第18話 お姉ちゃんのファッションセンスはすごい(すごい)



早姫姉評価シートのほとんどが低得点で埋まって、残すは「ファッションセンス」項目のみとなった。

平日はスーツ、家では部屋着しか纏わない、異色のシンデレラこと早姫姉の私服センスを見るために思いついた策は、


「早姫姉、週末どこか遠出しない? デパートとかさ」


一緒にどこかへ出かけることしかなかった。


週も真ん中まで過ぎて水曜日の、恒例となった勉強会おわり。俺は、早姫姉にこう誘いをかける。

一つ返事で頷いてくれるものだと思っていた。姉は俺にはでら甘いのだ。それはもうクリーム餡子鯛焼きの如く。

だが、


「い、行かない」


早姫姉は教科書に顔を隠して、こう拒んだ。


「えっなんで」


予想が外れて、素っ頓狂な声が出る。


「なんでも行きません! ほ、ほら生徒たちに見つかったら危ないじゃん?」

「だから遠出しようって言ったんだけど……」

「警戒してない時が一番危ないの! 思わぬところで出くわすの。家でゲームでいいじゃん〜。お姉ちゃんも一緒にやるからさ」


ねっ、ねっ、と早姫姉は俺の肩を揺する。

おねだりポーズまで、反則的にキュートだった。茜が恋愛相談を仕掛けに行ったときとはまるで別人である。

だが、ここで負けてはいけない。こうなったら、対抗手段だ。


「どうしてもだめか? うんと遠くでも?」


年下特権のフル活用。俺は手をぎゅっと結び、目をくりっと開き、おねだり返しをする。

男子高校生のおねだり。当然気持ち悪い自覚はあったが、気にしていられない。

しかし、姉はどうしても譲らなかった。ワンルームにはお互いの情けない媚びた声が響く。


「だ、ダメ! あ。山登りとか公園でランニングとか物づくり体験記ならいいんだけど……って、やっぱりとにかくダメ!」


それにしても、この焦りよう。これまでの傾向からして、なにか秘密がありそうだ。

少し考えて、すぐに分かった。

山登り、ランニング、物づくり、全てに共通するのは、ラフな格好でいいという点だ。そこから導けるのは一つ。


「もしかして、早姫姉。私服……ださい?」

「……はうっ?! そ、そ、そんなわけないよよ?!


そんなわけある人の反応だろう、これは。

よよ、ってなんだよ。

なんてわかりやすいのだろう。俺はクローゼットをちらりと見る。

早姫姉はその気配を目ざとく察した方、クローゼットの扉を身体を大の字に開いて貼りつくように覆った。

もはや、ださいと自己申告するような行動だった。


「じゃあ見せてくれてもいいだろ」

「だーめ! そ、そ、そんなにお姉ちゃんの私服が見たいんだ。へぇ〜、こうくんってば変態だね」

「見たい」

「なっ、なんで!」

「早姫姉の私服見たくない男なんていないと思うけど」


それ自体は素直な感想だった。なにを着ても、よほど挑戦的な衣装でない限り似合うに違いない。


「……ほんとのほんとに?」

「この場面で嘘つく必要ないだろ」

「じ、じゃあこうくんになら見せても…………ってやっぱなし!」


陥落一歩手前まではいったのだが、実に惜しかった。


「ほら、ね? もうゲームでもしよっ? お姉ちゃんと対戦しようよ。なんでもいいよ、負けないからっ!」


早姫姉は話を逸らそうと必死になっていた。ごそごそと俺のゲームソフト棚をいじり出す。

ギャルゲーメインだが、パズルゲーム風の美少女ゲームも混じっていた。姉は俺の許可もなく、ソフトを差し替え始める。テレビにコードを繋ぐ。


「早くやろっ。はい!」


組んだあぐらの上に、コントローラーを押しつけられた。

勝負だ! と息巻く早姫姉。悪魔的な発想は、そこで降ってきた。


「なぁ早姫姉、このゲームに俺が勝ったら、服見せてよ」

「ふぇ?! だめだめ!」

「でも、絶対負けないんだろ? なら問題ないじゃねぇか」


これぞ、はい論破というやつ。

それも現役教師相手に炸裂してやった。こんなに気持ちのいいことはない。

だが、快感にひたれたのはほんの束の間だった。


「へぇ言ってくれるじゃん」


早姫姉が、こうこぼす。

氷つぶてのような声だった。背筋をぶるッと震えが駆け上がる。

そんな俺をよそに、早姫姉は淡々とボタンを押し、ゲーム設定を決めていった。笑顔など一切ない。


遊びといった雰囲気は全くなかった。

立ちのぼるは、学校での彼女が発するものと同じ、青のオーラ。

実に冷ややかに、それでいて燃えるような闘志を感じた。


「勝てると思うの? 私に。本気出したらこうくんなんて赤子の手をひねるようなものなの」


まるで歴戦の戦士のように吐き捨てる姉に、俺はごくりと唾を飲む。

プレイ経験がある分、有利だと認識していたが、そう単純な話ではないのかもしれない。


気を引き締めなければ。絶対に負けられない戦いがここにはあるのだ。

パッケージの美少女キャラ、ミアちゃんに誓って。


ーー数分後、


「うええん、こうくん手加減してよぉ」

「手加減もなにもなぁ」


結果は、俺の圧勝だった。姉はえぐえぐ涙目になって、コントローラーをベッドの上にぽいっと投げてしまう。

実に弱かった。四つ繋がれば消えるブロックをほとんど消せないうちにゲームオーバーだ。

手だれを思わせる雰囲気、言動は、はったりだったらしい。


「じゃあ服見せてくれよ」

「…………約束は守らなきゃだよね。着替えてくる」


さて、勝利者報酬の時間である。

俺は洗面所の奥ごそごそと着替え始めた姉を、うきうきとして待つ。

ぶっちゃけ楽観していた。いくら自信がないと言ったって、着るのは早姫姉なのだ。

どんな服でも、着るモデルが抜群なら映えるのは常識。ただの白Tシャツ一枚さえ格好良く、美しく見えるはずだろう。



「……お待たせ」


どれくらいかあと、俺がスマホをいじっていると、洗面所の扉が開く。

早姫姉は腕を抱えるようにして、控えめに立っていた。

大きな胸が強調されるほど、タイトな服だった。顔を覆うように垂れた長い髪といい、大人の気品を漂わせる…………はずが。


「な、なに。分かってるよ、似合ってないの」


全体的に子供っぽい。中学生、いや最近の中学生を思えば、小学生レベルの着こなしだった。

ウサギのアップリケがでーんと施された半袖シャツに、ズボンはなぜか大きなハートマークが両膝にデザインされ、靴下は真っピンクのストロベリー仕様。


……なんて痛ましい。痛々しい、とは思わないことにしよう。


俺は右腕をあらかじめ顔の前に持ってくると、そこにぽんと頭を預ける。がっくりときた。


「似合ってるとか似合ってないの次元で勝負する前の話だろ……。どんなセンスしてんだ」


俺も別に普通程度にしか服など所持していないが、これが二十五のレディとして失格なのは分かる。

いや小学生としてもこんな服を着てくる奴がいたら、間違いなく浮いているだろう。


「私、服とか興味ないからお母さんに全部任せてたんだ……」

「幸子おばさんの趣味かよ」

「うん。お母さん、こういう派手なの好きだからさ」


へぇそうなんだ(棒読み)。

叔母のロリ的な趣味はどうでもいい。


「変だとはずっとお姉ちゃんも思ってたよ? でも正解は分からないし、着ないとお母さん悲しむかなぁと思ってね」

「早姫姉は悪くないよ、うん。……あー、あと可愛いとは思う。色々置いといて」

「ほんとに? こうくん〜、ありがとう」


えぐえぐ言いながら、早姫姉は俺の肩に頭を寄せてくる。

あれ? この人、雪女とか呼ばれてる教師なんだっけ? 十歳の近くに住む少女、早姫ちゃんじゃなくて?


ともかくも、これで点数は固まった。ファッションは、色をつけてやっても0点だ。

となれば、容姿を除けば、平均は一点を切ってしまう。


五角形になるはずが、針みたいに尖ったレーダーチャートを見て、ため息をつく。


なるほど、彼氏ができないわけだ。

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