第25話 お姉ちゃんと京都!



昼ごはんを食べ終えたあと、俺たちは清水寺へ向かうことになった。

服を選ぶという、当初の目的はすでに果たしていた。俺は、もう河原町へ戻ってもいいのではないかと思っていたのだが、


「せっかく京都まで来たのだなら観光も楽しまなきゃね!」

「……でも、もしバレたらどうすんの」

「大丈夫。電車やバスには乗らない決まりになってるし、清水寺は行動していい範囲の外だもん」

「ルール守る奴ばっかじゃないだろ……。河原町から清水寺なんて三十分ぐらいの話だし」

「もう、心配性だなぁ。いいからいくよ」


早姫姉は全く譲らなかった。どうやら、どうしても行きたいらしい。

なにがそこまで駆り立てるのだろう。思っていたら、早姫姉は道路へ向けて手を上げる。

減速して目の前で止まったのは、タクシーだった。

早姫姉は、自動で開いたドアの奥へ、悠然と乗り込む。俺はといえば、なんだか気後れして、立ちすくんでしまった。

タクシーといえば、超高価なイメージがある。


「ほら、こう。早く乗って」

「……でも、お金は大丈夫?」

「京都は碁盤の目だから、電車に乗るといっぱい乗り換えしなきゃダメでも、車だと意外に早いの! ギリギリまで行っても、千円しないよ」


なるほど、納得できる話ではあった。

が、たとえ千円でも自分一人ならまず徒歩を選択していただろう。大人との差をありありと感じながら、乗らないわけにも行かず、俺も車内へ入った。

たしかに、清水寺まではすぐだった。なにやら雑談しているうち、ものの十分で門の手前までたどり着く。

恐れていたメーター表示も、お札一枚で済む額に収まっていた。


「やっぱりいつ来ても人多いなぁ」

「……見てるだけで酔いそうだな」


降りてみると、やはり一大観光地だけあって、かなり混雑していた。とくに正門まで続く長い上り坂は、異様な人の量だ。


「この道はお土産屋さんがたくさんあるからね〜。さ、ゆっくり見ながら行こっか」


早姫姉は、もはや当たり前のように俺の手を取る。午前中はずっと繋ぎっぱなしだったというのに、どきっとしてしまうからおかしい。

舞い上がった姉を迷子にしないためだ、と言い聞かせて、俺はその手を握り返した。

人に紛れながら、急勾配な坂を上っていく。


「なんか食べたいものとかないの? 私がおごるよ」

「……いいよ、大丈夫」


早姫姉にこう唆されたが、甘い誘いには乗らなかった。

そうやって気を緩めた時にこそ、外敵が襲ってくるのだ。この場合の敵は、いるかいないさえ定かではない同級生たちである。

俺はまるでSPの気分で、辺りに目を光らせる。

だが、そもそも同級生の顔を全然覚えていなかった。制服ならまだしも、私服だ。見分けのつくわけがない。


「こう? どうしたの、難しい顔して」

「もう少し人に興味を持っておけばよかったなぁって」


ぼっち、よくない。

そんな先に立たない後悔をしていて、はっと思い至る。

逆に言えば、向こうも俺だと気づかないということにならないだろうか。

私服の、それも柄にもなくこんなオシャレな格好をした俺を、誰が「吉原くん」と認識できるだろう(反語)。


「なんか今度は嬉しそうだね?」

「やっぱり、ぼっちは最強だなと思って。同級生がいても、誰も俺に気づかないだろ? 存在感がないから」

「もう。ゲームばっかりじゃなくて、少しは友達作りなよ」

「遊び相手がいなさすぎて、貯金貯まりまくりの人に言われたくないな」

「む、学校では、こうより存在感あるもん」

「……それは方向性が違うだろ」


芸人なら解散してるくらいには、間違っている。それは人気ではなく、畏怖だ。

だが、たしかに早姫姉が目立つのは確かだった。ただでさえ人目を引く容姿をしているのだ。近くを生徒が通ったら、まず気づくだろう。

どうにか顔だけでも隠せないものか。そんな時、


「これだ!!」


運良く目に飛び込んできたのは、露店に積まれていたツバの長い女優帽だった。


「ちょっと、こうくん。なに、それ買うの? だったら私がーー」

「呼び捨てって約束だろ。これくらい買うよ。奢ってもらってばっかだし」


俺は即刻レジへそれを持っていく。三千円したが、仕方のない出費だ。その場でタグを切ってもらうと、さっそく早姫姉の頭に被せた。


「スーツに帽子っておかしくないかな……?」


早姫姉は、帽子を持ち上げながら言う。

似合う似合わないは度外視で買った。それなのに、


「……女優みたい。イギリスとかフランスとか、ヨーロッパの」


格好がついてしまうから凄い。


「もう、褒めてもお小遣いはでないからねっ!」

「そんなつもりで言ってないからな」

「ぐ、ぐ、うっ……」


謎の唸り声を上げたあと、早姫姉は、つばをぐっと深く被る。なぜか早足になって、俺は腕を引っ張られる形になった。

周りから見れば、怪しい人に連行されているように映ったかもしれない。

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