第2話 お姉ちゃん襲来っ!

「あ、引越しうまくいった? 一応カップ麺と保存食送っておいたからね。うちで挽いたコーヒー粉も入れておいたから飲みなさい」

 

 のんきな声で母がいう。

 仕送りについては、ありがたいけど、コーヒータイムを楽しむような場合じゃとてもない。


「家に早姫お姉様、あ、いや、早姫姉がいるんだけど、なんで! なにか聞いてない!?」

「あーそれね、はいはい。知ってるわよ」

「……なに、おかんが仕組んだの」

「仕組んだというよりはねぇ。やっぱり高校生の一人暮らしってよくないかしらねぇって、幸子に相談してたのよ」


 幸子といえば、母の姉であり、早姫姉の母親だ。


「そしたら早姫ちゃんが今年からあんたの町に住むっていうじゃないの。それで、同棲のお願いしちゃった☆」

「しちゃった☆ じゃねぇよ。なんだよそれ! なに余計なことしてくれてるの!?」

「だって早姫ちゃんもOKしてくれたんだもの。当事者も賛成してるのよ? いいでしょう」

「いや、一番の当事者の俺がOKしてないし!! せめて事前に言えよ!」


 俺は次々に文句を言うが、母は全く取り合わない。


「仕方ないじゃないの。もう決まったことなんだから受け入れなさい」の一点張り。俺は俺で、「仕方なくはないんじゃないの」の一点張り。

 折り合いはつけられず、言い合うこと約三十分。あろうことか母は、「電話代もったいないから切るわね」と逃げようとする始末。


「息子を見捨てるのかよ!」との批判にも、

「むしろ大事だから保護者をつけるのよ。諦めなさい」


 とけろっとシラを切る。

 しかし、最後の最後にこう言った。


「あーでも、そうだ。一つだけ一人暮らしに戻る条件があるわよ」

 

 なに、それは一体なに!?

 俺はコンマ数秒で切り返す。アパートの廊下に切なる声がこだました。


「幸子が言ってたわ。早姫ちゃんに彼氏ができたら、出て行った方がいいんじゃないかなって」

「……えーっと?」

「もう早姫ちゃん、二十六なのよ。そろそろ結婚してもらわないとって焦ってるのよね、幸子。でもまだ彼氏ができたこともないみたいで心配してるのよ。

だから早姫ちゃんに彼氏ができたら、幸太が一人暮らしできることになるんじゃないかしら」


 ほー、と俺は話を聞くしかなかった。

 つまり、あのお姉様に彼氏を作りさえすれば、俺の夢は叶うと言うわけだが……。なんでそんな面倒なことをしなくちゃいけないのだと思う。

 それに今、早姫姉に彼氏がいないのなら、少なくともしばらくは彼女を追いだせないことになる。

 想像するだけで夢までへの道が前途多難すぎて、軽く気絶しそうだった。


「じゃあ仲良くやりなさいな。あ、間違っても、夜這いとかそういう間違い起こさないでよ!」

「やるわけがないだろ! あと、言い方がおっさんくさいんだよ!」


 俺は電話を切ってから、バーカと受話器に吐く。

 それから、またしばらく絶望すること数分。どうせ嘆いても仕方ないかと、家に戻ることにした。

まず彼女と話をしなくてはなるまい。できれば穏便かつ速やかに、また親たちにはバレないよう今日のうちに、出て行って貰う方向性で。

 そして、玄関扉を開けてすぐびっくり。

 早姫姉が、でろんでろんに溶けていたのだ。えへへ〜と、床に頬をすり寄せる。片手には酒瓶を手にしていた。

 シャツに半パンというラフな格好、立派に実った果実がちらっと丸襟の隙間から覗く。うん、ブラは水色。

 えぇい! 無駄にエロい! 

 変わってないと言ったけれど、年相応に色気は増しているようだ。

 煩悩をなんとか頭から追い出して、俺は彼女をひとまずきちんと座らせた。


「早姫姉、お話をしよう」

「お囃子? 渋い趣味だねぇ、こうくん」

「お話!!」


 駄目だ、ひとまず酔いを覚まさねば。俺はコップに水を汲んで、飲ませる。冷たいタオルをも作って額に巻いておき、しばし待つことにした。


「明日から新しい職場か〜嫌だなぁ。いやいや! 嫌すぎるよ、こうくん! 仕事したくない〜、やだ〜」

「……うん、俺も嫌だよ新学期」


 学校はもちろん、今この状況も。

 早姫姉に彼氏ができない理由の一つが分かった気がした。

 いわゆる、ダメ女なのかもしれない、この人。男どもはこの圧倒的な見た目に釣られて、この悪いギャップで手を引いてきたのだ、きっと。

 ダメ女こと早姫姉は、涙目だったところから、急にふふーんと笑う。


「でもお姉ちゃん、こうくんと住めるのはめっちゃハッピーだよ〜! ほらほら私の胸に飛び込んでおいで!」


 腕をばっと大きく開いた。正直にいうと、かなりドキッとした。だって文句なしの美人が頬を火照らせて、俺に身体を向けているのだ。

 何にも知らないフリして飛び込んじゃう……? 小学生の頃みたいに。

 男の煩悩がよぎったが、俺はなんとか堪えきった。

 むしろ彼女の酔いが覚めたら追い出さねばならないのだ。

 目に入れないようにと彼女に背を向ける。しかし、後ろから腕が握られた。


「つっかまえた〜♡」


 二つの柔らかい感触が背中を這いよってくる。腕が前に回ってきて、背負うような形になった。

 やばいぞ、この女! これなんてギャルゲー? しかし、現実には求めていないものだ。こんなの心臓が持たない。


「こうくん、顔あかーい。もしかしてお姉ちゃんのこと意識してる〜?」

「いや早姫姉の方が赤いと思うけど!? 主にアルコールで!」


 助けを求めるには叫ぶしかないかと思ったその時、チャイムが鳴った。

 救いの神様、もとい引っ越し業者が来たようだ。





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