第20話 幼馴染ちゃんは超アピる。




迎えた放課後。

俺は茜と二人、最寄駅近くにあるショッピングモールを訪れていた。

かなり久しぶりにきたが、相変わらず人が多い。主婦に学生に、どの店舗も賑わいを見せている。

近隣では一番規模の大きい複合施設だ。服屋はもちろん、飲食店に雑貨屋まで揃っていて、ひとまずここにこれば生活に事欠くことはない。


「んー! やっぱりたい焼き最高だ〜。クリーム味に餡子、抹茶パウダー乗せ!」


そして、ギャルのスイーツ欲も満たせるらしい。

モールに入って、まず彼女が目指したのは、服屋ではなく和菓子屋だった。

テイクアウトして、また歩き出す。


「気を付けろよ、それ」

「はーい。分かってるよ」


今に溢れないか不安になるほどのトッピング量だった。

少し、いやかなり盛りすぎのような気もするが、本人は普通だと思っているらしい。

もはやたい焼きと呼んでいいか怪しいスイーツに、大口開けて食らいついていらっしゃる。

昼に続いて、食欲旺盛なものだ。


「幸太はいらなかったの?」


俺は、なにも買わなかった。

決して、私食べられないの〜的な、少食アピールなどではない。


「あぁ、うん。あとで持ち帰りにするよ」


実際、それほどお腹は空いていなかった。

それならば、早姫姉にお土産として買って帰ろうと思ったのだ。


「あっそ。じゃあ一口食べる?」

「……いいよ」

「そう言わずにさ〜。この感動を共有したいんだって」


ずいっと、鯛焼きが差し出される。

向けられた側は、どこも齧られていた。クリームに至っては舌の形がくっきり残っている。

なおさら食えない。しかし、鯛の尾びれからクリームが滑り落ちそうになるのを見て、顔が動いていた。とっさに舐めとる。


「いや〜、まさかそんなにがっつくとは思わなかったな」


わざとらしい声で言って、茜は口に手を当てる。いたずらっけ全開で、にやにやと笑っていた。

顔が熱くなってくる。


「それで、どう? お味のほどは」

「すげえ甘いけど、美味しいよ」

「じゃあどう? 茜ちゃんの唾液の味のほどは」

「へ、変な言い方するな!」

「あははっ、面白い。ほらまだついてるよ、ほっぺ」


茜は俺の頬をちょんと小指でつく。引っ掻くようにして、クリームを払って、しばらく見つめたあと、ぱくっと咥えた。

ちゅっ、と音がして、どきりと胸が跳ねる。


「さて! 気を取り直して服買いにいこっか」


茜は少し駆けていって、腰を曲げて振り返った。短いスカートがふわり翻るのが、小憎らしかった。

茜に先導されるまま、俺は後ろをついていく。まず茜は、俺の服を見繕ってくれるつもりらしい。


「案外いけるじゃん」


なんて言葉に乗せられて、次々に鏡の前、合わされていくのは、手を伸ばしたこともないような洒落た服たちだ。

俺が何も言わないのに、カゴへぽいぽい入れられていく。


「……なに、これ全部買うの」

「トータルコーデってやつだよ。大丈夫、安いの選んでるから! ちなみに予算は?」

「五千円くらい……?」

「りょー!」


俺よりずっと楽しそうだった。

任せきりになっていると、店員に声をかけられる。


「いい彼女さんですね。服、お似合いですよ」

「あ、いや、彼女じゃ……」

「そうでしょ。あたしの彼氏、素材はいいんで」


え、ちょっと。

否定し損ねていると、店員は頭を下げて去っていく。


「ほら、幸太。このパーカーはおってみて」

「……お、おう。なぁ茜はいいの」

「なーにが」

「俺のこと彼氏なんて言っていいのかよ。気になる人いるんじゃなかったの」


はた、とフラダンスでもするみたいな手つき、パーカーの両袖をつまみ、落ち着きなく揺すっていた茜の動きが止まった。

整った眉間に、ちょっとしわが寄る。

失言だったのかもしれない。余計な詮索をするなと言うことだろうか。


「わ、悪い。この間、さき……じゃなくて、中川先生に話してるの聞いちゃったからさ」

「そっか、あれか〜」

「そう、あれあれ。はは、ははは」


さっきまでは、それこそ周りから恋人に見られるいい雰囲気だったのが、今は喧嘩別れ直前みたいな様相を呈していた。

それを打ち壊すように、茜は俺の顔にがばっとパーカーを被せる。


「おい、なにすんだよ」

「誰のことだか気になる?」

「その前にこれが気になる」

「じゃあ教えなーい。さてお会計して、あたしの服見に行こう、ダーリン。パーカーも買うよ〜、汚しちゃったしね」

「ちょっと色々とすっ飛びすぎでは?」


会計合計額は、八千円を超過していた。茜なりの仕返しだったのかもしれない。

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