第16話 ん? 今なんでもするって?
スキルは二点、容姿は文句なしの五点満点で、性格は全く悪くないがすぐ酒に逃げる悪癖があるので三点。
ここまでは、順当に表が埋まった。
「そういえばどっちも見たことないな……」
ただ、残る二項目、ファッションセンスとコミュニケーション能力については、情報不足で点のつけようがなかった。
同棲開始から約半月、俺が見た早姫姉の格好は、スーツか部屋着のみ。二度あった土日は、全て家でゲームをするなりしてごろごろと過ごした。
外に出ないのだから、誰か他の人と話すのを見かける機会も当然ない。
それは学校でもそう。
「昨日、帰り道にこの高校の生徒が補導をされたそうです。皆さんにおいてはくれぐれもそう言ったことのないよう、よろしくお願いします」
月曜日、朝のホームルームを俺はぼうっと肘をついて受ける。
クラスを見渡せば、あくびをする呑気な人間は俺だけだった。みんな揃って、張り詰めたような表情を見せている。
そうさせているのは、もちろん教壇の上に立つ早姫姉だ。
家とは大違いで、先生としては今日も寸分隙がない。少しでも私語が飛び交おうものなら、
「そこ静かにしなさい」
ひやっとした視線で完全制圧。
「ではホームルームを終わります。委員長さん、挨拶を」
「は、はいっ! 起立! 礼!」
「「ありがとうございました!!」」
クラスメイトの大半が彼女に恐れをなしてか、びっしり四十五度の挨拶を決めていた。
後方にある俺の席から見れば、まるでどこぞの軍隊みたいな光景だった。
こんな風だから、誰も早姫姉に近づこうとしない。
そういうわけで、俺は彼女が生徒と話をするシーンさえ見ていないのだ。
「雪ちゃん今日も怖かった〜。ちょっとびびった」
隣の席で、幼馴染・坂倉茜が伸びをしながら言う。
さっきまではきちんと座っていたのだが、今はもう足を組んで、姿勢を崩していた。さすがはギャルである。
「雪ちゃんってなんだよ」
「中川先生のこと。雪女先生ってみんなに呼ばれてるから、可愛いあだ名にして、雪ちゃん! ど、センスよくない? あたし」
「……それは分かんないけど」
センスはともかく、メンタルは強い、うん。
これもギャルならではと言ったところか。全く物怖じしない。
待てよ、つまり茜ならーー。
「幸太なんか冷たくない? あたしは普通に褒めてくれればそれでいいのに」
茜は不機嫌そうな声とともに、つんつん俺の頬をペンでついてくる。
痛くはないが、こそばゆい。俺はそれを振り払って、彼女の両肩をがっしりと掴んだ。
「な、なに、急に」
茜が、ひゃんと甲高い声をあげる。
周りからの、気でも狂ったか腐れオタク、とでも言わんばかりの視線はこの際無視だ。
俺はぱちっと両手を合わせて懇願のポーズを取る。
「茜、お願いだ。今日、先生のところに一人で話しにいってくれないか?」
「は、はぁ? なに言ってんの。話すことないし」
「いや、そこは……なんでもいから。最近面白かった映画とか、食べログ話題のお店とか」
「先生とあたし友達じゃないんだけど」
ごもっともな言い分である。だが、俺は挫けるわけにはいかなかった。当惑の表情を浮かべる茜に、なおもすがる。
コミュニケーション能力の調査には、彼女はもってこいの人材だった。
雪女とまで称される教師と一対一は、普通の人ならまず怖気づく。だが、茜のギャルメンタルならそこは問題ない。
早姫姉も、いくら厳格な教師とはいえ、わざわざ話をしにきた生徒を追い返すことはないだろう。
「そこをなんとか頼む!」
「ちなみに、なんでそこまで必死なわけ? やっぱり雪ちゃん先生で妄想するため? あーいうのがタイプだから?」
「ち、違う! えーっと、これはそう、この間のテストがボロボロで今度呼び出しくらってるんだ! でもちょっと怖くて先に偵察してほしいなぁ、みたいな……」
その場で考えたにしては、出来のいい嘘だった。
茜はなるほどね、と呟いたあと、ふっと鼻で笑う。
「バカだもんね、幸太は」
「改めて言うなよ。昔からだろ……。とにかくだ。なんでもするから、頼む!」
「……! ……へぇ、なんでも?」
「あぁなんでも!!」
「そっか、なんでもかー。それって言葉通りとってOK?」
俺はこくこくと頷く。背に腹は変えられない。
「茜にしか頼めないんだ。なんでもするから、頼む!」
帰りの荷物持ちでも、パシリでも、ネットに誰それの悪口を書いて、なんて内容でももどんとこいだ。
俺は椅子を茜の方へ向けて、真摯に頭を下げる。
茜は、にやっと笑って、足を上下組み換えた。心なしか嬉しそうに、ぽっと頬が赤らむ。
「あ、あたしにしか頼めないか、そっか……。えへへ」
ふにゃんと、毛を撫でられたネコみたいに表情が緩んでいた。
なにそれ可愛い。
「えーと、……茜? それで、どうだ? お願いできないかな」
「へっ? あ、う、うん! ほんとになんでも聞いてくれるなら!」
「無理難題じゃなければな。あ、お金とかはなしだからな」
「幸太はあたしをなんだと思ってんの。お願いは、ちょっと考えとく」
取引は無事に成立した。
「あ。一生かけて、あたしに尽くすって言うのは?」
「ダメだろ。刑罰が重すぎない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます