第19話 急がば回れで基本に返る。
まさか、アピールポイントが容姿のみとは思わなかった。
予想を大きく下回る調査結果に、俺はそれから数日間、再び打つ手を失っていた。
もう早姫姉のよさは、俺が分かっていればそれでいい。いつかは俺と同じ意見を持ってくれる素敵な紳士の一人くらい現れるはずだ。
こう現実逃避をしようとしたのだが、そもそもの「一人暮らしをしたい」「姉に幸せになってもらいたい」という目的を思い出して、踏みとどまる。
同棲を開始して、早一ヶ月が経とうとしていた。
当たり前に、家に帰ると早姫姉がいて、学校に行っても担任として姉がいる。
本来慣れてはいけないものに、体が馴染みだしていた。なにもしないままいたら、深みにはまっていきそうだった。
「こうちゃんなしでは生きていけない」と姉が言ったのと同じように、だんだん俺の方も「姉なしでは」になるかもしれない。
この関係の行き着く先は、きっと世間的によろしくないものだろう。
ならば、それだけは回避しなくては。
そのためには、結局地道にやるほかなさそうだった。
一つ一つ姉の短所を克服していくしかあるまい。
「幸太が服見にいきたいなんて珍しいね。熱でもある?」
「ない。三十六度四分、むしろ健康そのものだ」
「今までそんなお金あったらゲーム買うって豪語してなかったかな。この間なんてお金ないからって五百円カットで髪切ってたじゃん。それで、しっかりダッサイぱっつんになってたじゃん」
「……あれは苦肉の策だったんだ」
四月も終盤戦に差し掛かった昼休み、俺は食堂でA定食(なんと八百円もする!)をご馳走する代わり、ギャル幼馴染・坂倉茜に再びのお願いをしていた。
放課後、服屋に付き合って欲しい、と。こんなことを頼めるのは、俺には彼女しかいない。
「探すのは、次の校外学習に来ていく服? もう来週だもんね」
「あーまぁそんなところ」
「ふーん、色気付いちゃって」
「……茜も中学生まで、真っ白なシャツ着てたじゃん。高校デビューじゃん」
「そんな過去は忘れましたー。……まぁ仕方ない。このエビに免じて付き合ってあげる♪」
茜は、エビで釣られるなんて私は鯛だね、などと妙にウィットの効いたことを言いながら、エビフライを丸ごと箸で掴む。身を折り曲げて一気に口の中へ入れた。
もぐもぐ、ものを言わずに噛む。ただ彼女が幸せだろうことは、言葉がなくとも、その細くなった目と上気した頬で分かった。
食欲旺盛ギャルというのも、いいギャップだ。
微笑ましい気分で見惚れていて、はっと思い出した。
自分の服など建前でしかないのだ。正直言って、服を買うお金があれば、今もゲームが欲しいと思っている。だが、これは重要な支出なのだ。
真の狙いは、別にある。
「この際だから茜も買い物したらいいよ。俺は荷物持ちでもなんでもやるから」
「えっ、なに。幸太のくせに気利きすぎじゃない? どうしたの」
「うるさいな。ちなみに熱はないぞ」
茜の買い物についていくことで、今どき女子のファッションを学ぶ。これこそが、今回の狙いである。
早姫姉評価シートのうち、一番簡単に点を引き上げられるのはなにかと考えれば、手をつけるべきは服装から、と考えたのだ。
そこが整うだけで、一気に見栄えが良くなる。言い換えれば、何事も形から理論である。
「……ま、まぁそう言うなら。ちょうど欲しい服あったし。時期的にも、春のセールだしね」
「そうなのか……?」
「うん。季節の変わり目は洋服屋さんはセールが多いの。言ったからには両手に抱えさせてやる」
「ほどほどにご慈悲を、茜様」
「慈悲なんてあげなーい。ほら、幸太もちゃんと食べときなよ。バテても逃さないんだから」
そう言われて、俺は持ったまま動かしていなかった箸を動かす。
俺は、今日も早姫姉特製、居酒屋風弁当だ。渋いオカズたちの中から、ワカサギの唐揚げを掬う。
うん、うまい。のり塩風味なあたりもクオリティは高い。
「ねぇ今度弁当作ってあげよっか。それ、スーパーの詰め合わせでしょ」
が、世間の風当たりは冷たい。
「……いいよ、別に。俺はこれで満足してる。めちゃくちゃな」
「なんだ、親切で言ってるのに」
全く手作りだと思われないなんて。
本当は、訂正してやりたいくらいだったが、それで変に同居人の存在を疑われても困る。
おかげで、これまで誰にも、幼馴染である茜にさえ、ばれずに過ごすことができているのだ。
俺は喉元まででかかった言葉を飲み下す。
あ、ワカサギの小骨が引っかかった。地味に痛い。
「ねぇ幸太」
「なに。今ちょっと骨が引っかかってるから手短に頼む」
「うん分かった。一言でいうと、やっぱり荷物持ちやらなくていいよ」
「……えーっと?」
「代わりにあかねもちやってよ」
はい? あかねもち? 全く何をするのか分からない。餅ならば、小骨を取り除くために、今まさに欲しているが。
「すまん。餅つけばいい?」
「そうね。その辺で尻餅ついてればいいよ」
なんだって急にそんな辛辣なのだろう。
馬鹿にも分かるように教えてほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます