第4話 えっ学校にお姉ちゃんが!?

     三



 一人暮らしのはずが、いとこの姉と同棲生活をすることになってしまった、その夜。

 俺は、全くもって寝付けなかった。

 なぜなら、


「……だめだってば。こうくん」


 早姫姉がこんな意味深な寝言を繰り返すから。

 んっ、と寝返りを打つのがまた艶かしい。夢の中の俺は彼女にイケないことをしているのだろうか。が、俺のその想像が違ったらしかった。


「ちょっと、髪の毛にクリームチーズついたまま外出するのはダメっ!」


 夢の中の俺は何をしてるんだ、まじで。どうやったら、そこにつくんだ。

 俺はため息をついて、ちらりと暗闇の中、ベッドの上で健やかな寝息を立てる姉を見る。


「……なんでこんなことになったんだ」


 つい、またため息が出た。まさかこんなふうに再会するなんて。

 それからこうして年頃の女の人を眺めているのも、なんとなく背徳的な気がしてきて、


「…………ゲームでもするか」


 俺はゲーム機を持ち、布団へと潜り込んだ。なんの因果かたまたまやっていたゲームが年上との同居もので、妙な気分になった。

 そのうちに、気づけば寝られていたらしい。

 翌朝、八時過ぎに起きると、早姫姉は既にいなかった。ベッドの上からは、脱ぎ散らかされた寝巻きだけが垂れている。

 もう仕事に行ったようだ。そういえば、なんの職に就いているのだろう。昨日は一杯一杯で、そんな基本的なことさえ聞いていなかった。

 ローテーブルの上を見ると、早姫姉が朝ごはんに用意したのだろう食パンと、なぜかスルメイカがあった。


『乗っけてマヨ掛けて焼いたら美味!(*´∇`*)』


 そう置き書きがしてあったが、


「……やらねぇよ?」


 食パンだけを齧ってから、諸々の準備を済ませて俺は家を出た。

 桜がひらひらと舞う通学路を行く。昨夜が衝撃的すぎて、新学年に上がるのだったことは、そこで思い出した。

 学校へ行くと、生徒たちがわらわらクラス分けの発表掲示の前に集まっている。そこへ混じって自分の名前を探していたら、見つける前に、よっと肩に手が置かれた。


「幸太、私と同じクラスだよ。三組!」


 幼馴染で、つい最近まで真横に住んでいた、坂倉茜だった。


「ほら教室に荷物おきに行こ、すぐに体育館で全校朝礼だって」

「お、おう」


 先々歩き出す金色の短い髪を、俺は追う。一年経っても、その後ろ姿はまだ見慣れない。

彼女はいわゆる高校デビューを果たし、去年から急に派手派手しくなったのだ。地味だったのが、第二ボタンを開けたり、スカートを短くたくしたり。

 そのスカートを舞わせて、


「そういえば、もう引っ越し終わったの?」


 茜がこちらを振り返る。結局、俺が横に並ぶのを待ってくれた。

 この辺の優しさは、全く昔と変わっていない。ギャルになっても、オタクでぼっちな俺と分け隔てなく接してくれる。


「うん。昨日な」

「たしか一人暮らしするんだったねぇ。いいな〜、うらやま」

「そんないいものじゃないぞ」


 大体、できなくなったし。そう、心の中で付け加える。

 あえて親戚のお姉さんと同居することになりましたと白状する必要はないだろう。


「へぇじゃあなんでそこまでして、この街に残ったの?」

「……それは、ほら、慣れた街だし」

「ふーん、なんだあたしといるためかと思ったのに」

 

 さらっと爆弾発言をして、イマドキガールはウインクを決める。


「なーんてねっ」


 可愛いなぁ、おい。すごいあざとい。

 この辺は、やっぱり変わったなと思った。


 体育館での体育館での全校集会は、粛々と執り行われた。

 校長の長い挨拶、部活動の表彰式、と式目は順調に進む。そんな中、昨日の寝不足がたたった俺は、一人睡魔と戦っていた。

 残った残った、いや残ってない。どんどんと土俵際に追い込まれる。はじめから不利な戦いだった。ずっと立ちっぱなしというのが決まり手となり、完全に落ちたのは


「では今よりクラス担任の発表を行います」


 これからという重要な時だった。

 周りがざわざわするのに気付いて、はっと目を覚ます。もう生徒たちが列をなして体育館から出ていくところだった。

 俺も、慌ててそれに加わる。


「可愛かったなぁ、新しい担任」

「大当たりじゃね? この学校に来てくれてよかったわまじで」

「でもめちゃくちゃ厳しそうでもあるんだよなぁ」


 聞き逃した担任の情報について、クラスメイトたちの会話に耳を立てながら教室へ戻った。

加われって? いやいや、そんなことができたらぼっちをやっていない。茜しか、まともに話せる人はいないのだ。だから、こっそり話を拾う。

 噂を総合すると新担任は、「綺麗で美人だけど厳格そうな新任教師」らしかった。

 どんな人がくるのだろう、イメージ図を描きつつ先生を待っていたら、引き戸がガラリと開く。

 その姿を見て、俺はフリーズ。呼吸さえ止まってしまった。そんな俺をよそに、その人は流れるような動きで教壇に立つ。

 確かに綺麗で美人だった。でもそれ以前に、


「みんな、はじめまして。今日からこのクラスの担任になる中川早姫です。よろしくお願いします。英語科の担当をします」


 お姉ちゃんだった。

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