ワンコイン・ワンウォーク
しろさなさん
Ep1
【月額100円】安すぎる邂逅と高すぎた代償
1
この季節になると、太陽すらも凛々しいように感じてくる。
あるいは麗々しくて、通り過ぎ行く薄桃色に焼けた艶に眼を持っていかれそうになる。冬場は額を真っ赤に染めた禿げの漁師が集まり、即席のすし屋が開催されるような野暮ったい地元だが、盛夏の雰囲気漂わす七月末には、すっかり色気が漂いはじめていた。
「……肉焼いてる」
炭の焦げ臭さにつられて彼方をふり向き、男女の笑い声に俯く。失態を晒したと悟られないように、俺はとにもかくにもペダルを漕ぎ出す。
なにやってんだ、俺。
別に逃げる必要なんて、ありゃしないのに。
とはいえ、俺が女性のビキニ姿をみると羞恥心を覚えてしまうのは、遺伝子レベルで反射神経として身についてしまっていた。二次元に生きる俺にとって、三次元の浜辺とは即ち、非情な現実を告げしらす拷問部屋なのだ。
それじゃあ、なぜ俺は毎日、この海水浴場に通っているんだろうか。
つまりは、高校二年生の夏、
【俺は、三次元には興味がない】
それじゃあ、お前の趣味嗜好はどこにあるんだ。複素数平面状にでもあるってのか。理系の友達に幾度となく突っ込まれているが、文系で、ましてや学年最下位レベルの俺に、内容が通じるはずもない。
校庭が海辺に接する我が母校は、関西の辺境な田舎の端くれに位置する。
合計生徒数は百人にも満たない。そのうえ、地元近辺ではFラン高校という実績を兼ね備えているおかげで、もはや高校という機能は果たせていない。
それでも、毎年、廃校にならない程度の新入生が存在するということを考えれば、田舎事情が透けて見えてくるということだ。
いわば、実家の跡継ぎが確定された、例を挙げるような田舎少年少女が集っているということだ。
俺の矜持ゆえに全貌を語ることはできないが、海と山に囲まれ、初々しく、そして純粋に背丈を伸ばした彼女らは基本胸はデカいし、大体の女子は麦わら帽子が似合う。男も負けず筋肉番付レベルの連中がそろってる。
全員がケチのつけようのない田舎系男子女子のうえ、夏場になれば海水浴場が開き、びっしり水着イベントがあるっていうわけだ。陰キャは陰キャ同士でくっついたりするし、あまりものが雰囲気でくっついたりもする。
とどのつまり、この高校は、県内でカップル成立数がトップレベルなわけだ。友達がそう言ってた。
ほとんどが高校の二年にもなれば、彼女、彼氏がいる。
自ずから、付き合うことを拒否しまくったりしなければの話だが。
「あれ、しょーくん? なんだぁ、ここにいたんだぁ」
海水浴場を管理するオッサンが溺死注意をお客さんに喚起する、その脇を縫って出入り口を自転車ダッシュで潜り抜ける。
そんな、わずかな一瞬。
人混みの合間から、俺の耳へと意識が向けられた視線に、思わず両腕が引きつる。
―——面倒くさいヤツが、来ちまった。
「あのなぁ、ここにいたんだぁじゃなくてだ――アァッ!?」
なんとか視線を逸らした。吸い込まれるように肌色。クソド派手な空青と純白の縞ビキニ。
「へーえぇ? なに、おねーちゃんの水着姿に見ほれちゃった?」
「なにいってんだクソ姉貴。お前にビキニとか似合わなさ過ぎて、周りから浮いてんぞ」
「あー、そうやって誤魔化すしょーくん、かーわいいぃいぃぃ!!!」
「うっせしね」
「あ、しねって言った! ひどーい、ひどい翔くん!」
うるせえよ……他の人もいるんだから、出入り口で泣き叫ばないでくれ。
幸い、誰もかれも何食わぬ顔で通り過ぎていってくれるので、俺はソイツを引っ張り出し、人気の少ない田舎道でお説教を始める始末となった。
「というか、翔くん、なにしてたの?」
「うっせ、それを言うなら姉貴こそ、んな痴態晒して海に何しに行くんだよ」
「えっとぉ。……でーと?」
「お前に彼氏はいねえだろうが」
「翔くんだっていないじゃーん!」
「いや、俺はデートしに海に来たわけじゃねえから………」
「えー、じゃあなんで海水浴場に来てたのぉ? あ、海水浴場で、欲情ってやつ?」
こいつのダジャレセンスは相変わらずだな。七年前と変わりゃしねえ、海の藻屑以下だ。
「俺は二次元の住民なんだよ、三次元なんぞに恋してたまるか!」
「そんな翔くんが、性欲の権化である海水浴を偵察……ふむ、事件の臭いですな。自首してくれたらかつ丼おごるよ?」
「姉貴のお小遣いは全部、俺のバイト代から出ているのを知らんのかお前は」
「そんじゃあ、今晩はかつ丼作っといてね!」
そんじゃあ、って、今のどういう流れだよチクショウ。適当な論理で言いくるめられて、最終的に姉貴が得をしていることが多々。弟というのは、本当に理不尽な境遇だ。
晩ご飯の勝利を確約した姉貴は、またのんのんと満足顔で海水浴場へと戻っていった。純黒のロングヘアーが浜辺の亜麻色に翻ったかと思うと、こっちに片手を振っている。
確かにアイツはダメ姉貴だが、別に仲は悪くない。姉貴の濁り一つない笑みをみていると、なんか全部許せそうな気になってくる。
あいつは俺の一番の姉であると同時に、本当に意気地の悪いダメ人間で、一人で生きていけないようなか細いニートだ。俺がしっかりとアイツの面倒みねえと、姉貴はたぶん路上で体育座りして泣き散らしちまう。
夕方までには帰って来いよ。そういうつもりで、こっそりと手を振ってみた。
その瞬間、俺の視界に不純物が映る。
「———やべぇ」
今度こそ、ペダルをつま先で踏みつけ、全速力で駆け抜けていった。
「……ありゃ、翔くん逃げちゃった―――およよ?」
きっと姉貴は気づいていることだろう。目をつむるまでも、脳を働かせるまでもなく、姉貴の次の一言が海の水面に浮かんでくるクラゲみたいに思いつく。
「———これは、波乱の予感……!」
いや、違うから。俺は二次元にしか恋をしねえから。
姉貴はきっと、今ごろ、
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