第21話 服選びはデートに入りますか?



コーディネート一式分も買えば、店員に笑顔で手渡された荷物は、既にずっしりと重かった。

両手の塞がった俺を連れて、茜は「次次!」と指をさす。もうすっかり機嫌は直ったらしい。その足取りは軽い。

続いて茜が向かったのは、レディース洋服店だった。

水色と薄ピンクを基調に構成された外観は、踏み入るのを躊躇いたくなるほど煌めいていた。ここから先は女子の世界だと、ラインが引かれているような気がする。


「あ、新作のポーチ出てんじゃん」

「……なぁこれ男が入っていいやつ?」

「問題ないないっ! あたしと一緒にいたらね」


だが、茜が手を引くので、俺は無理にその神聖なる領域へ連れ込まれる。


「別に誰も気にしてないよ。ほら行こ」


引きずられながら、まぁそれもそうだな、と思った。

いずれにしたって早姫姉のファッション大改革のためには、茜のアドバイスを貰うのは必要なことだ。


「手、放してくれてもいいぞ。もう逃げないから」

「……そ? まぁでも一応もう少しだけ☆」

「信用なさすぎね?」


あと手が柔らかいし、あったかい。意識してしまうと正直照れる。

早くつかないかと思ったら、棚を左右に振り見ていた茜がつと立ち止まった。


「ね、コーディネートしてあげたお返しに、あたしにもやってよ」

「……はい?」

「いいでしょ。センスは任せるよ〜。どんなものでも試着するからさ〜」


思わぬ申し出だった。

ねっ、とウインクをする茜。それから、俺のシャツの袖をちょっと摘んで、


「荷物半分持つからさ。お願い!」


と、俺の腕から紙袋をさらう。

俺が戸惑っていると、彼女は後ろへ回ってぐいぐいと背中を押し始めた。


「はいはい、お兄さん。可愛い服たくさん揃ってるよ」

「その悪質な客引きみたいなのやめない?」


冗談を言いながらも、逆らえない。

俺は茜に服選びのコツを尋ねながら、服や小物を吟味していく。

茜曰く、トレンドももちろん大切だけれど、なによりデザインや色味が大切らしい。体型などによって似合う似合わないがあるから、そこを心がけるだけでかなり「バケる」らしい。

早姫姉に子供っぽい服が似合わないのも、根本はそこにあるのかもしれない。じゃあどんな色味が合うだろうか、考えていたら茜が問いかける。


「ど? 分かった?」

「なるほどなぁ。それ全部勉強したのか、茜」

「まぁねーJKも大変でしょ? それで? 幸太的には私の体型ならどれが似合うと思う?」

「……んー」


俺は靴先からまくりあげるように茜の身体を見る。すらっとやや筋肉質な足からなにから、全体的に線が細い。胸は、まぁ発育途中と言ったところか。ちらりと覗く鎖骨は、凹凸がはっきりしている。

それから顔はーー……しまった。はめられていたらしい。


「どう? 服に目もくれずにあたしに釘付けの幸太くん」

「い、いいんじゃないの」

「なにがー? 具体的になにが」


足とウエスト、鎖骨! なんて答えられるほど、変態ではない。

俺は回答せずに、服選びに戻る。分からないなりに考えて、茜に意見をもらいつつも、一式をセレクトした。


「ありがと。すっごい嬉しい。今までで一番かも」

「そんなに褒められるとハードルが上がりすぎるって」

「だってほんとだし。じゃあ着てくるね」


茜は、店の一番奥にあった試着室に半ばスキップするようなステップで飛び込む。カーテンを引いて、中から「見ないでよ〜」などと声をかけてくる。


「……見るかよ」


覗くのは論外にしても、じーっとカーテンを見ているのもそれはそれで変態っぽい。

俺は近くの壁に身体を預ける。ぱっとあたりを見回して、自分の立っている場所にようやく気づいた。

下着コーナーが占める一角のまさに目の前だったのだ。目前には、たくさんのブラやパンツが吊るされている。

俺はたまらず、ヘルプを求めた。


「あ、あ、茜、まだかかるか!?」

「うん、ちょっと事故っちゃって」

「……というと?」

「間違えてブラのホック外しちゃったからいま付け直してるところなんだ。もう最近留金が弱くてさ〜。これも買い換えようかな。あっ、いま右肩に紐かけ直したよ」

「そんな詳細な報告はいらん!」


ただでさえ、下着に囲まれ、変な気分になっているのだ。いくらギャルだからって、男子のたくましい想像を弄ぶのはやめてほしい。

どうしても落ち着かなかった。


せめて着替え終わるまでは別のところにいよう。うん、そうしよう。別に小物コーナーならば堂々と立っていられる。


「ちょっとその辺いるわ」


茜にこう告げて、俺は早足に下着陳列棚の真ん中を行く。角を曲がってデンジャーゾーンを抜けたところで、よく知った顔に出くわした。

よく知ったなんてものじゃない。毎日、朝昼晩と見ている。黒のタイスカートに身を包んだ、少し遅れたシンデレラ。

早姫姉だ。

周りにいる客はもちろん、お洒落でイケているはずの店員さんたちより、彼女の美貌は際立っていた。


だが、感心している場合ではない。

なぜこんなところに早姫姉がいるのだろう。まさか服のダサさに、自分でも反省しただろうか。

なんにせよ、下着コーナーをうろついていると思われたら、かなわない。茜との関係を下手に疑われるのも、なんとなく嫌だった。

俺は足音を立てないよう下着コーナーを後ろ足で戻っていく。


「なんでこっちにくるんだよ……!」


だが、運悪くも早姫姉もこちらへやってきた。このままではバレてしまう。家に帰ったら、どんな説教を受けるか。

オーバーヒートした頭の出した答えは、


「……いやこれは違うな」


ハンガーラックの下に屈み、無造作にかけられた、安売りのブラやパンツの中に身を隠すことだった。

うん、これは間違えてる。

だが早姫姉はどんどん近づいてきていた。こうなったら、ブラジャーの気持ちになってやり過ごすしかない。

息を殺していると、目の前を早姫姉が通り過ぎていった。

ひとまずは凌いだようだ。そう安堵した矢先、


「幸太〜、もう着替え終わるよ」


試着室からお呼びがかかった。

待て待て、もう少し後にしてくれ! 伝えたいが、声にはできない。

仏でもキリストでも蛇でもカエルでもいいので、神様お願いします。

俺は祈りを込めるが、普段の行いのせいか、神は無慈悲だった。


ばっちり着替え終わった茜が、ローファーを突っかけて出てくる。


「幸太、そんなとこでなにしてんの」


完璧にブラジャーに溶け込んでいたはずが、なぜか一発でばれた。

俺は返事をしないが、茜がこちらへやってきて、俺を引っ張りあげる。


「あはっ、面白い。頭にブラ乗ってるよ。もう傑作じゃん、どうしたの? 渾身のボケ?」

「……違うよ」


あぁ神様、いっそいなくなりたい。

だが、神様はそんな要望にも答えてくれない。厳しい現実を突きつけてくる。

早姫姉はもう完全に俺たちに気づいていた。


「……吉原くんに坂倉さん?」

「あっ、雪ちゃんせんせー。こんばんは〜。こんなところで会うなんて偶然だね」

「……えぇっと二人は何してたのかしら」


早姫姉の声が徐々に温度を失っていくのが、手に取るようにわかった。一方、茜の方はるんるんと調子がいい。


「ちょっと放課後デートって感じ? ね、幸太」

「違うだろ」

「服選び合ってたらデートだと思うけどな」


それを持ち出されると、言葉に詰まった。たしかにその通りだ。

俺がブラ片手に口元でもごもごとしていたら、早姫姉はくるりと身を翻して去っていく。


「……健全に付き合いなさい」


ただ厳しいだけの言葉には聞こえなかった。

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