かないっていうか……、触れられるんだけど捕まえられないっていうか」


早姫姉はそこで言い淀む。

なにのことを指しているのだろう。俺が眉にしわを寄せていると、彼女は真剣な面持ちのまま、俺をさらに奥へと連れて行った。

そこにあったのは、道の真ん中を塞ぐような、二つの大きな石だ。


その間を、早姫姉と同じ年頃の女性が、覚束ない足取りで歩いていた。

ややふらついていたが、友人だろう女性の声かけで軌道を修正する。無事に反対側の石にたどり着くと、両手を上げて喜んでいた。


「なんかの催し物かな」

「ううん。あの石の間をね、目をつむって渡りきれたら、恋愛が成就するって言われてるんだよ」

「なるほど。いろんな願掛けがあるもんだな」

「……ちょっと帽子と鞄持っててくれないかな。神様の前で失礼だし」

「そりゃあいいけど」


どうやら、早姫姉は、やるつもりらしい。

本気度が、袖の横で握った拳から伝わってきた。目にも、めらめら炎が灯っているようだ。よっぽど真剣な願いらしい。

少し順番待ちをしたあと、いよいよ早姫姉の番になる。

俺は反対側から、その様子を見守ることにした。

出だしこそ真っ直ぐ歩き出したが、どんどん左に傾いていく。


「こう、どっち……?」

「もっと右の方にきて」

「こ、こっち?」

「今度は行きすぎたから、もう少し反対に……」


なにをしているんだろう、と思ってしまうのが男心というものだ。

しかし、早姫姉の熱の入りようを見ていたら放ってはおけない。俺が指示を続けていると、


「いやー、ここだ、ここ。ほら、あれやりたかったんだ〜」

「おぉ、たしかに恋に恋する茜にはぴったりだね♪」

「玲奈にもやってもらうからね〜」


不穏な声が、階段下から聞こえてきた。さらにいうなら、近づいてきている。

どう考えても、知った顔しか浮かんでこない会話だった。

そうだ、いたじゃないか。行動範囲のルールを守らなさそうな人が。それもごく身近に。


「こう、次は?」

「あーえっと…………一旦やめない?!」

「へ? やだよ。絶対渡りきるもん!」


くっ、なんという執着心だ。

こうなったら、臨時退避するしかない。

恋愛成就の神社に、一緒にいるところを見つかるくらいなら、別々の方がいいだろう。

俺は、近くにあった祠の影に身を隠す。


なんだか最近、隠れてばっかじゃないか、俺。


そんなことを思いながら、状況を見ているしかできない。せめて、帽子を被ったままならよかったのに、残念ながら俺の手元に預けられていた。


「ちょっと、こうくんってば」


早姫姉は、俺の返事を頑なに待っていた。


「あれ、もしかして、雪ちゃん先生? 玲奈、どう思う?」

「ん、そうかな〜。なんか雰囲気違うよ」

「まぁたしかに」


茜と星さんは、正体にまだ確信は抱けていないようだ。

どうにかそのまま立ち去ってくれ、と俺は念を送るが通じない。

そうしているうちに、早姫姉は、一人で反対の石に辿りついていた。

辺りを振りみる。視界には茜と星さんが入ったはずだが、どういうわけか気づかない。


「こうくん、最後までサポートしてよぉ。びっくりしたじゃん」


なのに、完璧に潜んでいたはずの俺は、ブラジャーのとき同様、なぜかすぐにばれた。

そして、なんということか、ぎゅっと俺を抱きしめる。

必死に後ろ、後ろ、と主張するが、早姫姉は「そんな子ども騙しに引っかからないもん」と突っぱねる。

違うんです! 騙してないんです! 後ろに、あなたの生徒がーーーー


「なにやってんの、幸太とせんせ」

「とんでもないもの見ちゃったよ〜。吉原くんと中川先生が抱きしめあってるなんて……」


あぁ、終わった。

まさにジエンド。なにかが物凄い勢いで、ちょうど今崩れ去った気がする。身体中の力がすとんと抜けた。

つまり、行きの電車で感じていた嫌な予感とは、これだったのだ。

前に、茜と二人で服屋にいて、早姫姉に遭遇した時も十分に冷や汗をかいた。

だが、今度の遭遇は、前とは比にならない。


「……幸太、説明してよ」


なにせ俺と早姫姉は、生徒と教師であり親戚でもあるのだ。

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