第3話 お姉ちゃんお話があります!
二
俺の荷物の搬入が終わった頃、早姫姉はようやくシラフになった。
座布団を二枚敷いて、小机を挟み彼女と向き合う。
俺が布団派でよかったな、と思った。もしこの九畳程度のワンルームにベッドが二つ運ばれてこようものならば狭いなんてもんじゃない。ほぼ寝具のみで埋まるところだった。
「それで、お話ってなんのお話? 第一回同棲会議?」
早姫姉が机に肘をついて言う。薄い微笑が楽しそうに浮かんでいた。俺はそう愉快ではいられない。
「いや、それ以前の話だよ。俺は同棲なんてしたくないんだ。どうしても一人暮らしがしたい」
「というと? どういうことかな、こうくん」
「頼む、早姫姉! どうにか別の家に住んでくれないかな。それと、今日はその辺のホテルに泊まって貰う方向性でお願いします!」
俺はぱちんと手を合わせる。上目遣いに、彼女を見た。下手に出たわけだ。それでも男かと思われようが、年下の特権を活かさぬ手はない。
「……へぇ? こうくんはお姉ちゃんとホテルに泊まりたいんだ?」
「え、は? いや早姫姉だけの話なんだけどーー」
「二人ならいいよっ♡ そのかわり、ベッドが回る部屋で〜、ガラス張りのシャワールームつきの──」
「それ違う!!」完全にラブホじゃねぇか。
「じゃあなんでお姉ちゃんホテルに泊まらなきゃダメなの? 親戚なんだよ、一つ屋根の下で寝るくらい普通じゃない?」
「……それは、そうだけど」
たしかにそう聞けば、ごもっともに聞こえる。一泊だけなら、そう避けることでもないのかもしれない。けれども。
「でも早姫姉、ずっとここにいるつもりだろ? それはさすがにどうなんだよ」
「そうだよ。どうってなにが?」
「えっそりゃあ、まぁ俺は一人暮らししたいし」
「お姉ちゃんは二人暮らししたいし、お母さんたちも認めてくれてるよ?」
「でも、ほらさ。なんというか若い男女が二人暮らしってどうなの的なエトセトラがーーーー」
あれ、これ理由になってないな?
これも親戚なのだから関係ないでしょ、で終わる話じゃね?
「へぇ、女として意識してくれてるんだ? 私のこと」
むしろ、付け入る隙を与えてしまった。
「そうじゃない!! と、とにかく俺は一人暮らしがしたいんだ!!」
「まともな理由一つ見つけられないで、自分のしたいこと叫んでたら小学生と一緒だよ」
「…………なっ」
早姫姉は俺の頭を優しく撫でる。
「大きくなったのは身長だけ?」
可愛いなぁ全く、と小さく呟いた。全然嬉しくない。
「私を論破できたら、別々に住んであげてもいいよ? 考えてあげる♡」
「くっ、望むところだ!」
俺は頭を懸命に巡らせ、それらしい理由を探す。
しかし叩いても振っても、ないものは出てこなかった。やっと絞り出しても、せいぜいコーン缶に詰まったコーンの粒レベルの小さな話。
早姫姉は、すぐにその意見に完璧な反論を見せる。
十分後には、「この酒ぐるいめ!」「シャツださいんだよ!」と苦し紛れの悪口を言うのが精一杯だった。
さらに十分後には、
「はーい、というわけでお姉ちゃんの勝ち〜♡ 二人暮らし決定ね」
完全敗北にて決着。
早姫姉は、わははと勝ち誇る。完膚なきまでに打ちのめされた俺は、もう返す言葉がなかった。
あぁ一人暮らし、ゲーム三昧な生活は夢は泡と消えてしまうのか。
未来への希望を絶たれ、俺は茫然とする。もはや目の焦点がぼやけて、早姫姉が二重に見えた。
そんな俺の頬を、彼女は軽くペチンと叩く。
「お姉ちゃんもお話があります!」
「……なに?」
「明日からの生活のこと! ゴミ当番、料理当番、掃除当番に洗濯当番! 決めとかないと生活崩壊しちゃうでしょ」
「……家事なんか一日交代制でいいんじゃないの? そしたら平等だろ」
もうまともに考えられもせず、適当に答える。
「それは安直だよ!」
早姫姉はノンノンと指を振った。
「お姉ちゃんはね、洗濯とか掃除、ほんとダメなの。それはもう崩壊するよ、洗濯機とか掃除機とか一日で壊した実績がある」
「……その分だと料理とゴミ捨てはできるの?」
「ゴミ捨てはできるよ」
彼女は、たわわな胸をふんと息巻いて張る。
「料理は?」
「お酒のアテなら作れます! ウメキュウとか明太子チーズ煎餅とか!」
「全然ダメじゃねぇか! 居酒屋で働いてろよ、もう」
この姉、生活能力もないらしい。容姿以外、モテない要素のバーゲンセールだ。
「言ってくれるなあ、こうくんってば。そういう君はどうなの」
「……料理はしたことないけど、掃除と洗濯くらいなら一応できる」
できると言って、特別に得意というわけではないけれど。
得意なのはゲームの女の子攻略だけだ。
「そんなんで一人暮らしどうするつもりだったの? 全然だめじゃん!」
「早姫姉に言われたくないんだけど!?」
「ほらでも考えてみて。一人一人ならダメだけど、二人合わさったら一応最低限の生活できるよ? 私が料理とゴミ捨て、こうくんが掃除と洗濯!」
「レベル低くないかな、すべてにおいて」
「この際、そこは気にしっこなしだよ。どうかな、担当はこれで決まりでいい?」
「……いいよ」
もう、やけっぱちだった。事実、それが一番マシそうだ。
「あと一個、ルール追加していいかな?」
「……なに?」
「ご飯は一日一食は絶対に一緒に食べること! 安否確認も兼ねて!」
もうここまできたら、それしきのことを否定する意味もない。俺は渋々それも受け入れた。
「じゃあ早速、私は晩ご飯作るね。なにがいい? 今日スーパーで買ってきた感じだと、油揚げの納豆巻きとかちくわの味噌焼きとかできるけど」
「限定的すぎない!? もはや居酒屋・早姫じゃん!」
俺のツッコミが部屋に響き渡る。隣の部屋から、ゴンと大きな音が鳴った。
壁が叩かれたらしい。俺は、押し黙るしかなくなる。
「むぅ失礼な。定番のものも少しはできるよ。お米炊くとか」
「俺でもできるわ!」
しかしまた大声を上げてしまい、追い壁ドンを食らった。
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