わたしの人生はチラシの裏ですべて書き記せる

とちめん

第1話 わたしと”自作PC”

 突然だが、AVAというFPSゲームを御存じだろうか。なんて事はない基本無料のFPSゲーム…と言う人もいるだろうが、初めてまともなオンラインゲームを遊んだ私にとって、最高にエキサイティングなゲームだった。


 話が前後するが始めたきっかけは中学生時代にクラスメイトに誘われてだった。当時の私は自分のPCなど持っておらず使っていたのはVALUESTARの液晶一体。ゲーム内設定の”リアルタイム影”をONにするとPS3版BF4でビルが壊れる時みたいなフレームレートしか出ない有様だった。しかし、あろうことかハマってしまった私が「AVAを快適に遊ぶことができるPC」を求めるのは極めて自然なことであった。


 当時の私の小遣いは月0円だった。親戚もいなかったので、親から直接貰えるお年玉くらいしか選択肢がない。PCに払える金額はよくて6万というところである。それも文字通り金銭的枯渇とトレードしてミドルのロー。


 結局、私が買ったPCはドスパラで捨て値同然だったA10-7700K搭載マシンだった。(そして、それからだ。私がAMD派としての道を突き進んだのは。)…お金が入る度に手を加えていったそのマシンは、最終的には9万くらい掛かっていたと思う。だが一切の後悔は無い。あのマシンは私に自作PCの楽しさを教えてくれた。プラットフォームがFM2なのも良かったのかもしれない。そして何の奇跡か、たまっっったまMSIの懸賞で当たったPC版マフィア3は当然このマシンでは快適に動かなかった。車に乗るだけで20FPSに突入する。その原因はCPU使用率が100%なことだということは、タスクマネージャー先輩が教えてくれた。普通ならCPUを変えて対処するような状況だ。しかし、私の使っていたCPUは"Kaveri"だ。やりたくなっちゃうよね、限界突破オーバークロック。この時代のAMD特有のカスみたいな設計のクーラー取り付け作業にクッッッソイライラしながらクーラーを換装し、遂に4.0GhzでCinebenchを通過した時はそれはそれは楽しかった。

 そんな初代メインマシンも今はもう廃棄を待つばかり。というか先日弄ってたらマザーが逝った。すまぬ…すまぬ…。死んだマザーはゴミとして処理するが、残ったAPUに関してはどっかに飾ろうと思っている。


 …と色々と書いていたら思ったより筆がノってしまったので、今回はここまでに致しとうございまする。今回の文では序盤に軽く触れただけのAVAの話、俺的ゲームオブザイヤーなマフィア3の話、そして現在のメインマシン・サブマシンの話に関しては多分今後それだけで丸々一話使うと思うのぜ。

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